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ヴァルキリーの恋夜  作者: 木津 ツキ
26/36

巡る季節 3

「ねえ」

悪いことに霧まで漂ってきた足元を見つめながら、前を行く眼鏡に話しかける。

「なんだ?」

「どうして、幽霊を退治しようなんて思ったの?」

それは別に大した質問などではなかった。ふと浮かんだ疑問を口にしてみただけ。けれど眼鏡にとっては何か重大な意味合いがあったらしい。

ちょっとだけ驚いたような顔つきが私をじっと見つめ、そして先をずんずん歩いているセレンの後ろ姿へと向けられる。

「……それは、あいつの使命だから?」

何故か疑問形。

「使命?」

「だから俺達は……それを叶える手伝いをしたい」

やけに決意めいた言葉だったけれど、その頃の私には彼が持つ……その先も抱え続ける気持ちなどは分かるはずもなかった。

 「ここだな」

それぞれの倉庫の前にふられた番号を辿ってゆくと確かに“第5倉庫”と刻まれた入口があらわれ、その前でセレンの足が止まる。

見たところ倉庫は10番目くらいまであるようで、いよいよ濃くなってきた霧の中でその建造物はまるで巨大な墓石のようにも見えた。

「来てみたはいいけど、どうするの?」

ここまで何も考えずについて来た私が言うのもアレだけれど、これからの作戦はあるのだろうか。

「……何もなければ、それでいいし」

暫く黙り込んだセレンの背中が小さく答える。どうやら考えていなかったらしい。

「何もないよ。早く帰ろうよぉ」

一番後ろでキョロキョロと辺りを見回すちびっ子の今にも泣き出しそうな声に同感だ。

「確かに、これ以上遅くなったら言い訳も大変だよ」

灰褐色の倉庫の壁に手をついた天然パーマが言う通り“異常なし”ということが確認ができたのだから、それはそれで目標達成だろう。

「幽霊なんて、やっぱりだたの噂だったのね」

「どうせ面白おかしく尾ひれがついて広まったんだろう」

一応その周囲を見回りながら私が言うと眼鏡も尤もらしく頷く。

「それじゃあ、帰るとしようか」

天然パーマが口にしてくれた一言に賛成を唱えようとした時。

「あれあれぇ」

聞こえてきた粗野な声と足音。それも1人や2人分じゃない。

そんな状況に警戒したけれど、もう遅い。霧の中には、いかにもガラの悪そうな男達の姿が浮かび上がっていた。

「おいおい、なんかガキがいるぜ」

数は20~30人ほど、年はみんな20歳前後くらいか。けれど奇抜な髪型やだらしのない服装が、彼等が明らかに素行の良くないならず者だと教えている。

「すみません。この霧で迷っちゃって」

とっさにそいつらを睨みつけてしまった私より眼鏡はずっと冷静だった。

「街の方へはどっちに行けばいいですか?」

相手が悪そうな人種だなんて気づいていないふり。自分達の一番の強みである「何も知らない子供」を最大限に利用して、この場を切り抜けようとする。

「……どうするよ」

「ただの子供だろ。とっとと追い返せばよくねえか」

相手側で交わされる会話に、助かるかもしれないという安堵と祈るような気持ちがない交ぜに圧しかかる。何故なら、そんな相談をする奴らは大抵良くない事情を隠しているものだからだ。

「顔見られてんだ、殺すに越したことはないだろ」

けれど、あっさりと怖ろしい言葉が吐き出され、それが何を意味するのか分からず数秒かたまってしまった。

「うわあああ!」

最初に叫びながら逃亡したのはあのちびっ子だった。悲しいかな、人間というのはパニックになると誰かにつられてしまうものらしい。私と天然パーマがその後を追うと、舌打ちをしたセレンと眼鏡も一斉に走り出す。

