【4】
神殿からお屋敷への引っ越しはすぐに済んだ。もともと私物なんてないから身一つだ。神具や儀式装は神殿に行けば巫女さんたちが用意してくれるし、神官長もこの展開は予想していたのか、苦笑しながらいってらっしゃいと見送ってくれた。
お屋敷に移ってまずびっくりしたのが、メイドさんの少なさだった。数人で大きな屋敷を切り盛りしているらしく、時折キノアやフィルケも力仕事を手伝っていることもあった。執事もおじいちゃんが一人きりで、明らかに人手不足。
それに、やっぱり領主の館というイメージとは違って調度品がほとんどない。家族の肖像画や花瓶に活けられた花くらいしか目立ったものがなかった。割ったら一生かかっても弁償しきれない壺や装飾用の剣や鎧なんてどこにもない。本当に必要最小限だ。
用意してもらった部屋も、清潔だけど小ぢんまりとした客室で、シャンデリアとかキングサイズのベッドとか、そういうのは全然ない。これはこれで落ち着くけど、なんだかちょっと広めの友達の家みたい。
招かれた夕食にもちょっと驚いた。神殿にいた時は果物や肉やその他諸々豪勢な供物が山ほどあったけど、キノアたちと共にする食卓にはそんなものなかった。少しの肉と野菜が入ったスープと、チーズと、何だか固いパン。美味しいんだけど、どうも領主の食事というともっと豪華なイメージがあったから最初は戸惑った。
「――質素、なんだよねぇ」
もとから着ていた制服に似せて作ってもらった服を着て足を運んだ神殿で、ぼんやりとつぶやく。
「そうですね、他の領地の領主と比べてみても、うちは質素でしょうね」
テーブルの向かい側に座る神官長が苦笑しながら答えてくれた。
生活の場をお屋敷に移しても恋神としてのお勤めはあるから、よく分からない儀式でお祈りをしたあとはこうして神官長と奥の宿坊でお茶をして過ごしている。何だかんだ言ってもキノアたちの態度はまだまだ固いし、他人の空似とはいえ見知った顔の人の方が世間話もしやすい。何より、神官長はこの世界のことを色々と親切に教えてくれた。
独特なにおいのするハーブティーを飲みながらうなずく。そういえば、縣書店のお兄さんも怪しげなハーブティーを出してくれたっけ。
「別に不満なわけじゃないよ、むしろ気取らない生活の方が性に合ってるし。何だかんだでキノアやフィルケとのやり取りも楽しいし。けど、領主ってもうちょっと豪華な生活してるもんだと思ってた」
「ええ、もちろん豊かな領地の領主や、豊かでなくとも領民たちから余計な税を搾り取っている領主は潤った生活をしていますよ。ですが、フィルイール領は貧しいですし、キノア様たちも領民思いの方々です、税収はギリギリの最低限ですから、必然的にキノア様たちの生活が質素になっているのですよ」
「こんなところも自己犠牲、か」
一体どこまで他人のために自分を押し殺せば気が済むのか。全部自分で背負い込めばいいと思ってるのは何かの病気かもしれない。もうちょっとワガママになってもいいのに。
私の考えが顔に出ていたのか、神官長は苦笑いしてカップを傾けた。
「思うに、キノア様は人の痛みがよく分かるお方なのでしょう。領民たちの苦しみが我が事のように感じられるから、その痛みを自分が一手に引き受けてしまう。損な性分と言えばそうでしょうが、私は好きですよ、そういう統治者は」
「……神官長って昔からの知り合いに似てるから、どうも攻め妄想はしづらいんだよね。温厚聖職者攻めツンデレ受けも捨てがたいけど」
「何をおっしゃっているのかよく分かりませんが、とりあえず貴方が結ぶのは王子とキノア様の恋ですよ?」
分かってるって。今は他のカップリングによそ見しているヒマはないのだ。ちょっと惜しいけど。
カップを片手に頬杖を突いて、ため息をつく。
「けどさ、具体的に私は何をすればいいの? なんかよくわかんない儀式とお祈りはしてるけど、それだけで恋が成就するとは思わないんだよね」
