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ヴァルキリーの恋夜  作者: 木津 ツキ
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巡る季節 2

「なに、こいつ。誰かに追っ払ってもらったほうがいいよ」

一番小さい奴などは明らかに怖がって眼鏡の腕にすがりついている。

「そうだな」

「え、ちょっと」

大人にバレるのはまずい。幼年学校への入学希望すら祖母や母には内緒で出したのだ。こんなことをしていると連絡でもされたら、どんな罰を受けるか。

挙動不審になった私を見て可哀そうに思ったのか、天然パーマの髪をした子が微笑む。

「まあ、こんな子供が一人でヘンなことなんて出来ないでしょ。理由くらい聞いてあげれば?」

その言葉に彼の背後に後光が射した気がした。

「あ、ありがとう」

「それで、君の名前は?」

言われて初めて私はまだ自分が名乗ってすらいないことに気がつく。

「ココレア、今年で10歳。あのね、私 幼年学校に入りたいの!」

両手を握りしめ前のめりになって叫ぶと、4人は互いに顔を見合わせた。

「だって、君は女の子じゃないか」

至って冷静な眼鏡の声が憎たらしい。

「だから断られてしまったの。でも、どうしても……」

「無理に決まってるだろ。諦めろバカ」

これから思いを熱く語ろうと思ったのに、それはあの金色の瞳の生意気によって一蹴されてしまう。

「諦められないから、こうしてあんた達を呼び止めたの!」

私としては馬鹿にされたから当たり前に言い返しただけ。それなのに、そのことに何故か4人はとても驚いた顔をしていた。

「あんな達、学校長とお話しできるんでしょ。あの人に会って、直接頼めば」

「だから無理だって言ってんだろ、ブス」

続けて喋る私をバッサリ斬ってくれたのは、やっぱりあの生意気野郎。

「ブスじゃない」

だって父上は私が世界で一番可愛いと毎日言ってくれた。

「ブスじゃなきゃ阿呆だ。お前の話なんて聞いてられるか」

言い捨てた生意気が背中を向け歩き出す。

「あっ」

それに付き従う眼鏡とちびっ子。

「俺達も逆らえないんだ、ごめん」

そして苦笑いの天然パーマが肩をすくめながら行ってしまう。

「待って……」

「おや、お友達ですか?」

一生懸命で気がついてなかったが、幼年学校の正門から道を渡った場所にある車寄せ。そこには立派な馬車が4台ほど停車して彼等を待っていた。

少年達の従者である大人の姿に私はギクリと足を止める。

「知らない奴だ。気にするな」

その中で一番大きな馬車に乗り込んだ生意気が言う。続いて他のメンバー達も車の中へ姿を消し、御者の掛け声によってそれぞれの馬車が動き出す。

夕闇の中に去ってゆくそのシルエットを、私は唇を噛んで見つめた。


 「またお前かよ」

翌日から、私の待ち伏せが始まった。

幼年学校の正門前ではまた追い払われてしまうから、車寄せの原っぱの茂みの中を隠れ場所に決めて夕方になるとそこに身を潜めた。

昨日と一昨日はあっけなく無視され馬車で帰られてしまい、その前の日は幼年学校が休みだと知らず待ちぼうけをくらった。その前はあの門番に見つかってしばらくの間 追い回された。