「捕まえろ!」

「女はどっかに売れるかもしれねえぞ」

背後からの怖ろしい声に、女はこういう時に損なのだと人生で初めて知った気がした。

 私達が逃げ込んだのは、悪いことに倉庫群の中央部へと入り組んでしまう道だった。後から考えれば元の道を戻って人のいる場所へ出れば良かったのだか、この時はそんなこと考える余裕などあるはずない。

「ほら、大人しくこっちに来い」

やがて辿り着いたのは運搬用通路の行き止まり。自分達の身長の3倍はある高い壁に背中をついた私達は、分かりやすく絶体絶命の危機を迎えていた。

「よく見れば上等な服を着てるじゃねえか。女以外」

「どっか良いとこのお坊ちゃん達か?」

ジリジリと距離をつめてくる男共。それに対し、もうこの踵はぴったりと壁につき下がる余地はない。

どうにか右手側に小さな物置き場があるので逃げ込むとしたらそこだけれど、動きをみせればすぐ敵に通せんぼされてしまうような位置だった。

どうしよう、もう終わりだ。混乱する頭でその考えだけに支配されていた私は

「……は?」

次の瞬間 目の前の不良達と同じような呆けた声を出していた。

右側に立つセレン。彼の両手の中から突然白い光が輝く。

ああ、そうか……。

どうして思いつかなかったんだろう。魔法を使えばいいんじゃないか。

「うぐあっ」

一直線に飛ばされたそれば、口をあんぐり開けたまま突っ立ていた男の顔面に直撃し、その体を吹っ飛ばした。

「テオ、俺達も!」

「ああ」

眼鏡の声に天然パーマが応える。天然パーマの名前はテオというらしい。

私の左右から光が発生し、漂う霧を白く浮かび上がらせている。

いくら大人の図体でも魔法の威力には勝てない。少なくとも逃げるに十分な時間を稼げるだろう。眼鏡とテオの攻撃が繰り出され不良達にヒットしたら、その隙にこの袋小路を脱出する。

そこまでシミュレーションして、隣のちびっ子の手を握りしめたのだが。

「……え?」

けれど、そんな私の目に映ったのは、セレン達とは明らかに大きさの違う魔法の球体だった。

そう、魔法は使えばいい。それは相手だって同じことなのだ。

「うわあ」

飛んできた具現化魔法は幸いにも速さはなく、咄嗟に私達は左右に避けて助かった。けれど魔法が当たった壁には大きな窪みができ煙を上げている。まともに食らったら、良くても大怪我は(まぬが)れないだろう。

「おいおい、随分と可愛い魔法じゃねえか」

「でもな、悪ぃがこちとら軍隊帰りなんだよ」

にやつく男達の言葉で大体の事情が分かる。

 アンザネイスでは軍学校や幼年学校は入学金や授業料がかからず、それどころか軍学校では働きに応じて給料すら支払われる。ついては家が貧しくて普通の学校に通えなかったり、単純に学力が足らず他の学校に入学できなかった子供達の受け皿という側面もある。こういうガラの悪い手合いが元軍人なんてのは決して珍しいことじゃない。

 「俺らより全然強い」

さっきの攻撃を避ける際、私に引っ張られ地面にへたりこんでいた ちびっ子が今にも泣きそうな声で言う。

それはそうだ。魔法は身体能力や体力と同じで成長と努力に従って発達する。いくら彼等に才能があったとしても、魔法力で全盛期といわれる20代の元軍人が相手では分が悪いのは当然。

……けれど、そんな事態の中で私はまったく別の思いでジレンマに囚われていた。


『お前の力は、むやみに使ってはいけないよ』


そんな父の声が頭の中で呪縛のようにこだまする。

むやみってなに? どうしよう。でも、このままだと皆がやれれて私もどこかに売られちゃう……。

ただでさえパニックなのに目の前で魔法を使われて、考えなんてまとまるはずもない。

 「ほらよ、もういっちょ」

まるで道端の猫に石でも投げつけるような口調でさっきとは別の男が魔法を飛ばしてきた。

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