「ああ、儀式は形式的なものです」
「ええ!? 毎日あんなめんどくさい思いしてやってんのに!?」
思わず声を荒らげてしまった。だって、朝早く起きて禊して重たい儀式装に着替えて苦労して覚えた手順を踏んで儀式に臨んで結構体力使う舞いをしてその上長時間お祈りして……それが形式的なことだなんて、あんまりだ。
恨みがましい視線で神官長を見つめると、彼は涼しい顔でお茶を飲みながらうそぶいた。
「せっかくお呼びしたのです、神様らしいことの一つもしなければ示しがつかないでしょう。あとは、そうですね、気合を入れるためです。恋神様が神聖なる儀式を執り行ってくださるとなれば、キノア様も我々も奮起せざるを得ないでしょう」
「呆れた……運動部の先輩連中の新入生勧誘パフォーマンスじゃないんだから……」
「余計なお手間を取らせてしまって申し訳ないとは思います。ですが必要な措置ですのでご了承ください」
「それは仕方ないかもしれないけど……じゃあ、本格的に私って何すればいいわけ?」
あれがお飾りの儀式だっていうんなら、私はここへ来てまだ何もしてないということになる。それじゃあまりにもやるせない。せっかくホモ合法の異世界に呼んでもらったんだから、何かしらのカップリングを成立させないと心情的にも帰るに帰れない。
神官長は何かしら考えるように宙を見つめて、
「そうですね、文献にはこうあります。恋神様は非常に気まぐれで、気に入った縁しか結ばない、と」
「う、それは……たしかにカップリングにこだわりはあるけど」
「加えて、一度気に入った縁があれば運命さえ手のひらで転がし、自然と恋は成就する、と」
「要は、私が王子様とキノアの間に何かしらの萌え要素を見出せば、やることなすこと全部恋愛成就のきっかけになるってこと?」
「そうですね、貴方がすべきことは、王子とキノア様の仲を認め、そのために何かを成そうとすることです。起こした行動はすべてが良い方向へ回り、やがて恋は実るでしょう」
なるほど。とりあえず萌えろ、と、そういうことか。私が王子様とキノアのカップリングを認めれば、あとは何やっても謎の神様パワーで妄想通りに事が運ぶと。これはなかなか美味しい。
問題は、王子様がどういう人かということだ。俺様なのかヘタレなのか鬼畜なのか紳士なのか。様々な属性が思い浮かぶけど、会ったことがないから全然分からない。これは一度ご尊顔を拝しなければいけないな。場合によっては受けに回ってもらうことになるかもしれないし。
「よし、当面の目標ができた。私、王子様に会ってみるよ。それで妄想……じゃなくて、恋の方向性を決めるから」
「そうなさるのがよろしいでしょうね」
神官長も笑顔で同意してくれた。これで何をやればいいか分かってきたぞ。ただ突っ立ってるだけだった頃よりよっぽど張り合いが出てきた。
当面の目標が決まってラクになったせいか、思わずため息が出る。ハーブティーに口をつけて、
「にしても、もっとこう、神様らしくパパーッと魔法とか使えないの? せっかく異世界に来たんだから使ってみたいんだけど、魔法」
「ありますよ、魔法」
「え、マジ!?」
さらっと答える神官長に、つい身を乗り出して問いただしてしまう。
それに答える代わりに、神官長は懐からペンのようなものすごく小さい杖のようなものを取り出した。宝石のようなものがついていて細かい装飾がされている。その杖先を宙に何かを描くように振りながら、詩吟のようなものを唱え、そして。
テーブルの上に一瞬だけ、ぼわ、と緑色の炎が現れて消えた。
「お、おおおおおおお! すごい、魔法だ! リアル魔法だ!」
おお盛り上がりの私を尻目に、何事もなかったかのように小さな杖を懐にしまう神官長。
「ねえ、どうなってんのこれ!?」
