表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/55

7   だから、彼は舞台を降りたがる。

「ただいまー」


 数分後。

 入口の方から、変に間延びした声が聞こえてきた。その声に一秋が振り向くと、洗濯物を干し終えたらしい陽が立っていた。


「はいはい、おかえりおかえり」


 投げやりな返事をする彼に、彼女が小さく首を傾げる。


「ねえ、何かあった?」


 その問いに、彼は思わず顔をしかめた。


「別に何もなかったけど……ひょっとして俺のこと犬か何かだと思ってる?」


「犬……なんで犬?」


 きょとんとする彼女に、彼が答える。


「ほら、あれだ。留守番中にイタズラするイメージあるだろ、犬って。つまりそういうことだよ」


「猫でもよくない?」


 彼女がそう言うと、彼は冷笑を浮かべた。


「お前あれだろ、俺が最初に猫を挙げてたら『犬でもよくない?』って言ってただろ」


「よくわかったね。さすが幼馴染!」


 感心した風に言う彼女だが、その態度は大げさすぎて嘘っぽく、なんだか煽られているようにさえ感じる。――というか、多分本当に煽られている。

 しかし彼はそれをスルーして、彼女の方へ向けていた顔を正面に戻した。

 それを見て、彼女が再び問う。


「ねえ、本当に何かあった?」


「だから何もないって……ってか、なんでそう思ったんだ?」


 微かに苛立った声でそう訊き返した彼に、彼女はさらに食い下がる。


「うーん……多分、勘? 目を見た時、何となくね」


「あ、そう……ま、何もないけどな。そもそも、たった数分で何が起こるっていうんだ?」


 彼の台詞に、彼女は少し考えてから、何やら納得したような声を上げた。


「あ、確かに――ってことは、本当にただの勘違いだったかあ。誤解しちゃってごめんね」


「気にすんな。……あと、俺の方こそすまん。ちょっと苛立ってた」


 そう彼が謝ると、彼女はどういうわけか、呆気に取られた様子で固まってしまった。


「おい、どうした?」


 そろそろと問うた彼に、彼女が小さく呟く。


「――前言撤回。猫一択だった」


「はあ?」


「カズ、アンタは犬でもウサギでもない。猫よ」


「人間だよ」


 冷めた目で彼女を見つめながら、彼は不機嫌そうに言うのだった。




「――うわっ、もうこんな時間かよ」


 壁に掛けられた時計にふと目をやって、一秋は驚いたような声を上げた。

 時刻はもうすぐ午後九時。彼の記憶が正しければ、そろそろ陽の母親が家に着く頃合いだ。

 すっかり時間を忘れていた――というより、時間を意識する余裕が全く無かった彼は、隣に座る彼女に声をかけた。


「なあ、おばさんに連絡してあるのか――って、桐山?」


「すぅ……すぅ……」


 彼の目線の先では、彼女がいつの間にか寝息を立てていた。


「そういうお約束はいらないから……ほれ、起きろ」


 呆れた風に言いながら、彼は寝ている彼女の頬をペチペチと叩く。

 およそ十回ほど叩いた辺りで、彼女がようやく目を覚ました。


「んぅ……何か微妙に顔が熱いんだけど……」


「多分それは熱さじゃなくて痛みだな――っと、それは置いといて。お前、おばさんに連絡したか?」


「してないけど……ねえ、なんで顔が痛いのか聞いてもいい?」


「質問は却下。それと、おばさんには連絡しとけ。もうすぐ九時になるから」


「あー……それなんだけどさ」


「どうした?」


 そう彼が問うと、彼女はどこかばつが悪そうな表情で続けた。


「えっと、()()()()()ではもう少し帰りが遅くなっていたはずでして……その、なんというか、『晩ご飯は食べてくるからいらない』って言っちゃっててですね……」


 彼女の台詞に何かを察した様子で、彼が口を開いた。


「ああ、うん……そうだな、晩飯食ってけ。ほら、外はもう真っ暗だし、雨だし、まだ服乾いてないだろうし」


「ごちそうになります……」


「気にすんな。そもそも俺が誘ったんだから」


 少し場の雰囲気が暗くなってしまったので、彼は別の話題を振る。


「ところで、帰りが遅くなることは連絡しておいた方が良いんじゃないか? おばさんが心配するぞ」


「そうだね。じゃあちょっと電話してくる」


「おう、行ってら」


 立ち上がった彼女に、彼がそう声を掛ける。

 彼女はそんな彼にクスっと笑うと、「はい、行ってきます」と言い残してリビングを後にした。


「……強いな、お前は」


 彼女が出て行った扉を見つめながら、彼は誰にともなく呟いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