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【6】

 キノアは約束通り一揆のことは上には報告しなかった。

 このまま何事もなく普段通りの生活を送れる……と思っていたのに。

 人の口に戸は立てられぬとはよく言ったもので、どこからかあの夜のことが上に漏れたらしい。それはもちろん王政府も知るところとなって、キノアのところには召喚状が届いた。何でも、黙っていたキノアたちにも反逆の意志が見えるということで直接のお呼び出しとなったそうな。

「なんでキノアまで!? そんなの王政府の査察とかが来ればいいだけの話じゃん! 職務怠慢だよこんなの!」

「さあな。この分だとどうせ恋神召喚のこともバレてるに違いない、その話もしたいんだろう、王政府のお偉方は」

「それって、キノアをお嫁に迎えたくない人たちのこと?」

「そうだ。王子の妃の座ともなれば狙っている人間も少なくない。下手をすれば暗殺されたりするかもな。俺もお前も」

「え、私も!? っていうか私も行くの!?」

「ああ、召喚状にも連れて来いと書いてあるからな」

「ええええええ、お家騒動で暗殺だなんてそんなドラマチックな展開、モブの望むところじゃありませんよぅ……」

「つべこべ言うな……お前は俺が守ってやるから」

「え、何か言った?」

「何でもないっ! ともかく、これは逆にチャンスだ。これで現政権を取り仕切っている王子に謁見ができる」

「ってことは、当初の予定である王子様と会えるってこと?」

「そういうことだ」

 ――と、こんなカンジで私とキノアは王都へ旅立つことになった。

 山間部のフィルイール領から海沿いの王都までは馬車で三日ほど。途中の宿場町で宿を取り、馬を替えて休み休み険しい道を行く。当然ながら一日目でお尻が痛くなった。このままだと若くして痔になるかもしれないと軽く危機感を抱きながら馬車に揺られ、ほうほうのていで宿場町にたどり着く。

 それを繰り返した三日目、馬車に乗り込んだ後、私はふとキノアに尋ねてみた。

「そういえば、キノアは王子様のこと知ってるみたいな口ぶりだったけど、過去に因縁か何かあったの?」

「その話か……」

 私の問いかけに、キノアはうんざりした顔をして馬車の外を睨んだ。小さな窓の外では結構なスピードで森林風景が流れているけど、王都に近づいて道が舗装され始めたおかげかお尻に厳しい揺れはない。

 しばらくの間、キノアは何も言わなかった。その沈黙に私の期待がどんどん膨らんでいく。やがて観念したのか一つため息をついて、

「フィルイール領には昔から小さいながらも王家の御用邸があった。ほとんどお忍びの旅行で使われる、あまり知られていない屋敷だ。俺が五歳くらいの頃だったか、王子と后が来るというので、俺は父上に連れられて挨拶に行った……そこで出会ったんだ、あの王子と」

 エンダアアアアアアアイヤアアアアアア!!

 そ、それってもしかしての幼馴染属性!? 小さいころにじゃれ合って遊んだ可愛いあの子が大きくなって立派な攻めになって、俺のところに嫁に来いとか、テッパンじゃないですかやだー! 小さいころは攻めの方が受けより可憐だったりするとギャップ萌えでなお良し! お前俺より可愛かったじゃねえか!とか言って戸惑いながら成長した攻めの姿に惹かれていく受け……これはイケる、幼馴染属性美味しい!

 一人ハアハアと盛り上がっている私を尻目に、キノアの目はどよんと曇っていく。片手間に脳内で床を転げまわる私の上に1tほどの分銅を落としておいてから、

「……どしたの?」

 再度問いかけると、キノアは引きつった顔で唸り始める。

「……出会ってから一週間、滞在中に何度あいつに煮え湯を飲まされたか……あらかたの悪事には付き合わされて、超絶に怖い乳母にどやしつけられて、俺は父上にも怒られるし、あいつは全然懲りてなくてまた悪事に付き合わされるし……しかも拒否権はナシだ、あの暴君め……!」

 語っている内に思い出すことがあったのか、どんどんキノアの顔が険しくなっていく。ちょっと怖くなって、おずおずとなだめにかかる。

「ま、まあまあ。幼少のころからの俺様攻めってことで問題ないよ。それに、案外大きくなってから会ってみたら違うかもよ?」

「いや、ぜっっっっっったいに変わってない! あれだけ人のことを振り回しておいて、それ以来あの御用邸にも来ないし個人的な手紙もない、事務連絡だけだ! 飽きたら放り出す、暴君のおもちゃ役だったんだよ俺は! そうかと思えばこんな形で呼び出しやがって! どこまで人のことを振り回せば気が済むんだ!」

