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ヴァルキリーの恋夜  作者: 木津 ツキ
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巡る季節 1


 私の人生を語るとなると、やはり7歳だった春の日からになると思う。

あの朝、父はいつも通り仕事に行くために家を出た。

今日はいつもの街での巡回ではなく部下を引き連れ山岳地帯で訓練をするのだと前夜に聞いていたから、私も無邪気にお土産を頼んだりした気がする。

 オーリイ・シェトー少佐はアンザネイス王国の魔法軍に所属する軍人だった。まだ幼い私には高くない身分のことも、贅沢ができない暮らしのこともどうでもいい。ただ軍服を着て力強く笑う父の姿が恰好よくて、将来は自分も魔法軍にはいって父上のようになるのだと本気で夢見ていた。

 結局、その日……いや、永遠に父は帰ってくることはなかった。

夜になっても帰宅せずおかしいと思っていた頃けたたましく玄関がノックされ、母がドアを開けると若い軍人が真っ青な顔で立っているのが見えた。そんな状況に私が疑問を感じる間もなく

「少佐は、戦死されました」

そんな声が、この耳に届いたのだった。

 それからのことは、あまり覚えていない。気を失う祖母と狂ったように叫ぶ母。それにつられて生まれたばかりの下の妹の泣き喚く声を聞いた気もするけれど、もしかしたら幻覚だったのかもしれない。

葬儀は軍が取り行ってくれたので滞りなく終わった、らしい。王都にある一番立派な教会で、全身に包帯を巻かれたまま棺に納められた父と最後のお別れをした。

これは後々少しづつ知ったことだが、父とその部下達を殺害したのはラスヒビアの勢力だった。

 ラスヒビアは元々は世界地図の中央下あたりに位置するグレナ大陸の半島にある国の名だ。古くから民族間の紛争が絶えぬ地だったが、50年ほど前その勢力の中に割って入ったアンザネイスにまとめて平定され、他の国と同じように属国となった。

けれど その数年後、アンザネイスに反発する意志を持った者達が秘密の会合をラスヒビアで行ったことによりこの国の運命が変わる。

長きにわたり混乱が続いていた半島では打ち捨てられた隠れ家や地下道が幾つもあり、秘密裡に組織を立ち上げるにはうってつけの土地だった。世界に散らばるアンザネイスを恨み反乱を企てるというテロ組織を。

しかし、アンザネイスの諜報力もザルではない。しばらくすると、かの地がなにやら怪しい連中の温床になっていることを突き止め基地を攻撃し始める。だが、アンザネイスを敵視する人間が世界中から集結した組織の抵抗は苛烈で、その頃には本国からの正規軍さえ苦戦するほどの勢力へと成長を遂げていた。

アンザネイスはその後も増援を繰り返すが慣れぬ敵地と兵站などの不利で攻めきれず、ラスヒビアのほうも世界一の軍隊に追われ徐々にだが疲弊してゆく。そんな膠着状態が数年ほど続くと、ラスヒビアに集ったリーダー達は今度は半島から世界中へと散らばっていった。各地でゲリラ部隊を立ち上げ、水面下では互いに情報を交換しあう。そんな経緯から、今はその勢力のほとんどが半島にはいないにも関わらず反アンザネイスを掲げる組織や人物のことを「ラスヒビア派」と呼称するようになった。

 あの日、早朝から山岳地帯で訓練を行っていた父の部下の一人が、たまたま隣の山に上がる焚火の煙に気がついたという。その場所は普段ならば人が立ち入ることなどない険しい地。海岸からもほど近いことから念のため偵察をさせると、なんと武装した数十名ほどの男達が麓のほうへ移動しているという。

山々を下れば直線距離なら王都までも決して遠くはない。そして何より、その麓には王家の別荘地が置かれていた。

男達が身につけた民族紋様を確認せずとも奴等がラスヒビアの勢力であることは明白。どうして警備のための一部軍人しか知らされない別荘地の場所を得たのかは分からぬが、決して敵を近づけるなどあってはならない。王都へ応援は要求するが、猶予はなかった。23人の部下を率いたシェトー少佐は自らがラスヒビアを食い止める決断を下したのだった。

その戦闘は凄まじいものだったと聞く。24人のうち21名が死亡、2名が行方不明、生存者は1名という結果を聞けばどんな惨状だったのか想像できるだろう。その犠牲により相手のラスヒビア達も半数が死亡、残りの者は捕らえられ、2名のみが戦いの最中に逃亡に成功して行方知れずとなった。

結果として、父は立派に王家と国を守って死んだ。その事件は衝撃的だったようで、父は死後 戦闘があった山の名をとり「マデラインの英雄」と呼ばれ、その当時を知る世代には今でも感謝されている。

それが、10年前の襲撃事件のあらましだ。


 それから3年後、私は10歳になっていた。アンザネイスでは軍の下部組織である幼年学校への入学が許可される年。そして、その入学についての条項には、“全て(・・)の10歳以上の国民が対象”と書いてある。


 「お嬢ちゃん、何度来たってダメなもんは駄目なんだよ」

うんざりとこちらを見下ろす門番に私は何度繰り返したか分からない抗議の声をあげた。

「なんで!? ここにはアンザネイスの国民なら誰でも入学できるってあるじゃない!」

「そりゃそうだけど、女の軍人なんて見たことあるか? 世の中にはね、暗黙の了解ってやつがあるんだよ」

ここは幼年学校の正門前。入学希望の書類を出したものの不許可の通知が返ってきて以来、私は毎日ここに通いこうして入学させろと嘆願をしていた。

「せめて偉い人に会わせて!」

「偉い人がお嬢ちゃんみたいな子供に会う訳ないだろう。ほら、さっさと帰ってお人形ごっこでもしてな」

門番にからかわれ、入学希望書を握りしめた私が彼等の顔を睨みつけた時だった。

「か、開門!」

その門番達が一斉に背筋を伸ばし、慌ただしく幼年学校の正門を開け放つ。

「わっ」

正面に立っていた私はその動きに巻き込まれ、門番の足元に転がり込む。

「それでは、くれぐれも気をつけて」

「はい」

続いて中からそんな会話とともに姿を現したのは、禿げあがった頭の老人と、自分と同じ年くらいの4人の男の子達。

「また明日」

老人がにこやかに挨拶をすると、その中で一番背の小さい少年が高い声でこう言った。

「学校長先生、さようなら」

はっと私はその老人を見つめた。彼が言った“学校長”とは、まさしくこの幼年学校で一番偉い人に違いない。

「閉門!」

しかし、私が立ち上がるのなど待たずに重々しい門扉は閉ざされてしまう。

「待って、あの人に話が」

「ほら、危ないからどきなさい」

門番に首根っこを掴まれている間にその禿げ頭は見えなくなる。

それならば、追うのはもう片方のほうだ。

「ねえ、待ってよ」

そう瞬時に判断した私は、門番の腕から逃げ出すと先ほどの男の子達の後を追っていた。

「あ?」

最初に機嫌悪く振り返ったのは、金色の目をした生意気そうな奴。

「なんだ、君は」

そして、眼鏡をかけた真面目そうな子がその生意気を守るように私の前に立ちふさがる。

「あの、さっき話していたのって幼年学校の学校長でしょ。私、あの人に会いたいの!」

いっきにまくし立てる初対面の子供に不審そうな目が向けられた。

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