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ヴァルキリーの恋夜  作者: 木津 ツキ
12/36

生誕祭1日目 1


 「そんなことがあったとは露知らず、すまなかった」

テーブルを挟んだスズが深々と頭を下げるので、ココレアのほうがカップを手にしたまま慌ててしまう。

「いいのよ、そんなこと」

 前夜祭の翌日。生誕祭1日目のアンザネイス王国は快晴に恵まれていた。

前日は顔をあわせることなく帰宅してしまったスズから昼前に使いがきて、午後のお茶を兼ねてこうしてココレアの家に集まることになった。

 あのココレア人生最大の修羅場の時スズが何をしていたかと聞けば、ダンスなど性に合わないと独り学食でケーキを食べていたのだという。

 「私がいたら助けてやれたのに」

「その気持ちだけで嬉しいわ」

口惜し気に呟く友人に、ティーポットのお茶を注ぎながらココレアは柔らかく微笑んだ。

 生誕祭の前半は、家族や婚約者、仲間達と金をかけたパーティーやイベントを行うのがアンザネイスの若い貴族達の過ごし方である。この期間に予定がない者は当然馬鹿にされる対象となるので、ココレアもレンオと旅行の約束を取りつけ面目を保つはずだったのだが、そこに昨日のあの出来事だった。一緒に出かけるどころか、もう二人きりで会うことすら一生ないかもしれない。