「ああっ、全然落ち着かない! け、けどさ、そんな風に思ってたってことは、キノアも実はちょっとくらいは王子様に会いたかったってことじゃないの?」

 私の指摘はずばりと核心を射抜いたらしく、キノアは一瞬棒を呑みこんだような顔をした。それからぎろりと私を睨みつけ、

「それだけは、絶対に、ない。そんなふざけた妄想は二度と口に出すな」

「……はい……」

 迫力に負けて、思わず引き下がってしまった。

 けど、まあ萌えるとっかかりはつかめたからいいや。私が二人に萌えることこそが、恋を成就させるのに必要なんだから。

 ――馬車はやがて石畳で舗装された道へと入っていった。スピードが落ちて、市街地に入ったことが分かる。王都に到着したのだろう。

「ねえ、窓開けて外見ていい?」

 ワクワクを押さえきれずキノアを振り返ると、うなずきが返ってきた。なので遠慮せず馬車の窓を開けて外の様子に視線を投げかける。

「……うわあ……!」

 王都はフィルイール領とはまるで違っていた。

 馬車が走る大通りには数々の商店が軒を連ね、たくさんの品物が並んでいる。活気ある人々の声がうるさいくらいだ。着飾った紳士淑女が道を行き、子供たちがはしゃぎながら駆けまわっている。遠くに見えるのは海だろうか、いくつもの帆船が行き来していて、潮の香りがする。

 特に目についたのはあちこちに見える魔法生物の姿だった。上空にはペガサスやグリフォンが行き交い、巡回の兵士たちは小さなサラマンダーを連れている。小型で足の長いドラゴンに乗った郵便配達らしき人もいた。

「すごい、すごい! 何コレ、超異世界ファンタジーってカンジじゃん!」

「王都には魔法生物召喚専門の神殿があるからな、一般にも浸透している。もっとも、馬や鷹より値は張るが」

「へえー、すごいなあ、さすが王都」

 貧しいけどのどかなフィルイール領もいいけど、こういうまさに異世界!って趣の街もいい。わざわざ喚ばれて来た甲斐があったってもんだ。許されるならちょっと観光したいくらい。お土産は何があるんだろう、あ、お留守番してるフィルケに何か買っていってあげよう。

 しげしげと目を輝かせて街並みを眺めている内に、馬車はどんどん坂を上がっていく。段々民家や商店が少なくなっていって、石畳の長い一本道に入る。

 その道の先には、キノアたちの領主の館とは比べ物にならないくらいの大きさの白亜の王城がたたずんでいた。掲揚された国旗が高い城壁のあちこちではためき、それより高い尖塔の上では鐘が鳴り響いている。一番大きな建物がきっと王宮なんだろう。遠くからでも建物に施された細工の美しさが見て取れた。

 程なくして馬車は城壁の門に突き当り、キノアが出て行って門番と何事かやり取りをして帰ってくる。

「降りろ」

「え、馬車どうすんの?」

「厩の係が連れて行ってくれる。俺たちはここから来賓館まで歩きだ」

 言われるがままに馬車から降りると、衛兵二人に案内されて城内を歩き出す。中庭のあちこちで兵士たちが言葉を交わし合い、侍女たちが行き交い、文官らしき人たちが話し込んでいる。

 それらを横目で見ながらしばらく歩いていると、王宮に比べると小ぢんまりとした建物に行き当たった。どうやらここが来賓館らしい。来賓館というからにはお客さん用の建物なワケだけど、ゲストハウスどころかこんな野球場いくつも入りそうな建物立てるあたり、やっぱり王家っていうのはすごい。

 案内係りは衛兵から侍女にバトンタッチ。建物の中に案内されて、私とキノアは隣り合った客室に案内された。入ってみると、高級ホテルのスイートってこんなカンジなんだろうなって雰囲気だ。ベッドでかい。ソファふかふか。

 侍女は明日の朝の謁見までこの部屋で過ごしてほしいこと、あまり外は出歩かないでほしいこと、食事を始め欲しいものがあったら自分たちに言いつけてほしいことを告げ、去っていった。

 なるほど、明日の朝までちょっとした軟禁状態ってことか。これじゃ満足にキノアと打ち合わせもできやしない。

 けどまあ、目的は私が王子様にお目見えして、キノアとどうやってくっつけるかを妄想することにある。一目見ることができればそれでお役目達成、あとは多分、神様である私の思いのままだ。何せ私は人の形をした魔法らしいのだから。

