生誕祭1日目 3
なんで、あいつがここに……。
我に返った時には既に遅かった。
「ああっ、なんでお前がここに居るんだよ!」
そう声をあげてからしまったという顔をした、ふらりとこの場に現れた少年。
「こ、こんにちわ。ユーヴィリー様」
今更とはいえ、ココレアには引きつった笑顔で彼を迎えることしかできなかった。
「え、どういうこと?」
「シェトーさん、ルーン様とお知り合いなの?」
当然、周囲はそんな2人にざつわつく。
「あら、どんなご関係なのかしら」
今ははぐらかすしか道はない……。尋ねるメイサへなんと答えようかと頭をめぐらせていると、不審そうな表情のレンオが立ち上がってこちらへ向かって来る。
何故だか彼にはルーンとの関係を隠さなければならない気がした。本当のことを話せば必然的に自分とセレンとの関係もバレてしまう。昨日皆の前で辱められたレンオがそれ知ったらどう思うか……。
「シェトー大佐がうちの親父の部下だったんだ」
そんな中 記憶よりも低く冷静に響いてきた声に、ココレアは正面を見つめた。
ルーンは一つ年下の16歳。セレンや他の親衛隊に比べれば身長は低いし性格も子供っぽいけれど、記憶よりもずっと目線は高く体つきも男らしく変わっている。
ああ、時が流れたのか……。そんな当たり前のことに、ココレアは初めて思い至った気がした。
「なるほど。お二人とも軍人のご家系ですものね」
「軍で一緒だった殿方の絆は特に深いと聞きますわ」
勝手に皆が納得する様子にココレアはほっと胸を撫で下ろす。
確かにルーンの父であるユーヴィリー大元帥と自分の父は若い頃 同じ部隊に所属していたことがあるという。家格と階級には天と地ほどの差があるものの、庶民も多い軍学校の中で貴族同士で交流が深まることは不自然ではない。嘘は言っていないし、これ以上はない理屈だろう。
「そ、そうなんです。まだ父が存命だった頃、何度かルーン様ともお会いしたことがあって」
話をあわせろというルーンの無言の圧力を感じ、たどたどしくココレアもそんな筋書きを語った。実際には、彼と出会ったのは父親同士を介さない秘密の場所でであるのだが。
「じゃあ、昨日セレン様がシェトーさんにご配慮されたのは」
「ああ、ルーン様の幼馴染だからってことなのね」
よく分からぬまま頭上で繰り広げられる推理に、ココレアは肯定するでも否定するでもなく薄笑いで頷いてみせる。勘違いとはいえ、そう思ってくれるならそれが一番都合が良い。
「あ、あの。ユーヴィリー様にも飲み物を」
しかし、あまりこの話題を引っ張れば必ずどこかでボロが出る。なるべく早く話を逸らし、自分とルーンのことはうやむやにしなければ。
そんな算段から自ら庭の端のドリンクコーナーへ向かったココレアをレンオは無表情で観察したものの、結局なにも言わず再びソファへと腰を下ろした。
「今日はお越しくださりありがとうございました」
夕陽が夜の色に変わる頃、サーカロン家でのパーティーはお開きとなった。それぞれの家の馬車に乗り込む客人をウェリー・サーカロンが見送っている。
「こちらこそ。お招きいただき嬉しかったわ」
薄闇の中で述べた礼はお世辞ではなく、久方ぶりに貴族のコミュニティに参加したココレアの嘘偽りのない言葉であった。
「それでは」
だからこのまま気持ちよく帰宅できると思っていた表情に薄闇の中でふと影が差す。
「あれ」
ここに来た時に乗ってきたデンサー家の馬車。気がつけば、それがレンオごと見当たらないのだ。
だが今までの経緯を思えば、それが意味する結果をココレアは何となく予見することができた。
「馬車なら、先ほどレンオ様とメイサ様が一緒に……」
