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ヴァルキリーの恋夜  作者: 木津 ツキ
22/36

7廻目の秋 5

「でも……。もう私には関係ない」

顔を上げて皆を見回し、ゆっくりと告げる。

「私には、何も出来ないし、する力もない」

そう断定するくせに、紫色の瞳はどんどん自信なさげに伏せられてゆく。

 けれど、これは常にココレアが自身の心に刻んだ戒めのようなもの。

「ここ数日、偶然とはいえ皆と過ごして……懐かしかったし、楽しかった気持ちは本当。なんだか、ずっとこんな時間が続いてた錯覚に陥ってしまいそうなくらい」

ちらりと向かい側に座るセレンを窺うも、その表情から心の中は読み取れなかった。

「それなら」

「だからこそ、私は勘違いしちゃいけない。まだ仲間のつもりなんて、図々しいこと考えちゃいけない」

ルーンの言葉を拒み、はっきりとココレアは伝えなければならなかった。

「私は、皆の近くにいる資格がない」

その言葉を聞いた4人は黙り込み、そしてココレアは己への誓いを新たにする。

そうだ、皆は優しいから自分を昔と同じように扱ってくれようとする。でも、それに甘えちゃいけない。今日が終わったら、この場所からは永遠に去ろう。

 「お前に、ここにいる資格と理由がまたあるとしたら?」

なのに、予想もしていなかったノヴァの言葉にはっと顔を上げた。

「え?」

「昨日、ルーンに投げた日傘を覚えているか?」

真意を掴めぬままの頭にその声は続けて問う。

「……ええ、せめて何か武器になるものがあればと」

御者と一緒に近くの家々をめぐり、軒下に置かれていたあの日傘を拝借したのだ。

「あの日傘には、魔法がこめられていた」

きっぱりと言ったルーンの言葉に皆の驚きはない。ただ、当のココレアだけが茫然とその横顔を見返す。

「そんなはず。あれはルーンの力じゃ……」

確かに敵を仕留めた一撃は魔法を帯びたもの。だが、それは彼が最後の力を振り絞ったのだとばかり思っていたのに。

「いや。俺の魔法力は間違いなく空だった。それなら、あの力はどこからきたんだ?」

低く尋ねられるが、それに答える者はいない。

「そんな」

「もしかして、魔法力が戻ったんじゃ」

「それは、ないわ」

テオドーラの口添えにココレアは強く頭を振る。

「だって、今こうしてみても何も感じられない。 昔みたいに出来ない……」

もう何度も何度も試み、そして諦めた両手。それを再び強く握ってみても、やはり何ひとつ変化は感じられなかった。

「だから、私なんて」

「でも、敵がそうじゃなかったとしたら?」

ノヴァへと向けた視線の右側から、畳みかけるようにテオドーラが口を挟んだ。

「敵?」

「昨日の奴等」

反対に聞き返すココレアに応じたのはルーン。

「リーダーの男が言ってたんだよ、『さっさと殺せ! 次はあの女だ』って。あの時は深く考えなかったけど、それってココを狙ってるってことじゃないか?」

「……それは、ただ目撃者を消そうとしたとか」

「あの場にはうちの御者もいた。それなら『次はあいつらだ』とでも言わないか?」

冷静に反論され、何が正しいのか頭が混乱してしまう。

「でも、なんで」

貴族とはいえ、貧乏男爵家の冴えない娘。そんな歯牙にもかからない存在を狙って一体どうしようというのか。

つい左手で顔半分を覆ってしまったココレアを見下ろし、それまで何も喋らなかったセレンが静かに口を開いた。

「例えば、お前がアンザネイスの魔法軍にとって重要な人物だと知られている」

提示された言葉にビクリと体が震え、ゆっくりと顔上げる。

「または、俺達とお前の関係を知っているとしたら」

地面に片膝をたてて座る行儀の悪い姿。しかし、まごうことなき王国の王太子、セレンの黄金色の瞳が、夕闇の中でココレアを見据えていた。

「そんな訳……」

だって、そんな事実があったのはもう随分と遠い昔のこと。それからはずっと地味に生きてきた。

けれど……。

「あ」

ふいに脳裏によみがえったのは、スズと一緒にいた時に聞いた、親衛隊ともう一人の少女の噂話。そして、セレンと自分の関係をやけに知りたがるスズの顔……。

「確証はなくても生徒の話題にあがるくらいだ、敵がそのことをどこかで聞き及んでも不思議じゃない」

ココレアの胸騒ぎを裏付けるようにノヴァが言う。

「ラスヒビアが攻撃を仕掛けてくるって情報は?」

「それは、少し聞いているけど」

伯爵家のパーティーで教えてもらった“敵”の存在。その憎むべき相手は、アンザネイスにとって一つしかない。

「あの事件から10年。一時は解体間近とも言われたが、長い潜伏期間を経て遂に我が国に全面戦争を仕掛ける気らしい」

険しい目つきで語るルーンの頬に貼られたガーゼと細かい生傷。昨日の戦いの痕跡が、その話が絵空事などではないことを突きつけている。

 正直にいえば、今この時までココレアは楽観的だった。敵が攻めてくると言っても、全世界の中心であるアンザネイスがテロの標的にされているのは昔から。それだってきっと今までみたいに強大な魔法軍が守ってくれる。ルーンと自分が襲われたことだって、朝起きてみれば大した騒ぎにもなっていない。生き残ったラスヒビアの数少ない残党がたまたま起こした事件で、もう二度とそんなことはないはず。

全てを良い方向に考え見ないふりをしていた現実。けれど“全面戦争”という言葉を口にした4人の表情から、それがいつ降りかかってもおかしくない状況なのだといやでも思い知ってしまった。

 「そんな一触即発の状況なんだ。ココがどう思おうと、君を一人にしておくことはできない」

相変わらず優しいテオドーラの口調が逆に胸を締めつける。

「でも」

「お前が人質にでも取られたら面倒なことになるんだ。黙って俺らと行動を共にしてもらう」

高圧的に自分へ言い渡すノヴァをココレアは狡いと思った。こんな風に命令をされれば立場上断ることはできない。守られてしまう事実に自分が申し訳なく思わないよう、嫌われ役をかってくれている。

「……分かった」

いつだってブレーン役のノヴァが出張れば彼の思い通りに結末は運ぶ。そう分かってはいても、皆はどこか安堵した表情を浮かべた気がした。

「でも。それには一つ片づけなければならないことがある」

気づかないうちに上空には一番星がうっすらと見え始めている。そんな空を背景に努めて明るい声で切り出してくれたのはテオドーラだ。

「……レンオ様、のことね」

それは言われずともココレア自身にもよく分かっていた。本来なら、こうして年頃の娘が婚約者以外の男ばかりの座にいること自体が背徳行為とされる場合すらある。これから共に過ごすというのなら、婚約者にその許可を取るか、または……。

「自分でも、答えは出ているんだろ?」

いつものように強気な口調のくせ、どこか不安そうなルーン。

「……ええ」

けれど、目線を上げたココレアの心の中は不思議とすっきりしていた。

ずっと下を向き生きてきた時間のほうが夢のような気がするのは、こうして皆とまた同じ時間を過ごしてしまったせいだろうか。

「お前自身でケリつけてこい」

向かい側からセレンの偉そうな声がして、本当ならそんな態度に反撃の一つもしたいところだった。けれど、ここまで決断から逃げていたのは真実なのだから仕方ない。

「うん」

それはセレンではなく自分自身へ言い聞かせる言葉。

大きく息をついたココレアの頭上では、生誕祭二日目の夜が静かに訪れようとしていた。


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