 制服のままバカでかいベッドに体を放り出してニヤニヤ笑う。

「ああー、やっぱ俺様攻めかなあ、それともヘタレかなあ、いやいや、腹黒攻めも捨てがたいぞ。けどヤンデレ枠は弟で埋まってるし、それだとクーデレ枠とか、うーん、迷うなあ、幼馴染属性をどう生かしていこうかなあ……」

 あれこれ妄想している内に、これまでの旅程の疲れが出て来たのか、いつの間にかうとうとしてしまった。

 口元をだらしなく緩めながら、しばしの間素敵な夢を見る。

 その夢の中では、キノアもちゃんと笑っていた。

 まだ見ぬ王子様に抱かれて、至極幸せそうな顔をして、みんなに祝福されていた。

 

 

 ……目が覚めたのは結局深夜で、侍女に申し出てご飯を用意してもらい、お湯を浴びる準備までしてもらった。

 それからまたしばらく眠って、次に目が覚めたのは侍女が謁見の時間を知らせに来た時だった。ヤバい、まだなんも用意してない、髪もボサボサだし、服も着替えないと。大急ぎで身なりを整えて、何とか出られるようにする。廊下で待っていたキノアが私の慌てように呆れた顔をしていた。

 そうして侍女に連れられて来賓館を出て、再び案内役は衛兵に交代。中庭を通って長い渡り廊下を進み、王宮の中へと入る。中はとてつもなく天井が高くなっていて、ひんやりとした石造りの空気が肌を撫でた。

 最初の扉からいくつもの扉をくぐり、階段を上り、いい加減にしてよと言いそうになった頃、ようやく一際大きな扉の前にたどり着く。ものすごく細かい彫刻がされている重そうな扉の両脇には屈強そうな衛兵が立っていて、もうまさにラスボスの居城の風格。

「ヴァイデンセル・ティル・レ・エバルニア・アデレンシア殿下の御前です、お控えなさってください」

 案内係の衛兵も心なしか緊張している様子だ。入念に私たちのボディチェックをしたあと、二人がかりで重い扉をゆっくりと開く。

 扉の向こう側は広々とした謁見場になっていた。予想通り赤いカーペットが敷かれ、壇上には立派な玉座がしつらえられている。あちこちに近衛兵らしき精鋭っぽい兵士が立っていて、壇の下には補佐官らしき文官が控えていた。

「殿下、フィルイール領領主のご子息、キノア・ライツェルン殿がお見えになりました。どうか、お目通りを」

 さあ、謁見といこうじゃないか。キノアと一緒に意気込んでカーペットを進むうちに、紗幕が邪魔でよく見えなかった玉座の上の人物が見えてきた。

 組まれた足はすらりと伸びていて、滅茶苦茶にスタイルがいい。かといって針金体系でもなく、白の詰襟に似た豪奢な衣装に包まれた体は程よく筋肉の付いたいわゆる細マッチョだ。続いて見えた顔は、それはもう威風堂々の王子様な美形としか言いようのないご尊顔。短めの金髪に、鋭いながらも余裕に満ちた王者の青い眼差し。彫が深くて鼻が高く、高貴でいながら口元はどこか野性を思わせた。

 …………あ、コレ、主人公だ。

 いや、キノアも主人公だよ? もちろん私が認めた主人公だけどさ。

 何て言うか、キノアがヤン・ウェンリーなら、王子様はラインハルト様、みたいな……

 ともかく、誰がどう見てもこの世という大舞台に立つ主人公の風格だった。

 あふれ出す主人公オーラに圧倒されて思わずたじろいでいる内に、キノアはガンガン進んでいく。そして壇の下で片膝を突き、無表情でこうべを垂れた。

「殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう――」

「いい。形式的な挨拶は不要だ。面を上げろ」

 舞台俳優みたいに良く通る声で王子様が告げる。言葉の端々に王者の威厳が漂っていた。その言葉に顔を上げるキノア。私も慌ててキノアの後ろについて見様見真似で膝を突いた……パンツ見えてないよね?