 こんな生活を何日も続けていると、さすがに少年達のほうも私を覚えて呆れた顔をみせるようになる。

「よく毎日毎日、懲りないね」

「やめろ、話しかけるな」

6日目、天然パーマの言葉を眼鏡が阻止したところを、私は低木の陰から這い出て行った。

「だって、どうしてもどうしても、私は軍人にならなきゃいけないの」

髪に葉っぱをのせた泥だらけの顔のまま宣言すると、ちびっ子などは眼鏡の袖を握って奇妙な生き物でも見るように怯えている。

「なんで、そんなに……」

「お前も話しかけてるじゃねえか」

眉をひそめた眼鏡の言葉を止めたのは、あの金色目の生意気だった。

「あ、ああ」

「時間がなくなる。行くぞ」

そして、その足はいつもの馬車の待つ車寄せではなく王都の繁華街の方面へ向けられている。

「あ、ちょっと待ってよ!」

こちらの存在など無視して去ってゆく4人の後を、少し迷った末に私は慌てて追いかけた。


 「ねえねえ、どこに行くの?」

てっきり繁華街で買い物でもすると思っていた彼等は、高級店が立ち並ぶ通りを抜け、国立図書館や博物館がある地区も通り過ぎ、夕暮れ時の国立森林公園にまで差し掛かっていた。

「お前、どこまでついて来る気だ」

数歩前を歩く眼鏡がうんざりとした顔でこちらを振り返る。

「あんたらの目的地まで」

なんせ、いつもはさっさと馬車で帰ってしまうところを捕まえられたのだ。このチャンスを逃す訳にはいかない。

「いい加減 帰れ……」

「そんなのこと言っていいの?」

先頭を歩く生意気が偉そうに言うから、ここぞと私は言い返す。

「は?」

「もしかして、ネヴィオ地区の第5倉庫に行くんじゃないの?」

そう尋ねると瞬時に4人の顔つきが凍りつく。分かりやすく図星だ。

「やっぱり。噂になってる幽霊を見に行くんでしょ?」

 王都のはずれにあるネヴィオ地区は、今は人が住んでいない屋敷や古びた教会が多くあり、元々どことなく薄気味悪い場所。そこにある廃倉庫群の中の一つに幽霊が出るという噂がまことしやかに流れ始めたのは10日ほど前だった。当然その正体を確認しに行く者もいたが、二度と帰ってこなかったとか呪われて気が狂ってしまったとか、話に尾ひれがつき王都では一番の関心事となっている。

それに後ろからついて行っていると、ちびっ子が「父上にバレないかな」「本当に幽霊いたらどうしよう?」と泣きそうな顔で天然パーマに聞いていた。そうすれば、どこへ行くかなど簡単に推理できるというものだ。

「誰にも言うなよ?」

目的がバレてしまい、苦い顔をした眼鏡が足を止めて言ってくるが私はそっぽを向く。

「ここで帰ったりしたら、幼年学校に報告しちゃうかも」

わざとらしく独り言を言えば、前方からため息が聞こえてくる。

「セレン、どうする?」

眼鏡が生意気の方へ仕方なさそうに尋ねる。

セレン……。あれ、どこかで聞いたことがあるような?

「勝手にしろ。ただし邪魔だけはするなよ」

ふと疑問が浮かんだ私だったけれど、生意気改めセレンから許可が出た嬉しさでそんなことは頭の片隅に吹っ飛んでしまった。

「ありがとう、セレン」

思わず満面の笑顔で言ったのに、そいつは不愛想に背中を向けただけ。

 道すがら、彼等が家の人には図書館に行くのだと嘘をついてきたこと、自分達で幽霊を退治するためネヴィオ地区へ行くのだということを話してくれた。

「嘘なんかついて大丈夫なの?」

「大丈夫な訳ないさ、バレた時のことは考えたくもないよ」

私と同じ年だという天然パーマがカラカラと笑って夕暮れの空を仰ぐ。

「……あ、あそこ」

ある四つ角にに差し掛かった時、一番ビクビクと歩いていたちびっ子がゆっくり薄闇が降り始めた道路の向かい側を指さした。

そこには錆びかけた看板に“ネヴィオ地区倉庫入口”の文字が確かに確認できる。

「……本当に、入るの?」

ここまで来て何だが、皆に聞いてみた。

「当たり前だろ」

躊躇う素振りさえなく道路を渡って行ったのはセレン。そうなれば、他のメンバーや私達はその背中について行くしかない。

 倉庫といっても、それは私の知っている蔵のようなものとはまるで違った。一つ一つの建物の向こう端が見えないくらいに長く、うちの家など10は簡単に収まってしまうのではないかと思った。

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