そんなことを思い憂鬱な気分でいたところをスズが訪ねて来てくれた。ざっくばらんな彼女と話している間は、貴族社会のそんなしがらみも不思議と忘ることができる気がした。

 「しかし、そんな場面にかの王太子殿下が登場するなど。……ちょっとタイミングが良すぎないか?」

一通り大広間での出来事を聞き終えたスズがカップ越しにちらりと視線を寄越すので、ココレアは差し出そうとしていた菓子の瓶を思わず手から落としてしまった。

「ご、ごめんなさい」

ゴトリという鈍い音を聞いても、目の前の黒い瞳はじっとココレアを見つめたまま。

「……そんなの、ただの偶然よ」

先ほどと同じ説明を繰り返し、改めて瓶の蓋を開けると部屋の中には香ばしいクッキーの香りが漂った。

「そうなのか?」

「そうよ。王太子も言っていた通り、ダンスパーティーを抜け出す口実が欲しかったの」

嘘はついていないものの、どこか罪悪感で落ち着かないココレアは減ってもいない自分のカップに紅茶をまた注ぎ足す。

「……なあ、ココレア」

「なに?」

正面を見れないココレアは目を逸らしながらポットを片づけるふりをする。

「其方……」

スズが何かを問おうと、いざ身を乗り出しかけたが。

 「ココレア」

一応のノックとほぼ同時に部屋に入ってきた声によって、その続きは遮られた。

「え、誰?」

扉から姿を現したのは、淡いピンク色のドレスを着た少女。客人がいるとは知らなかったようで、見知らぬ人間に怪訝そうな顔をしていた。

「あ、妹よ。こちらは私の友人なの、ご挨拶を」

「……シャレン・シェトー。14歳です」

ココレアに促され、赤毛と明るい茶色の瞳をした少女は警戒を解かぬままスカートをつまんで挨拶をよこす。

「そうか。スズネ・タカジョウだ。貴族学校の留学生で、姉上には仲良くしてもらっている」

自己紹介をしても怪しむ表情が消えぬシャレンにスズは肩をすくめた。

「この他にも弟妹がいるのだったな?」

「ええ、12歳の弟と10歳の妹が」

その二人は今日は私立学校の行事でピクニックに行っているのだと答えたココレアは再びシャレンへと向き直る。

「それで、何か私に用があったのかしら?」

「それが、来客が……」

思い出したように口を開くシャレンの背後で、閉まりきっていなかった扉が静かに開く。

「あ……」

「すまない。待ちくたびれたもので」

ぬっと部屋の中へ入ってきたのは、暗い面持ちが張りついたままのレンオであった。

「ど、うして……」

立ち上がったココレアは言葉も続かずに戸惑う。それもそのはずで、昨日あった出来事を思えばレンオとの縁は切れてしまったと思うのが当然であろう。

「その、伯爵家の者達でパーティーをすることになってな。君も一緒に連れて行こうと思って」

「ほう、何だか虫の良い話だな」

「お前は」

シャレンとココレアの影になって見えていなかったスズの存在に気づいたレンオは、驚いたあと露骨に嫌そうな顔をみせる。

「……部外者は黙っていてもらおう」

だが苦虫を嚙み潰したように言っただけで前日のように激高することはなかった。スズのほうも不満そうではあるがふいっと顔を背けて口をつぐむ。

「え、伯爵家のパーティーなんて素敵!」

ここにきて初めてはしゃぐような声をあげたのは、それまで素っ気なく振る舞っていたシャレンだけであった。

「でも、今回は」

自分と似つかない顔の妹からスズへと視線を移したココレアは断りの言葉を口にのせかける。せっかく友人が家に来てくれているのだから、今は当然彼女のほうが優先だ。

「ああ、私なら良いぞ。ちょうど夕方から予定があったのだ」

そんな友人を見て、まさに今思い出したというようにスズは立ち上がった。

「え」

「今度はぜひ私の下宿先に遊びに来てくれな」

引き止めようとする声を制し部屋の荷置きから素早く自分のバッグに手をかける。

「それでは、また」

突っ立つままの3人の横を通り抜け、笑い声だけを残したスズはまさに風のように部屋から去って行ってしまった。

 残されたココレアとレンオは、沈黙の中 気まずい視線を交わしあうこととなった。


 それから1時間後、ココレアは広々した石畳の上へレンオと共に馬車から降りたっていた。

シンメトリーに整備された美しい庭と、その向こうには白亜の大邸宅が(そび)え立つ。

 「いらっしゃいませ」

賑やかに出迎えてくれたのは、このサーカロン伯爵家の娘、ウェリー・サーカロン。確かココレアより2つ年下の貴族学校初年生だ。

「やっとレンオ様が婚約者をつれて来てくださって嬉しいわ。今日は他にも特別ゲストがいらっしゃるのよ」

ウェリーに案内され南側の庭に進むと、そこには白いテーブルとソファが並ぶ立派なパーティー会場が設置されていた。午後の陽射しを受けた色鮮やかなパラソルの下、テーブルには豪勢な食事が並びサイドコーナーでは給仕が飲み物を支度している。

 「お、来た来た」

集まっていたのは十数人ほどの男女の若者達。年齢は様々だが、確かに全てが伯爵の爵位を持つ家の子供達だった。

「ああ、遅れてすまなかった」

外套を脱ぎながらレンオも彼らのほうへと歩み寄ってゆく。自分もそれに従って良いのかと逡巡したココレアだったが

「早く、シェトーさんもいらっしゃいよ」

奥の椅子から立ち上がり駆け寄ってくれたのは、あのメイサ・ネルだった。

「あ、この度はお招きいただき……」

「もう、そんな堅苦しい挨拶はいいから」

柔らかい手がココレアの腕をとり庭の中央まで軽やかに連れ出す。

「おお、本物じゃないか」

「昨日の武勇伝聞いたわよ」

「……あ、あの」

 ココレアにしてみれば、自分はつい昨日盗み疑惑をかけられ大衆の前で晒しものにされた女のはず。どうして彼らがにこやかに迎えてくれるのか理解ができなかった。

「あの後、生徒総鑑がティア様を呼んで聴き取りをされたそうなの」

そんな気持ちが表面に出ていたココレアに、隣からメイサが眉を寄せて言う。

「ノ……、トゥンドューザ生徒総鑑が?」

「そう。そしたらティア様、貴女のネックレスは自分の物じゃなかった、勘違いだったかも、って認めたそうよ」

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