そうウェリーの背後から申し訳なさそうに知らせてくれたのは、父のことを聞いてきた2人組の少女達。ウェリーと仲良しらしく、先ほどから他の招待客の見送りを手伝っていた。
「私達は、ココレアさんが一緒でなくて良いのか一応確認したのですが……」
その言い方からすると、きっとそんな問いを振り払いあっさり帰って行ってしまったのだろう。
「あ、いいのよ。そういえば別々に帰る約束をしていたの」
「そうなのですか?」
咄嗟に明るい声を出せば、3人の少女達は不思議そうに背の高いココレアを見上げる。
それは当然で、パーティーに一緒にやって来た婚約者が帰りは別々に帰るなんてシチュエーションは聞いたことがない。どうやって辻褄を合わせようか思案していると。
「俺の馬車で送っていくことになっている」
背後からかけられた声に振り向くと、そこには仏頂面をしたルーンが立っていた。
「あ、そういうことなんですね」
ウェリーが安堵の顔をみせるので、そうそうとココレアも大きく頷く。
「久しぶりにお会いしたから、色々積もるお話しもあるもので」
穏やかに微笑みながらの説明は中々自然で自分を褒めてあげたいと思った。
「まあ、羨ましいです。それでは、今ユーヴィリー様の馬車を回しますわ」
ウェリーが下男に指示を出す後ろで、ルーンは疲れたようにため息をついていた。
「お気をつけてお帰りくださいね」
「ええ、貴女達も」
2人組の少女に交互に挨拶をされ同じように返礼したココレアは、彼女達はどこかそわそわと目配せをしていることに気がついた。
「どうかしたのかしら?」
何か自分に言いたいことでもあるのかと思い尋ねてみると。
「……実は、ここだけの話なんですが」
そっと袖をひき、ルーンから数歩離れた場所へと連れて行かれる。
「もうじき、アンザネイスが敵から攻撃されるという噂があるんです」
そっと耳打ちされた言葉に、ココレアは目を瞠り幼さを残す顔を見返した。
「それは……」
「これは上級貴族にしか伝えられてないことなんです」
「だから私達も、急遽 旅行を取りやめてパーティーを」
代わる代わるに伝えられる声は当然嘘を言っているようには見えなかった。
上級貴族というのは、公爵、侯爵、伯爵までの貴族の中の更に上層の身分を指す。それならば男爵家であるココレアの元にその情報は届かないだろう。
「だから、ココレアさんも用心して」
「外出は控えたほうがいいみたいです」
そう教えてくれるのは仲良くなった相手への純粋な気持ちに違いない。その真偽は置いておくとしてもココレアはにこやかに笑って身体を屈めた。
「ご心配ありがとう、気をつけるわ」
目線をあわせて言うと少女達の顔にも笑みが浮かぶ。
「それじゃ、行くわね」
ユーヴィリー家の馬車が到着したのを見て歩き出したココレアだったが、ふと大切なことに思い至り足を止めた。
「そういえば、貴女達の名前をまだ伺ってなかったわ」
今日は次々話しかけられる対応で忙しく、つい一人一人のフルネームまでは聞きそびれてしまっていたのだ。
「ああ、失礼しました。私は、ハーヴィー伯爵家のリオネです」
レヴェン地方に領地があるという少女がまずスカートの裾をつまんで挨拶をしてくれた。
「改めて、よろしく。そちらは?」
そして自然の流れでもう一人へ水を向けたのだが、何故か少し困ったように彼女は口をつぐむ。
「……私は」
「おい、馬車着いてるぞ。早くしろよ」
かぶせるように、背後からルーンの粗野な声が聞こえてきた。
「今、行くわよ」
「私の、名前は」
そんなやり取りにまぎれ、向かいあう少女は重々しい唇を開く。
「エスト伯爵家の。……ルーン・エストと、申します」
最後はやや自棄気味でされた自己紹介に静寂が訪れる。誰も悪くないが故に気まずい空気がしばらくその場に漂い続けていた。