「簡単に言えば『力』の召喚です。貴方をこの世界に喚んだのと同じく、ね。この世ならざる『力』を、この世ならざる別の世界から喚び寄せたのです。儀式を施した呪具で、儀式通りの印を結びながら呪文を唱える。そうすれば、別の世界との通路が開き、望む『力』が現出するのですよ」
何だかよく分からないけど、別にMPとかそういうのは関係ないらしい。要するに別世界からの借り物というわけだ。
「ほ、他には!? 電撃とか重力とか氷結とか回復とか防御とか!」
「そういった『力』もありますよ。何せ異世界は無限に存在しますからね」
無限の異世界と聞いて、思わず目を丸くした。
「そんなにあるの? 私のいた神の世以外にも?」
「ええ。この世界は特別に他の世界とつながりやすくなっているようでしてね、色々な『力』が流れ込んでいるのです。魔法生物などを見ればよく分かるでしょうね。あれも基本的には召喚するものですが、ごく稀に勝手にこの世界に訪れるものもいるようです。たとえばペガサス、たとえばドラゴン、たとえばグリフォン」
「あ、それ私のいた世界でも空想上の生き物として本に載ってたりしてたよ!」
「そうなのですか。ならば、もしかしたら神の世もこの世界と同様、他の世界とつながっているのかもしれませんね」
何とも夢のある話に、へー、と息をつく。無限の異世界か。だとしたら、私はもっと他の世界に流れ着いていた可能性もあるってことだ。私が平凡で面白味のない普通の世界だと思っていた元の世界と繋がった、色んな不思議な世界に。
その中でもここへたどり着いたのは、ちょっとした運命なのかもしれない。
……モブごときが運命なんて言うのもおこがましいけど。
「ねえ、魔法って私も使えるの?」
ふと思いついて聞いてみたら、神官長はちょっと困ったような顔をした。
「素養はあるでしょうね。魔法の素養とは、異世界と繋がる力です。その点、神の世からいらっしゃった恋神様ならば魔法を使えるだけの素養はあるでしょう。ですが、望むときに望む『力』を喚び寄せるためにはかなりの修練が必要です。修練なしに魔法を使おうとすれば、望まぬ『力』を喚び寄せてしまうこともあるでしょうね。あるいは、『力』にご自身を持っていかれることも。決してお勧めはしません」
「そっか……使ってみたかったんだけどな、魔法」
「まあそうお気を落とさず。貴方は存在自体が魔法のようなものなのですから」
たしかに、異世界から召喚されてそこにいるだけで恋が叶うなんて、私は魔法そのものだ。魔法少女を通り越して魔法そのものになる日が来るだなんて思いもしなかったけど、それも異世界トリップファンタジーの醍醐味だろう。
「そうだよね、私が魔法だ!なんてちょっとカッコいいし」
けど、魔法は役目を終えればふわっと消えてしまう。
夢のように儚い、その場限りの使い捨てなのだ。
私もまた、王子様とキノアの恋を実らせたらこの世界から消えてしまうのだろう。
……まあ、しょうがない。今の状況だってただのモブ腐女子にしてみればとんでもない大舞台なんだから、元のその他大勢に戻る日が来るのは当たり前なんだ。
今はほんのちょっとだけ、劇中たった一言だけのちょっとしたセリフをしゃべってる最中なんだ。
魔法が解けた後は、主人公たちに舞台を任せておけばいい。
「私がいなくなっても、王子様とキノアはちゃんと幸せにやってけるよね?」
「ええ、恋神様が結んだ恋です、きっと末永く幸せに暮らしていけますよ」
優しく微笑んで答えてくれる神官長に、私はへらっと情けない笑みを向けた。
どうか、いてもいなくてもいいその他大勢のモブでも、主人公たちの幸せのための力になれますように。
神官長のところから自室に帰る途中、中庭を通る。最近では慣れたもので、それが最短ルートだってことを学習していた。のんびりと草木を愛でながら中庭を横切る。
「おーい!」
そうしていると、不意に声をかけられた。あれ、どこからだろう? オッサンの声だ。辺りを見回してもそれらしい人影はない。幻聴? 妖精さん?
