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ヴァルキリーの恋夜  作者: 木津 ツキ
21/36

7廻目の秋 4

「勝手に出歩いて、昔みたいにお仕置きですか?」

笑いながらテオドーラに言われたジャヴェックはゆっくり首を横に振る。

「いえいえ、皆様はもう立派な貴公子。どこへ行かれようと私が口出しすべきことではありません」

それではどうして追ってきたのか? そんな疑問に顔を見合わせたココレア達を見回し、初老の執事は穏やかに微笑む。

「ただ……。こんなに元気いっぱいなセレン様は久しぶりだった気がしたもので」

そんな柔らかな言葉に、最初に吹き出しそうになったのはルーンだった。

「とにかく、殿下のことは僕達がお守りしますので」

テオドーラが笑いを堪えるようにジャヴェックとセレンを交互に見る。

「ええ、お願いしますよ」

「それでは殿下、こちらへどうぞ」

こちらも少し背中を震わせながらノヴァが演習場の扉を開け、その中へ入ってゆくセレンの顔はいつも以上に憮然としているように見えた。

「では」

最後に演習場へ入るココレアが小さく会釈をすると、扉が閉まるまでジャヴェック執事は笑顔で皆を見守っていてくれた。

 「それで、本当のところどうなんだ? お前」

重々しい扉が閉まった演習場の中で、急に気安い口調に変わったノヴァが肩をすくめながら言う。

「あ?」

「セレンを生まれた時から見ているジャヴェックさんが言うんだから間違いないんじゃない?」

不機嫌なセレンに追い打ちをかけるようにテオドーラもからかうような口調。

 これはずっと以前からの形式のようなもので、年の近い友人といえど王太子であるセレンには公の場では笑ってしまうくらい慇懃無礼な態度で振る舞わねばならない。こうして仲間だけの空間になった時、彼等は初めて本来の関係に戻れた。

