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ヴァルキリーの恋夜  作者: 木津 ツキ
23/36

7廻目の秋 6

 

 「待たせた」

約束の時間から大分過ぎた頃、シェトー家の庭先へレンオは一人で現れた。恐らく少し前で馬車を降り、そこから歩いてきたのだろう。その表情が読み取れない顔は少し寒さに赤らんでいる。

「お越しくださり、ありがとうございます」

ココレアはいつも通り彼を出迎えた。寒い中で何時間待たされようと、今まではそれがおかしいと思ったことはなかった。

「……昨日は」

「少し、歩きませんか?」

前日彼女を置いてメイサと二人で帰ったことはさすがに悪いと思ったのか、軽くその件を終わらせようとしたレンオをココレアが遮る。

「あ、ああ」

どこかいつもとは違う態度に、普段なら不機嫌になるところをつい頷いてしまった。

「少し先の高台に小さいけれど美しい公園があって。……一度、レンオ様と行ってみたかったのです」

街灯の下で僅かに俯き寂し気に微笑むココレア。そんな姿を不思議とレンオは初めて美しいと思った。

 

 「普段は夜でも賑やかなのですけど」

互いに無言で歩き公園に辿り着いたが、ココレアの言葉通りそこには人の姿は見当たらない。

「市民は外出を控えているのだろう」

外套の前をあわせながらレンオも周囲を見回す。小規模だが整備が行き届いた樹木や花壇がある立派な施設。確かに普段なら恋人達の夜の語らいにぴったりの場所だろう。

「やはり、昨日の襲撃の件で?」

「君もルーン様と一緒にいたと聞いた。それで心配して、こうして連絡をしたんだ」

前を歩くココレアの足は公園の中を奥へ奥へと進んでゆく。

「私はルーンに守ってもらっただけなので。でも、ご心配ありがとうございます」

「ああ、これは本当に美しい」

二人の目に見えてきたのは、一面に広がる星空であった。公園の端は高台の崖上になっており、そこからは王都の街と広大に続く夜空が同時に見渡せる。

「幼い頃からの、私の秘密の場所なんです」

レンオのそんな反応に、ココレアはやっと嬉しそうに笑う。

 聞こえるのは微かな虫の声と、木々を揺らす風の音。しばらく柵の前に並び星を眺めていると

「なんだか、恋人同士のようだ」

ぽつりと、レンオがそんなことを呟いた。

「ええ」

彼が何かを察し、そして2人の関係が終わったのだと……この瞬間にココレアは悟った。

「私のような者が生意気だと知っています。……でも、一度だけ本音でお話しできませんか?」

綺麗にアイロンされたマントを羽織ったココレアが上目遣いにレンオを見上げている。月の光に照らされた紫色の不思議な瞳はどこかこの世の者でない怪しさをまとっている。

「……君には、申し訳ないと思っている」

やがて、がくりと肩を落としてレンオは眼下に広がる王都の灯りへと目を向けた。

「本当は、メイサ様のことがお好きなのですね?」

同じように街を俯瞰(ふかん)しながら、ココレアの頬に微かな笑みが浮かぶ。

「生まれた時から一緒だった。当たり前のように一生隣にいるのだと、信じて疑いもしなかった」

その頃のことを思い出しているのか、初めて見るレンオの真摯な瞳は遠くを見遣っている。

「でも、メイサ様は遠くへ行ってしまった」

「彼女の父上が王宮内で同僚と言い争いになり相手を殴ってしまったそうだ。うちの父達も口添えをして処分は免れたが、すぐに名前も聞いたことのない南島への左遷が決まった」

静かに頷く横顔はどこか達観しているようで、つい数日前 怒りに任せ取り乱していた男の面影は今はない。

「まだ子供だった俺は何もしてやれなかった。でも、何年経ってもメイサを忘れることなんて……」

「なら、どうして私と婚約など」

それまで黙って話を聞いていたココレアが初めて感情を露わにする。

そこまで好きな相手がいるならば、なぜ無理に他の女となどつきあったのか? まして交際を申し込んできたのは彼のほうなのだから。

「君の、父上のせいだ」

けれど、その疑問に答えるレンオの声は冷めきっていた。

「え?」

「一年ほど前、国王陛下主催の酒宴の席でシェトー大佐の話題になった」

「父上の?」

予想もしていなかった名前が出てびっくりするココレアにレンオは横目で頷く。

「陛下はあの10年前の大佐の献身に今でも大変感謝していて、ずっとその家族の現状も気にかけられていた」

「そんな、全然知らなかったわ」

「お立場上、特定の貴族だけを特別扱いされることは出来ないからな。でも、その時は酔われた弾みでお心を話されたらしい」

他人事のようなレンオの語りから、それがどう自分達に繋がるのか。ココレアにも薄々と分かってくる。

「その場で俺の父がそれを聞いていたんだ。国王陛下のご機嫌を取りたい貴族からすれば、それは良い橋掛かりになると思えたのだろう」

「それで貴方が、私との婚約を命令された」

「うちは兄二人がそこそこの家の娘と結婚しているからな、三男の俺など相手は誰でも良い訳さ。そんな余りもので陛下の歓心をかえるとなれば、万々歳だ」

最初に出会った前夜祭、彼がダンスへ誘ってくれた時のことをココレアは思い出していた。愛しい幼馴染が自分の前から去り、家のため好きでもない女へ婚約を申し込まなければならない。そんな人の気持ちは、自分には分からないと思った。

「だから、怒りの矛先を君に向けてしまった。俺の人生が思い通りにならないのは、君のせいではないのに……」

「そう、だったのですね」

それは理不尽だとは思う。まさにココレアにしてみればとばっちりとしか言いようがない。

だが、その話を聞いたことで今までの彼の言動や苛立ちがようやく理解できたような気がした。

「その、許してくれとは言えないが……」

「本当です」

全てを打ち明けたせいか、今までとは打って変わり素直に頭を下げようとしたレンオの動きをココレアが制する。

「え?」

「貴方の私への酷い態度や言葉は、謝られたって許せるものじゃありません」

きっぱりと言い放った立ち姿は凛と気高く、自分の知っているオドオドした彼女とはまるで別人にすら見えた。

「ああ、そうだな」

既に普段の高圧的な雰囲気は消え、項垂れるレンオにココレアは一歩歩み寄る。

「貴方の私に対する感情は随分なものでした。私は、それで悲しい想いもした」

「すまなかった」

「……でも、貴女が好きな人を見る時の眼差しや口調はとても優しいもので。自分に向けられた訳じゃないけど、そんな姿は、悪いものではなかった」

少し傾けた弱々しい笑顔を、驚いたレンオは思わず見入る。一生恨まれても仕方ないことをしたと自覚しているのに、この元婚約者はそんなことを笑顔で言うのだ。

「俺は、惜しい相手を逃したのかもしれないな」

下を向き感情を飲み込んだレンオの初めての冗談に、ココレアも穏やかに笑い返すことができた。

「……でも、本当は私だって同罪なんです」

月は天の真ん中へ昇りその横顔を白く照らし出す。ふいに笑みの消えた紫の瞳は冴え冴えとして美しさと共にどこか冷たさを感じさせた。

「俺は全て話した。……次は、君の番だ」

少し上ずったレンオの言葉に、ココレアは操られたように一つ頷く。

「……そうですね。でも、一体どこから話せばいいのか」

ゆっくりと仰ぎ見た夜空には、白い月が煌々と輝いている。

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