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ヴァルキリーの恋夜  作者: 木津 ツキ
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とある王国の 1


 「ここで己の非を認め、皆の前で膝をついて謝罪するならば許してやろう」

 

 大広間に集まった大勢の視線を浴びてココレアは立ち尽くした。

 会場の中央に設けられた舞台の上で向い合うのは、憤怒の表情をした婚約者のレンオ。本来なら、仲良くダンスにでも繰り出すべき場面のはずだった。

しかし彼の目は蔑むようにココレアを見下ろし、そしてその後ろにはティアの悪意に満ちたあざ笑う顔がある。

「レンオ様も皆も、そんなにココレアさんを責めちゃ可哀そう。きっと魔が差してしまったのよ」

羽の扇で顔の半分を隠し、いかにも同情するかのようにティアは皆に聞こえるように言う。

「さすがティア様はお優しい。だが捻じ曲がった性根を叩き直すのは私の役目。こんな女と縁続きにでもなったら、由緒ある我がデンサー家の恥です!」

そうレンオが言い切ると周囲からは喝采があがった。

「今すぐ土下座させろ」「貴族の面汚し!」。男達は盛り上がり、女達は扇で口元を隠しながらひそひそと笑いあう。

 集まった生徒たちは、誰もがこれから始まるココレアの惨めな姿を待ち望んでいた。


 どうしてこのような状況になったかといえば、時は少し遡る。

 世界一の面積を誇るイングレーシュラ大陸。広大な土地はかつて幾多の争いがあったが、1000年前に独自の魔法軍を擁するアンザネイス王によって統一がされた。その後アンザネイス王国となり、広い領土と強力な魔法技術を背景にこの国の王は実質世界の皇帝と呼ばれるまでとなった。

 王国は貴族制度で成り立つ国王を頂点とした純然たる階級社会である。

 ココレア・シェトーは、その中で下級貴族の家に長女として生を受けた。身分は低いながら代々王家からも信頼を置かれる軍人の家系。ココレアの父親は勇敢な指揮官であったが、彼女が7つの時に戦いで命を落としていた。

家長をなくしたシェトー家の家計は傾き、国からの補償だけでは祖母と母、ココレアと弟と妹2人。6人が食べてゆくのは容易ではなかった。

 だが、貧しかろうと下級であろうと、貴族という身分を戴いている限りその子女は全員が貴族学校に通わねばならない決まりがある。15から18歳までの令息令嬢が集められたその空間は、実質的な社交界と結婚への準備期間といえ、ここでいかに上の階層との人脈を作れるか、自分の名を売れるか、条件の良い伴侶を確保できるかが人生の全てを決定するといっても過言ではない。


 「シェトーさんは、生誕祭はどうなさるの?」

 2日前。授業が終わった教室でココレアは同級生達から意地の悪い声をかけられた。

 17歳になったばかりのプラチナブロンドの髪と珍しい紫色をした目が特徴的な美しい娘だが、可愛らしいことが女の価値であるアンザネイス王国ではそれはあまり意味をなさないようだった。最近では下手な男よりも背が高いというのだからますます可愛げがない。

 「レンオ様の領地へ出かけるお約束を」

立ち上がる前に周囲を囲まれてしまったココレアは、仕方なく曖昧に作り笑いを浮かべた。

「ふうん、ご旅行ね」

いつもさっさと帰宅してしまうターゲットをやっと捕まえられた同級生の少女達は目くばせをしながら笑いあう。

 ココレアの学校での居心地は決して良いものではない。父もなく、金もなく、身分も低い。生徒は平等という建前はあるものの、蝶よ花よと育てられた我の強い子供達が(なぶ)りやすい玩具を放っておいてくれるはずがなかった。

「旅行って結構お金がかかるわよね。新しい服に鞄、道中のお食事や馬車代だって」

「シェトー家は馬車はどこの会社をお使い? ドレスは何着持ってゆくのかしら」

長い髪を耳にかけながら、ココレアは返答に窮する。

「ねえねえ、どうしたの?」

「教えてよ」

 (はや)すような甲高い4つの声。コンドラッド公爵家、サンマン伯爵家、イェオラ伯爵家、チェイセオ子爵家。座ったまま見上げた顔は、王宮でも有力者といわれる家のお嬢様達だ。

特に中央で腕を組むティア・コンドラッドは、貿易で多大な利益をあげている侯爵家の一人娘であり、貴族学校の中でも他の女子達を引き連れたボス的存在。

 「鞄はレンタルを。馬車や食事はレンオ様のご厚意で……」

「ええーっ!」

下手に機嫌を損ねないことが得策と判断したココレアが言いかけるが、わざとらしいティアの声がそれを遮る。

「鞄のレンタルなんて庶民しか出来ないのかと思ってたわ」

「しかも婚約者にお金を出させるなんて」

想像通りの賑やかな反応にココレアは静かに(うつむ)く。

「そういうの、下々のほうじゃなんていうか知ってる?」

「なになに?」

「娼婦、って言うんだって」

やだー、はしたない、恥ずかしい。そんな言葉でぎゃあぎゃあと騒ぐ同級生達の声が一段落したところで、ココレアは素早く鞄を手に取った。

「ごめんなさい、これで」

こんな場所から早く逃げ出したい。なにより召使いのいない我が家では自分が家事の全てをしなければならないのだ。

「逃げるの?」

しかし、ふいに無表情へと変わったティアの手がその鞄をはたき落とす。

古ぼけた鞄は床に叩きつけられ、ペンや教科書がバラまかれる音に教室に残っていた他の生徒達が何事かと振り返る。

「レンオ様も、よくこんな子を婚約者にお選びになったものだわ」

「ほら、あのお家は慈善事業で国王様のお褒めにあずかっているから」

頭上で繰り広げられるそんな会話にもココレアは黙ったまま。

こんなことは初めてではない。今までも何かにつけ からかわれたり嫌味を言われることはあった。だから、このまま抵抗などせずやり過ごすのが一番と自分に言い聞かせていたのだが。

「娘が物乞いになるなんて、親御さんの教育がよほど悪かったのね」

その一言で、伏せていた紫色の瞳が揺らいだ。

「可哀そうよ、この子はほら……。それに、お父上は亡くなっているんでしょ?」

「ああ、そっか。前線に出なくちゃいけない下級の軍人さんは哀れね」

椅子が倒れる大きな音。やにわに立ち上がったココレアの姿に、彼女を取り囲んでいた少女達は驚きの表情でかたまる。

「……嫌だわ、これだから育ちが悪い方は」

けれどそれも一瞬。立ち尽くしたまま反論してこない姿に安堵と悪意が少女達の顔に舞い戻る。

「お金がないと心まで貧しくなるのね」

「高度な教育なんて知らないんだから仕方ないの。貴女のせいじゃないわ。ね?」

ステップを踏みながら近づいたティアが、頭ひとつ分高いココレアの顔を覗き込む。

「……やめて、ください」

「え、何か言った?」

だが、ふざけるようなティア達の踊りは止まらない。

「まっさかぁ」

「貧乏男爵家の娘が、次期女王陛下のティア様と軽々しくお話しなんて出来る訳ないじゃないですかぁ」

生誕祭の最終日に踊られるダンス。小馬鹿にしたリズムがココレアの胸を鋭く(えぐ)った。

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