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ヴァルキリーの恋夜  作者: 木津 ツキ
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生誕祭1日目 2

「あの、ティア様が?」

ついココレアが驚愕してしまったのも仕方あるまい。勘違いだったと誤魔化したものの、今までの彼女であったならば決して自分の非など認めなかっただろう。それこそ権力に任せて黒いものも白と押し通してしまったはずだ。

「相手があのトゥンドューザ様じゃね」

「それより、君とレンオの誤解が解けてよかったよ」

まだ頭が整理できていないココレアをよそに、集まっていた皆のお喋りが待っていたように咲き始める。

「……え、誤解?」

「あの時のティア様のお顔、失礼だけど見ものだったわね」

「あんまり大きな声で言うものじゃないぞ。未だに王妃の第一候補は彼女なんだ」

「あら、でも昨日のセレン様のご様子では……」

戸惑ったままのココレアを置き去りに話題は軽快に流れてゆく。さっさと中央のソファに座ったレンオも我関せずといった風情でワインのグラスに口をつけている。

「ここだけの話ね、みんなティア様にはちょっと辟易してたみたい」

まだ芝生の上に立ったままだったココレアにメイサは耳打ちし、少し離れた場所にある生垣の前のソファへと(いざな)った。

「だから、昨日の貴女を見て清々しているのよ」

「……あの。誤解、ってどういうことでしょう?」

誰も教えてくれない疑問を堪りかねて尋ねたココレアに、スズほどでないが黒味がかった瞳は仕方なさそうに微笑んだ。

「ここの皆……というか、世間では貴女とレンオは仲直りしたってことになってるの」

「え……」

ひそめた声が教えてくれた事実に身に覚えのないココレアは驚く。だが、共にソファに腰かけたメイサは諭すように語り出した。

「レンオは、間違いで貴女を怒ったせいでセレン様に目をつけられてしまったのよ。これで婚約まで解消したなんてなったら、一体世間からどう思われるか」

自分のことのように苦しそうに告げるメイサの言いたいことは、何となくココレアにも分かる気がした。

レンオにとって昨日の行動は他人の私物を盗難した婚約者を正義感からしかりつけただけ。それは勘違いをさせたココレアにも非があるのに、彼は大衆の前で王太子からしっ責され婚約者とのダンスまで奪われてしまった。そこにきて婚約解消となったら、本来の身分の差に関わらずレンオのほうが見切られたと誰もが思うだろう。メンツを何より大事にする貴族社会の中でそれを避けるには、ココレアと和解し婚約を続けている事実を皆に見せなければならない。

 「それが出来なければ、レンオのお家の名にまで泥を塗ってしまう。そうしたら……私の父のように」

強く両手を握ってくるメイサの気迫に押され、ココレアは何も言えなかった。 

 詳しくは知らないが、スズが仕入れてきた情報では、彼女の父は王宮で何かトラブルを起こし最近アンザネイスの属国となった南の小国に赴任させられたのだという。総督といえば聞こえはいいが、実態は誰も知らぬ場所への体のいい左遷。由緒ある伯爵家がそんな憂き目に遭ってしまうかもしれないきっかけを自分が握っているのだと、ココレアは初めて気づいた。

 「……それ、は」

昨日の彼の態度や言葉に傷つかなかった訳ではない、怒りが収まった訳でもない。しかし片や自分にも確かにレンオが必要だったはずだ。自分を拾ってくれた、これ以上はない条件の婚約者。それに、負い目がある分レンオは今までより優しくしてくれるかもしれない。打算だけでつきあいを続けたって悪いはずはない……。

 「ね、お願い」

そしてもう一つ。こうして必死に懇願してくるメイサの手をココレアは振りほどけなかった。

見ていれば彼女がレンオを愛していることなどすぐに分かってしまう。けれどその好きな相手を守るため、こうして他の女との婚約を一生懸命に頼み込まなければいけない。それは、とても残酷なことに思えた。

 「……レンオ様は、私なんかには勿体ない方です」

少しの間俯いた後、ぽつりとココレアがこぼした言葉にメイサの表情は徐々に喜びへと変わる。それは彼女の希望をココレアが受け入れたという意味になるからだった。

「……ありがとう。ありがとう、ココレアさん」

手を取り合ったまま横を向いたメイサの目元にきらりと涙が光る。

『俺は、お前なんて大嫌いだった』

ふいに昨日レンオから言われた言葉がよみがえり胸が締めつけられたが、きっとこれで良かった。彼のためではなく自分のため。そう信じることで、ココレアは押し寄せる様々な感情へきつく蓋をした。

 「へんなこと言ってごめんなさいね」

不安が晴れたためか、ソファの肘掛にもたれて笑ったメイサは今まで感じていた捉えどころない人物でなく年相応の女の子に見えた。

「メイサ様、シェトーさんを独り占めしないで」

「私達だってお話しを聞きたいのよ」

会話が一段落したのを見計らってか、中央のソファでお喋りをしていた女の子達がドリンクを片手に近づいてくる。

「あら、彼女はレンオの婚約者なんだから。私の妹みたいなものよ」

「でも、ずるいわ」

ココレアやメイサよりも2、3歳若いと思われる少女がが可愛らしく頬を膨らませていた。

「シェトーさんて、あのシェトー大佐のお嬢さんなんですよね」

「え、ええ。そうだけれど」

「この子の家、レヴェン地方が領地なんです」

もう一人の少女が苦笑しながらした説明でココレアは得心がいった。

「そう、なのね」

「ええ、だから今日はお会いできて光栄ですわ!」

「ちょっと待ってて。飲み物を持ってくるわね」

そんな光景に目を細めたメイサが立ち上がると他にも数人がココレアの周囲に集まり、父のこと、昨日のこと、ティアとの関係などで質問攻めにあう。

まず貴族達の輪に自分が加わっていることが信じられないココレアだが、そういえば伯爵家の集いといいながらティアの取り巻きである伯爵令嬢達の姿はここにはなかった。今日集ったメンバーはといえば、普段はほとんど関わりがなく、けれど今までココレアに敵意を向けたことのない人々ばかり。

 「でも、昨日のセレン様のご登場は素敵だったわ」

こんな状況がまるで夢の中のように感じていたココレアは、ワイワイと他愛のないお喋りの中で誰かが呟いた一言にはっと我に返った。

「ココレアさんは王太子殿下があの場においでになることご存じだったの?」

メイサの言葉で、庭中の注目が一身に注がれる。

「それ、は……」

誤魔化しの言葉を口にしようと顔を上げたココレアは、前方から射貫くような視線を感じた。意識を向ければ、レンオが会話など聞こえない風を装いながらも険しい顔でグラスを回していた。

「ねえねえ、本当のところどうなの?」

息がかかるほど近づいたメイサの悪戯っぽい声。周囲の女子達はきゃあきゃあと黄色い声で騒ぎたてる。

 彼が特定の女になど関わったら、学校……どころか世間から勘繰られるのは当然。下手をしたら世界中から注目されてしまう場合だってある。それくらいアンザネイスの王太子は影響力の大きい唯一無二の存在なのだから。

それを思うと、あんな公の場でなんてことをしてくれたのかとふつふつと怒りが再燃してきた。 

心を落ち着けつつ、スズにしたのと同じ説明を繰り返そうとココレアが口を開きかけた時だった。

 「ユーヴィリー様がご到着されたわっ」

少し前から場を外していた この家の娘であるウェリーが勢い込んで庭へと駆け戻ってきた。

「え……」

突然のことに完全に虚を突かれたココレアの周囲では同時に皆の体が立ち上がる。

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