「では、先日の農村の一揆の一件について申し開きを。あれはただ領民たちが窮状を訴えに来ただけで、決して反逆の意志はなく、」

「ああ、その件は別に良い」

「では、ここにおわす恋神様のことについてお話しすることがありますでしょうか?」

「それも別に良い。一揆の件も恋神の件もただのお前を呼び出す口実だ」

「…………ハァ!?」

 あまりの発言にキノアの素が出た。早速苛立ちが表面に出ている。

 けど、一揆のことも私のこともどうでもよくて、キノアを呼び出すための口実って……?

 まさか、まだ何か薄暗い陰謀とかがあるワケ? 妃にするとかしないとかで暗殺とかそういう?

 戦々恐々としていると、王子様は大仰に足を組んだまま玉座に頬杖を突いて笑った。多分ライオンが笑おうとするとこうなると思う。

「久しぶりだな、キノ。先日急にお前のことを思い出してな、久々に会いたいと思った。だから理由をつけて呼び寄せた。それだけだ」

「……要するに、反逆罪だとか暗殺だとか、そういうのは全部俺の取り越し苦労だったと?」

「そうだが、それがどうした?」

「ざっけんなぁぁぁぁぁぁ!」

 とうとうキノアがプッツンした。立ち上がって頭を抱えて吠える。近衛兵たちの間に緊張が走るけど、王子様はそれを手で制してキノアをそのまま眺めていた。

 まあ、キノアの気持ちも分からなくもない。命の危機を覚悟して単騎特攻してきた王宮で思いっきり気を張っていたのに、それが全部杞憂だと知らされたんだから、緊張の糸も切れて叫びたくもなる。しかも理由はただふとあいつどうしてるかなーと思ってはるばる王都まで呼び寄せてみただけだっていうんだから、振り回され損だ。

 いきり立ったキノアは壇の階下から王子様に人差し指を突き付け、

「お前のそういうところが昔っから嫌いなんだよ、ヴァイド!」

「そうだ、小奇麗な敬語も要らん。昔と同じようにヴァイドと呼べ」

「ああ、もう敬意なんて払ってやるもんかよ! 散々人のこと振り回しやがって! 五歳の時からぜんっっっっっぜん変わってねえな!」

「そうか? まあ、俺は俺だからな。変わるはずもない。お前は……少し気が荒くなったか? いや、昔からか」

「うるせえ俺はお前と違って大人になったんだよ! でも覚えてるからな色々と! 近衛兵長のヅラ奪い取ったり御用邸の調度品に落書きしまくったり薔薇園の花ほとんどむしり取って薔薇のベッドごっこしたりペガサスで上空暴走したりその他諸々お前の悪事に付き合わされてしこたま叱られまくったこととかな!」

「ふむ、幼いころの思い出というのは尊いものだな。お前がそんなに覚えていてくれているとは思わなかったぞ」

「あの地獄の一週間のことは死ぬまで忘れねえよ! 俺がお前に振り回されてどんだけ泣いたと思ってやがる!? この暴君が! 挙句の果てにお前は、お前は……!」

 怒りが頂点に達したのか、キノアはプルプル震えて言葉を詰まらせる。王子様改めヴァイドは優雅に逡巡するそぶりを見せてから、何か思いついたかのようにニヤリと笑った。

「そういえば、最後に別れる時に言ったな……『お前、大きくなったら俺の妃になれ』、だったか」

 エンダアアアアアアアイヤアアアアアアウィルオオオオオオオオルェイズラアアアアユウウウウウウウウ!!!

 お、幼いころのプロポーズって、ほ、ほんとにあったんだ! どうしよう、幼馴染属性にとってこれはリーサルウェポン! 最終兵器彼氏! 小さいころに結婚しようと純粋な約束を交わした相手と今は犬猿の仲、いわゆるケンカップル! 幼馴染ケンカップルですよ! 俺様攻めとツンデレ受けの幼馴染ケンカップル! これは事件ですよ、大事件ですよ! 萌えのビッグバン起こりましたよ!

 さあ、もっとイチャイチャとケンカをするがいい!とワクワクしながらキノアを見守っていると、彼は大きく深呼吸をしてから急に黙り込んだ。

 少しの沈黙の後、真剣な顔をして押さえた声で言葉を紡ぐ。

「……その約束、今こそ果たしてもらいに来た」

 そうだった。イチャイチャケンカップルもいいけど、本当の目的はそこじゃない。

 私の妄想ビジョンはすでに決まったから、今ここで恋神の力が発揮されていいはず。

「俺を妃に迎えろ。今すぐにだ」

 これでヴァイドがはいと言えば私はお役御免だ。思えば長いようで短い異世界トリップだった。ちなみに、元の世界に帰るにはどうやるんだろう。少し時間に余裕があるようならちょっと観光して帰りたいんだけど。恋神の役目を果たしたんだし、それくらいはご褒美だよね。

「イヤだ、と言ったら?」

 恋神の役目を無事に……役目を無事に…………え?