「こっちだこっち!」
今度はもっとはっきり聞こえた。上からだ。空をふり仰ぐと、そこには大きく翼を羽ばたかせる小さな竜みたいな生き物がいた。その上には人が乗っている。おお、さすがファンタジー! それっぽい、すごくそれっぽいぞ!
竜に乗った人物は手綱を引きながら中庭へと降り立った。竜は大人しくその場にステイする。
「よ。新しく入ったメイドか?」
声の通り、その人物はオッサンだった。日に焼けた肌に笑うと白く光る歯。がっしりとした体格。飾り気のない服といい、農夫のオッサンのようだった。けど、農夫も竜に乗るのか?
「いえ、私、その、恋神でして」
「ほう! お前さんがウワサの恋神か!」
オッサンは無遠慮に私の頭のてっぺんからつま先までを眺めまわした。すごい居心地が悪い。もう一度声をかけようとしたところで、オッサンは、ふうん、と鼻を鳴らした。
「何ともパっとしねえなあ。器量は良くもねえし悪くもねえし、なんつーか『らしい』雰囲気もねえ」
「うう、この上ないモブですいません……」
ズバズバ指摘されて縮こまる。おっしゃる通りです。
返す言葉がなくて口ごもっていると、オッサンは豪快に笑って私の肩を叩いてきた。
「まあ、こういう恋神がいたっていいじゃねえか。オジサンは悪くないと思うぜ? まあせいぜい気張ってやれや……そうだ、キノアいるか?」
農夫の割にやたらフランクだ。そもそも何の用なんだろう。謎のオッサンは勝手にズカズカと屋敷の方へと歩いていく。行く先が一緒だったので後ろについて歩きながら、
「キノアなら多分執務室だよ。それより、いいの? 竜ほっといて」
「ああ、大丈夫だ。クルーシェはよく訓練されたワイバーンだからな。勝手に飛んでったりはしねえさ」
なるほど、あれがワイバーンというヤツだったのか。名前まで付けて、けっこう大事にしているらしい。オッサン案外可愛いところあるな。
二人して館に足を踏み入れようとしたところで、当のキノアとばったり鉢合わせした。突然の遭遇にキノアはしばらくの間目を丸くしていたけど、
「よう、久しぶりだな」
オッサンが声をかけると、途端に顔つきを変えた。
「ラズロおじさん!」
ぱあっと顔を明るくすると、普段の気難しそうな眉間のしわを吹っ飛ばして歩み寄ってくる。あまつさえオッサンの手を握ったりする。
「お久しぶりです、お元気でしたか?」
「おう、オジサンは基本的にいつでも元気だぜ。お前さんも、相変わらずの男前だな」
「おじさんにそう言ってもらえるとうれしいです」
キノアははにかんだ笑みを浮かべてオッサンを見上げた。
エンダアアアアアアアイヤアアアアアア!!
これはもしや! もしやのオヤジ攻め!? 普段は素直になれないツンデレ受けが年上の包容力によって心を開く展開!? オヤジ攻めの方は俺みたいなオッサンがこんな未来ある若者と付き合っちゃいけないとか胸を痛めて、一方でツンデレ受けの方は俺みたいな子どもなんかが……というすれ違い来るか!? すれ違いのちのデレデレ甘やかしカップルですか!?