 「まあ、それは置いておいて。……なんでお前がいるんだよ」

横から口を挟んだルーンの苦々しい声につられ、セレン、ノヴァ、テオドーラの視線が一点に集まる。

「そうだ! 元々はあんたのせいでこんな目に遭ったんだから」

この場所に成り行きのまま流れ着いてしまったココレアだったが、ここにいる原因を思い出すと諸々をすっ飛ばし急速に怒りが沸き上がってきた。

「は? どういう意味だよ」

「そっちがマントを取りに来いって言ったのに、家にいないじゃないっ」

そんな怒鳴り声にルーンは口を尖らせる。

「あれは、待っててもお前が全然来やしないから」

「だったら家に置いておいてよ」

「仕方ねえから帰りがけに届けてやろうと思ったんだよ!」

ルーンとの言い争いを眺め、他の3人はココレアがここにいる経緯を察したようだった。

「喧嘩はそのへんにしておけ」

いがみ合う間をノヴァに引き離され、ココレアとルーンは同時にその眼鏡をかけた顔を振り向く。

「「喧嘩じゃない!」」

二つの声が重なったところでテオドーラが笑い出した。

「本当に君達変わってないね。……7年経っても」

最後の言葉は少しだけ感傷気味で、日の翳った演習場の中にふいの沈黙がおとずれる。

 「……そういえば。飲み物を頼んでいたんだった」

最初に独り言のような台詞を呟いたのはノヴァ。

「ジューネ様から衣装をお借りする約束だったろ? 俺が行くよ」

続いて、いま思い出したというような仕草でテオドーラが背中を向ける。

「マント取りに行ってくるから待ってろ。また忘れられると迷惑だからな」

そう言い残し演習場の入口を再び開けるルーン。

「え、え?」

突然ぞろぞろとこの場から出て行く3人の後ろ姿を訳の分からぬまま見送ったココレアは、すぐさま大変な事態に気がついた。

この場に残されたのは、セレンと自分の2人だけだということに。

 夕暮れが近づき、涼しい風にのった鳥の声がどこからか聞こえてくる。相変わらずこの国の王子様は何が気に入らないのか演習場のフェンスに寄りかかったまま押し黙っている。

「……こうして話すの、久しぶり」

仕方なく同じように隣に並んで立ったココレアが呟くが返事は返ってこない。

「この演習場、懐かしいわね」

無言。

「まだ、4人で稽古をしているの?」

やはり無視されて、とうとう額に青筋が浮かんだ。

「あんたね、こっちが話しかけてるんだから何か答えなさいよ!」

勢いあまって横隣りを見ると、感情の読めない表情でこちらを見るセレンと正面から視線がぶつかってしまった。

「……無礼な奴だな。誰に向かって口をきいてんだ」

ぼそっとした素っ気ない一言。ほとんどの人間ならば寿命が縮まってしまうであろうシチュエーションだが。

「あんたよ、王子様」

ココレアはセレンの足を軽く蹴飛ばしていた。

「いてぇな」

「うるさい」

予想通り睨んでくる低い声から顔を背ける。その先には少し赤に染まり始めた空がどこまでも広がっていた。

「相変わらず可愛げのねえ奴」

「そっちこそ、こんなのが次の王様じゃアンザネイスの将来が心配だわ」

口を尖らせ、ふいっと横を向こうとしたココレアだったが

「本当、生意気な女」

その顎が掴まれ、強引にセレンの方へと上向かされていた。

「……あ」

思わぬ展開に、全身が硬直して言葉をなくす。

「でも、まあ……。らしくねえ姿よりはいいんじゃねえの」

乱暴に放される手。そういえば前回会ったのはあの大広間でレンオに打ち捨てられた場面だったと思い出した。

あの時の自分は、彼の目にどう映っていたのだろう。

「大きな、お世話よ」

不満そうなココレアを小さく笑う気配が隣からしたが、その後は沈黙が広い演習場の中に静かに流れるだけだった。


 「お待たせ」

 タイミングを合わせてノヴァ、テオドーラ、ルーンが演習場の中へ戻った時、2人は会話もなく並んで同じ空を見つめていた。

「せっかく久しぶりに5人が揃ったんだから、仲良くお喋りでもしようよ」

丁寧にたたまれたドレスを演習場のフェンスの上に置きながら、口元に微笑みを浮かべたテオドーラが言う。

「別に、話すことなんてないし」

不本意そうにセレンの隣を離れるココレアに3人はそっと顔を見合わせて苦笑を隠した。

「だけどな、実は俺達はお前に用事があったんだ」

けれど、一転して真剣な顔つきになったルーンの声に一堂の間の空気はふいに張りつめた。

「私、に?」

「まあ、座ろうか」

眉をひそめるココレアに、グラスをのせた盆を持ったままだったノヴァは近くの芝生の上に腰を下ろす。

芝生とはいっても王宮の庭園のように手入れされたものではなく、雑草が生い茂った小さな木陰の下。とても王太子や公爵家の跡取りにはそぐわない場所だ。

「ここも変わってない」

けれどココレアにとっては、王宮や貴賓室にいる彼等よりここにいる4人こそが本物のような気がした。

「ところで、怪我とかは大丈夫だったの?」

輪になって座ったところで、グラスを配りながらテオドーラがココレアに聞いた。

「ああ、何ともないわ」

何のことかと思ったが、昨日の襲撃事件の件だと気がつく。

「ルーンが、守ってくれたし」

そう視線を向けると、左隣のルーンは照れたように反対側へ顔を向けてしまった。

「話っていうのは……。単刀直入に言うと、昨日ルーンと君を襲ったのはラスヒビアの連中だ」

少し躊躇いながら話し出したノヴァの顔を見つめ、ココレアは手にしたグラスへと視線を落とす。

「そう」

実をいえば、それほど驚くことではない。昨日彼等の姿を見た時からそれは予想が出来たものであった。

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