 安堵しきっていた私の耳に、ヴァイドの拒絶の言葉が届いた。思ってもみなかった返答に目を丸くする。

 キノアも同じような顔をして、意地悪そうな笑みを浮かべる王子様の顔を凝視している。

「五歳のころの約束が、今更有効なものか。それにすがって来たというのならば、相当な楽天家だな」

「約束は約束だろ!」

 必死に声を張るキノアだったけど、恋神の力が働いていないことに焦りを隠せない。

 私は何をすればいい? どうすればこの恋を結ぶことができる?

 もしかして、私はまだ、この二人の恋を心から結ぼうと願っていない?

「藁にも縋る思いとはこのことか。聞けば、フィルイール領の窮状は相当なものだそうではないか。小規模とはいえ一揆が起こるほどだからな。今年の税はきちんと収めてくれるのだろうな?」

「……それは……」

 追い詰められるキノアを、ヴァイドの言葉が更に容赦なく打つ。

「ふん、できんのか。だからこそ、俺に尻尾を振りに来たというワケだ。恋神まで引き連れてな。呼んでみたらどれくらい面白おかしく雌犬の狂態を見せてくれるかと思ったが、なかなかどうして、滑稽で下らん喜劇だ。靴でも舐めてくれるのかと期待したが、キャンキャン鳴きわめくばかり。お前は変わらんよ、キノ。変わらず無駄に高潔でつまらん男だ。媚びて尻尾を振る能もない」

「……必要なら、今からでもお前の言う通りに靴でも何でも舐めてやる。お前の妃となるためならな」

「今更だ。俺が楽しめるか否かの違いだけで、お前を娶らんという結果には変わらん。お前は今まで通り無力な貧乏領主の息子でしかなく、お前の領民たちの税はそのままだ。そういえば西の国境でまた小競り合いがあってな、人手が欲しかったところだ。これから冬も来るだろう。一体どれくらいの領民が飢えることになるだろうな?」

「……っ!!」

「それとも、お前には関係のないことだったか。領主といえば領民の税でぬくぬくと暮らしているものと相場が決まっている。何人飢えて死のうが知ったことではないか。ふふ、領民の屍の上にあぐらをかいて、領主とは実に恵まれたラクな立場だな!」

 どこか楽しそうに声を上げるヴァイドの言葉に、歯を食いしばったキノアが拳を握りしめる。うつむく目尻には涙が浮かんでいた。

 ――気が付いたら、私は走り出していた。全速力で壇上へと続く階段を駆け上り、近衛兵たちが制止をかける間もなく玉座へたどり着き、そして。

 思いっきり、王子様の横っ面にビンタを叩き込んでやった。

 私を含めその場にいる全員が、何が起こったのかすぐには理解できなかった。

 とりあえず、一瞬遅れてやってきた近衛兵たちに両脇を取り押さえられて、とんでもないことをしたということは分かった。

 けど、全然後悔なんてしてない。

 こいつは言っちゃいけないことを言った。

 キノアの思いを、覚悟を、願いを踏みにじった。

 もうケンカップルだなんだと萌えてる場合じゃない。

「離せー! 離してよ! もう一発、いや、二発三発ぶち込んでやりたいんだから!」

 近衛兵にずるずる壇の下へと引きずって行かれながらも、私の気持ちは収まらなかった。喚いて暴れて、思いつく限りの罵声を浴びせかける。

「あんたね、キノアがどれだけ頑張ってるか知らないクセに、何偉そうなクチ叩いてんの!? キノアたちはね、ものすごい貧乏な暮らししてるんだよ! 自分たちの生活費削ってまで税減らして、貧しい村の人たちと同じようなごはん食べて、それでもたくさん視察に行って、村の人たちの手伝いしたり話聞いたりして!」

 まだ平手打ちが足りない。往復ビンタくらいしてやらないと。けど振りほどこうとしても近衛兵たちの屈強な腕には歯が立たない。なので、更に喚くことにした。

「一揆起こされたって、無力な自分たちが悪いって土下座して謝ったんだよ!? 自分が犠牲になるから耐えてくれって! その上、バレたら自分だって危ないのに一揆のこと黙ってたんだよ!? なのに、ぬくぬく暮らしてる!? 恵まれたラクな立場!? ふざけんじゃねぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「アンリ、もういい、黙れ」

