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12  やはり、上村凛音とは分かり合える気がしない。

 数十分後、廊下から微かに聞こえてきた足音に続いてリビングの扉が開かれた。

 その音に反応して一秋が振り向くと、リビングに入ってきた凛音が後ろ手に扉を閉めているところだった。

 彼女は振り向いた彼の視線に気付いたらしく、片手を軽く上げる。


「やっほ」


 こちらへ歩いてくる彼女に、彼は首だけで会釈した。


「ども。南はどうしたんですか?」


 途中で仕事を放り出して逃げてきた――なんてことは彼女に限ってまさかあるまい。多分、祐樹は何か別のことをしているのだろう。

 彼は祐樹の所在を問いながらも、内心でそう結論付けていた。


「南ちゃんならお着換え中。覗きに行っても良いよ?」


 そう言いながら、彼女は元居た席――彼の真向かいに座る。

 彼の顔を覗き込むように頬杖を突き、首を傾げる彼女に、彼は冷ややかな表情でため息を吐いた。


「覗きませんよ……っていうか勝手に何言ってるんですか」


「冗談だって。それはさておき、ちょっとお願いなんだけどさ」


 頬杖を外して身体を起こした彼女が、はす向かいに座る陽に顔を向ける。


「お願い、ですか」


 陽が神妙な面持ちで呟くと、凛音はおかしそうに笑った。


「あー、いやいや、そんなに大したことじゃないよ。陽ちゃん、今スマホ持ってるよね?」


「ええ、まあ、持ってますけど……」


 凛音の突拍子もない問いに不思議そうな表情を浮かべながらも、陽は言われるがままにスマートフォンを取り出してテーブルの上に置く。


「スマホがどうかしたんですか?」


 そう首を傾げる陽に、凛音も同じくスマートフォンを取り出した。

 そして一言。


「連絡先教えてくれない?」


 その台詞を聞き、陽は微かに眉を顰める。


「連絡先……? えっと……今ですか?」


 遠慮がちに問うた彼女の顔には疑念にも近い戸惑いの色が浮かんでおり、それを見た凛音は少しばかり寂し気な顔で笑った。


「あっ、もちろん無理にとは言わないよ。もし嫌だったら断ってくれてもいいから」


「いえ、別に嫌というわけでは……それじゃあ、交換します?」


 仕方がなさそうに言う陽に、凛音は一転目を輝かせる。


「うん、しよしよ」


 ――確かに、どうして今なのだろうか。


 いそいそと連絡先の登録作業を進める凛音を横目に、一秋は内心でそんな疑問を抱いていた。……そして、この疑問は多分、彼女が先ほど呈したそれと全く同じものなのだろう、とも。

 凛音の“お願い”は単純明快で、その内容自体におかしいところは一つも無かった。むしろ一秋としては、彼女が連絡手段を確保しようとしない方がおかしいとさえ思う。だが、それを言い出したタイミングには、何か作為的なものを感じざるを得なかった。


 ――あれじゃまるで、桐山と南が連絡先を交換することを阻んでいるみたいじゃないか。


 彼がそんな風に考えていると、再びリビングの扉が開く音が聞こえてきた。


「おかえりー」


 開いた扉に向かって、凛音が言う。

 その声は先ほどまでの怪しい行動が嘘だったかのように平然としており、彼は思わずテーブルの上に視線を落とした――が、どうやら連絡先の登録作業は既に終わっていたらしく、テーブルの上には何の痕跡も残されていなかった。


「はいはい、ただいま」


 そう仕方がなさそうに笑う祐樹は、昨日と同じ服を着ていた。


「……えっと、どうかした?」


 祐樹が首を傾げる。何のことだろうか、と一秋が周囲に目を向けると、凛音だけでなく、陽までもが祐樹に視線を向けていた。――なるほど、どうやらこの場にいる三人全員が彼に注目していたらしい。それは確かに気になって当然だろう。


「いや、何でもない。見慣れた――というか昨日見たまんまの恰好だと思ってな」


「普段はああいう感じなの?」


 一秋の台詞に、陽が乗ってきた。

 初対面が()()だった上、なまじ似合っていたために、彼女にとってはこちらの服装の方が変に見えるのだろう。

 そんな事情を察してか否か、凛音が軽い調子で答える。


「そうそう、別に普段から女の子みたいな恰好してるわけじゃないんだよ。すればいいのにね」


「上村さん?」


 貼り付けたような笑みで言う祐樹。しかし当の彼女は慣れたもので、一切動じることなくへらへら笑った。


「もー、冗談だって」


 そんな具合で一通り茶番を演じてから、凛音が「ところで」と続ける。


「さっき陽ちゃんと連絡先交換したんだけどさ、南ちゃんも交換しとけば?」


 ――普通に言うのかよ。


 凛音の台詞に、一秋は内心でツッコミを入れた。もっともこちらの勝手な思い込みだったようだし、お門違いだという自覚はあるが。

 そんな一秋の内情など知る由もない祐樹は、凛音の質問に小さく首を傾げた。


「そうなの? じゃああとで桐山さんに僕のID送っといて」


「はいはーい……あ、そうそう。二人とも、今日夜ご飯食べてく?」


 ――この人はいきなり何を言っているのだろうか。


 そんな疑問が一秋の脳裏に浮かんだ。


「……えっと、“二人”って俺と桐山のことですか?」


 少し遅れて彼が問うと、凛音は不思議そうな表情を浮かべる。


「そうだけど、逆にこの場で他に誰がいるの?」


 ――いや、うん、それはそうだね。わかってたけどさ。


 そう内心でため息を吐く彼に、彼女は屈託のない笑みで続ける。


「あれ、もしかして遠慮してる? 大丈夫だって、二人分作るのも四人分作るのも大して変わらないから。だよね、南ちゃん!」


「うん、まあその通りなんだけどさ。人に言われたくはないよね」


「あー、普段から『サックスは簡単』って言ってるサックスプレーヤーでも他人から『サックスって簡単なんでしょ?』って言われるのは何か嫌、みたいな?」


「それは知らないけど……分かってるならどうして言っちゃうかな」


 呆れた様子でため息を吐いてから、祐樹は二人に顔を向ける。


「で、どうする?」


「どうする、って言われてもだな……」


 一秋は言い淀みながら陽の方に目線をやった。すると彼女はほんの一瞬驚いたような顔を見せたが、すぐに取り繕って、何事もなかったかのように平然と答える。


「うーん、流石に今日は遠慮しとこうかな。あんまり長居するのもあれだし、明日も朝早いからさ」


「そっか、残念」


 そう言う凛音の表情は全くもって残念そうに見えなかったが、そこに反応してしまうと藪蛇になる気がしたので見なかったことにしておいた。

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