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2   かくして、彼は舞台に立たされた。

「――んあ?」


 一秋が目を覚ますと、砂嵐のようなザアーッという音が部屋に響いていた。

 その音はどうやら天井の方から鳴っているらしく、時折、音の大きさが不規則に変化している。


「……雨か」


 天井を見上げて、彼はそう小さく呟いた。


「天気予報は大外れだな。……まあ、家の中だしどうでもいいけど」


 ――それにしても、結構降ってるな……。


 三月にしてはかなり大粒の雨が降っていて、寝起きの頭では「もう夏が来たのか」と勘違いしてしまいそうになるくらいだ。


 一体何時間眠っていたのだろうか。日はとっくに沈んでおり、窓からは街灯の光が入ってきているものの、室内はかなり薄暗い。

 彼は無言のまま立ち上がり、リビングの灯りをつけた。


「眩しい……せめてもう少し黄色ければ良いのに」


 自分で点けた蛍光灯の白い光に文句を垂れながら、彼は再びソファーに腰を下ろす。ようやく目が慣れてきたあたりで壁に掛けられた時計を見ると、時刻は六時半を少し回ったところだった。


「もうこんな時間か……」


 ふと彼が携帯電話の画面を見ると、待ち受け画面にSNSの通知が表示されていた。六時ごろに届いたらしいそれは、どうやらクラスのグループチャットに投稿されたもののようだ。

 結局彼が何かを書き込むことは無く、誰かが投稿したメッセージをろくに読んだことも無かったが、幼馴染――陽に招待されたため、一応参加だけはしていた。


 届いたメッセージを開くと、見覚えのある学生が写った画像が十数枚ほど投稿されていた。

 多分、卒業式後の打ち上げで撮られた写真なのだろう。

 その内の数枚には陽の姿もあり、写真に写っている彼女の顔はどれも楽しそうに笑っている。それを見て、彼はどこか嬉しそうに微笑んだ。


 ――そうか、成功したか。


 卒業式終了直後、計画実行の直前になって二の足を踏んでいた彼女の背を押したのは、他でも無い彼だった。しかし彼はその先を見届けずに帰宅してしまったため、余計に心配していたのだ。……だが写真を見る限り、どうやら全くの杞憂だったらしい。

 嬉しさに少しの寂しさが混ざったような表情で写真を見つめながら、彼はふと思いついたように呟いた。


「それにしても、どうしてこうポンポンと打ち上げたがるのかね……」


 彼のいたクラスは事あるごとに打ち上げていたようだが、打ち上げに失敗したという話は今まで一度も聞いたことがない。なるほど、彼らの打ち上げ技術はNASAのそれを凌駕するということか。

 そんなことを考えていると、突然チャイムが鳴った。


「誰だ……?」


 来客に心当たりはない。

 日没後――それもこんな雨の中、一体誰が来たのだろうか。彼は怪訝そうにしながらもソファーから立ち上がり、玄関へと向かう。


 玄関はリビングを出てすぐのところにあり、移動には数秒とかからない。しかしサンダルをつっかけた彼がドアスコープを覗いた時、すでに玄関の前には誰もいなかった。

 暗くなった空と雨だけが見えるドアスコープから顔を離し、彼はやれやれと肩をすくめる。


 ――なんだ、イタズラか……。


 どこか安堵しつつ、彼が踵を返そうとした――その時、外から微かに物音が聞こえてきた。雨音とは違う、何かが擦れるような音だ。


 ――いたのかよ。


「はあ……」


 来客が苦手な彼はしぶしぶ鍵を開けると、チェーンロックを掛けたまま扉を十五センチメートルほど開けた。吹き込んでくる雨に顔をしかめつつ、開いた隙間から玄関扉の脇を覗き込む。


「……桐山?」


 そこには彼女――桐山陽が、予報外れの雨に濡れて立ち尽くしていた。




「桐山、お前……ちょっと待ってろ、今開けるから」


 そう言い残すと一秋は扉を閉め、チェーンロックを解除してから再び扉を開けた。


 打ち上げが終わってそのまま来たのだろうか。俯き気味に立つ陽は制服を着ているのだが、全身が雨に濡れており、その立ち姿にはどことなく悲壮感が漂っている。

 髪の毛やら制服から滴った雨水が、彼女の足元に小さな水たまりを作っていた。


「急にどうしたんだ? それもこんな雨の日にさ」


 そう彼が声を掛けるも、彼女の反応はない。

 一体どうしたものか、と彼が内心頭を抱えていると、彼女は突然顔を上げ、どういうつもりか彼に背を向けた。


「あ、ごめん。ちょっと考え事してた」


「……はい?」


 突然明後日の方向を見て喋りだした彼女に、彼の反応が一瞬遅れる。

 しかし構わず、彼女は続ける。


「いやあ、予報では晴れだったのにね。まったく困っちゃうよ」


「まあ、確かにな……で、どうしたんだ?」


 再度問うた彼に、彼女は少し考えてから言った。


「あー……とりあえずシャワー貸してくれない?」


「それは構わないけど、なんでそっぽ向くんだよ。こっち向こうぜ」


「いや、ほら……雨のせいでワイシャツ透けちゃってるし」


 彼女のそんな台詞に何か思うところでもあったのか、彼は彼女の背中に怪訝そうな目を向ける。しかしすぐに取り繕うと、彼は小さくため息を吐いた。


「――はあ。ま、何だっていいや。とりあえず入れよ」


 彼はそう言い残して家の中へ入ると、玄関の扉を開けたまま廊下の奥へと歩いて行った。


「……ありがと」


 誰もいない空間に、彼女はそう小さく呟いた。

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