 キノアが声をかけてくれたけど、止まらない。この後どんなお叱りがあろうとも知ったこっちゃない。言ってやらなきゃ気が済まない。

「いくら攻めだからってね、言っていいことと悪いことがあるの! こんなの、勘違い俺様属性でしかない! いや、っていうかあんたなんか攻めでも何でもない、当て馬で充分! 絶対ハッピーエンドの輪の中になんか入れてやらないんだから! ああ、もう! 謝りなさいよ! 謝れー! キノアに謝れぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「殿下、今すぐつまみ出しますので」

 近衛兵がとうとう退場の合図を出したところで、白皙の頬を腫らしていたヴァイドが玉座から立ち上がった。

「いい。そのまま連れて来い」

 きらびやかなマントを翻し、階段を下りて壇の下へと降りてくる。近衛兵たちは言われたとおりに私をヴァイドのそばへと運んでいった。

 間近で見るとますます大迫力の美貌だ。けど、今はその美貌をボッコボコにヘコませてやりたい気持でいっぱい。

 ヴァイドは至近距離でまじまじと私の顔を見つめると、くいっと顎をつかみあげて無理矢理視線を合わせてきた。それでも私の闘志は萎えず、せめて鼻筋にでも噛みついてやろうかと青い瞳を真っ向から睨みつける。

「いるかいないのか分からなかったので気にも留めなかったが、お前が恋神か」

「そうだけどそれが何か!?」

「神の世には随分と面白い女がいたものだな」

 私が打った頬を赤くしたまま、ヴァイドは至極愉快そうに笑った。

「俺に手を上げたのは、乳母以外ではお前が生まれて初めてだ」

「だったら何!? この場で首でもはねる!? 王子様なんてクソくらえだっての!」

「気の強い女だな。そういうのは嫌いではない……よし、キノではなくお前が俺の妃になれ。今決めた。これは王家の勅命だ」

 …………はい?

 今、何つった? 怒りでブチ切れたあまり私の耳がおかしくなった?

「恋神、お前が俺の嫁になれと言っている。そこらの権力狙いの有象無象よりよほど面白い。この俺を恐れないとは、気に入った。お前を俺の妃にする」

 どうやら私の耳がおかしいわけではないらしい。ヴァイド以外のその場の全員が、突然の宣言に間抜け面をさらしていた。

 私が。このクソ殴りたい王子様の。お嫁さんに。

「ちょ、ええええええええ!? 冗談じゃないっての! 勘違い俺様の嫁とか、マジ勘弁してほしいんですけど! ていうか私は腐ってもモブ! 性格破綻してるとはいえ超絶イケメン様の嫁だなんてそんな、夢小説でもあるまいしおこがましい! 主人公が手ぇ出していい人間じゃないんだよ私は! モブ舐めんな!」

 もちろん全力拒否。最後の方は自分でも何言ってるか分からなくなったけど、とにかく拒否。それでもヴァイドはしばらくの間私の顎から手を離さず、楽しいおもちゃを見つけた子供のような顔で私の瞳を覗き込んでいた。

「聞こえんな……連れていけ」

 ようやく手を離したと思ったら、今度は命令に忠実な近衛兵たちがガッチリ脇を固めて私を引きずり始めた。

「やめっ、ちょっとぉぉぉぉ! 離せっつってんでしょ!? やだやだやだ! キノア、助けて!」

 私の呼び声にキノアが手を伸ばす。けど、他の近衛兵たちに阻まれてそれも届かない。連行されていく中、キノアの悲痛な面持ちが遠くなっていく。

 そりゃそうだよね、結局私はキノアと王子様の恋を結べなかったんだから。

 それは多分、最後の最後でキノアだけが幸せになれないことがしこりになって、心からこの恋を結びたいと思えなかったからだ。

 あれだけキノアの覚悟に触れたのに、私もそれに協力しようと決めたのに、私は中途半端に踏みとどまってしまった。

 こんなの、情けなさすぎるよ。恋神失格だよ。

 ごめんキノア、私、貴方の恋を結べなかった……

 離れていくキノアに心の中で謝りながら、私は謁見場から退場した。


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[良い点] 6/6 ・おwqぁlqぁぁlqlq!?!?!? 俺様系幼馴染!?!?!?!?!? こんなに破壊力に溢れた萌えを放つなんですね、おごおおお!!!!! [気になる点] あらららら、王子様に…
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