「……鬼気迫る表情で見つめるな、怖い」
「ああ、ごめん、つい」
脳内で壁に頭をガンガンぶつけまくる自分をすみやかにバールのようなもので撲殺しつつ、私はオッサンの方に目をやった。
「……誰さん?」
「ラズロおじさんだ。父の親友でな、隣の領地の領主をやっている。昔からよく遊んでもらった」
え、フランクな農夫だと思いきや、領主様?……見えない、全然領主には見えない。畑で鍬持って土耕してるカンジにしか見えない。
キノアの頭をわしゃわしゃとかき乱していたラズロは、こっちに向かってニッカリと笑って手を差し伸べてきた。
「そういうことだ。よろしくな、嬢ちゃん」
「あ、こちらこそ」
おずおずとそれに応じて手を握る。節くれだったガサガサの手だった。キノアと同じような手だ。きっとこのオッサンも贅沢したりせず、領民と一緒になって領地を守っているような領主なんだろうなと分かる手だ。
ラズロは手を離すと改めてキノアに向き直った。
「親父さんはまた視察か?」
「はい。もう一か月ほど。まだしばらくは戻ってこないそうです」
「そうか。じゃあ、お前さんに相談した方がいいだろうな」
「相談?」
キノアが怪訝そうに尋ねると、ラズロは真剣な顔でうなずき返した。
「お前の領地、今大変だろう。今年の税収もままならんと聞いた。うちも決して豊かな状況ではないが、少しくらいの手助けはできる。どうだ、援助を受ける気はないか?」
優しい声音でそう告げるラズロに、キノアは少し困ったような、難しい顔をした。
なんで? これって願ってもないことでしょ? 親しくしてるんなら、お言葉に甘えて二つ返事でオッケーしてもいいんじゃない?
うつむくキノアを見守っていると、彼はやがて顔を上げて首を横に振った。
「ありがとうございます。その気持ちはとてもうれしいです。けど、大丈夫ですから。おじさんの領地も今年の冬は厳しいでしょう、うちの領地の負担をおじさんの領民にまで背負わせるわけにはいきませんから」
薄々予想はしてたけど、他の人に自分たちの苦しみを分けて持ってもらおうという考えは、キノアにはないみたいだ。自分たちのことは全部自分たちで片づける。荷物は自分で持つ。かたくなというか、何というか。ちょっとくらい他の人に頼ったっていいのに。
キノアは笑ってラズロに頭を下げた。
「おじさんはおじさんの領地を守ってください。これは、俺たちの問題なんです。でも、もしうちの領地が取り潰しになって、流民が出たその時は……」
「よせよ、縁起でもないこと言うな……分かった、援助はしなくていいんだな。しかし困った時はいつでも言えよ。俺とお前の仲だ、遠慮することはない」
「……本当に、ありがとうございます」
頭を下げたまま消え入りそうな声でお礼を告げるキノア。きっと今すぐにでも縋り付きたい気分なんだろう。けど、自分さえ我慢すれば上手くいくって時に他人まで巻き込むような人じゃないってことは分かってる。
いたたまれなくなって、私はついつい余計な口出しをしてしまった。
「大丈夫だよ! あのね、私さっき神官長から魔法のこと聞いたんだ。私は神の世から来たんだから魔法が使いやすいんでしょ? だったらババーンと魔法使って、思いっきりこの土地作物まみれにしてあげるから! もうね、モッサモサだよ! だから大丈夫!」
「……やめとけ」
意外にも、ストップをかけたのはラズロだった。さっきまでの親しげな表情からは考えられないほど硬い表情で、私の目をまっすぐに見つめて制止の言葉をかける。
「え、なんで?」
思わず問い返すと、ラズロは少し口ごもったあと、淡々と続けた。
「神官長からこうも言われなかったか? 素人が下手に手を出せば望まない結果が出ることもあるって……昔な、オジサンの領地でも喚んだんだ、神の世から豊穣の神を。たしかに神のおかげで飢饉は免れた。けどな、神は少し欲張っちまったんだ。もっと土地を豊かにしたいと、魔法に手を出した」
何か思い出を手繰り寄せるように宙を見つめるラズロ。私たちは何も言わずにそれを見つめていた。結果は大体分かっているからだ。
「神は魔法の行使に失敗した。そして魂を持っていかれた。正確には全身の精気を異世界に逆流させちまったんだ。息もするし心臓も動いているが眠ったままの人間の出来上がりだ。もう二度と帰って来やしねえ。そいつはまだうちの屋敷で眠ってる……まあ、俺の嫁なんだがな」
「奥さんが……?」
無理に苦笑いするラズロに、それ以上は何も言えなかった。
神と結婚して、そしてその妻を失ったラズロ。毎日どんな思いでベッドに横たわる奥さんを見ているんだろうか。
「別嬪だぜ。眠り続けてる今もな。まあ、要するに言いたいことは、大事なもん失う覚悟がなけりゃ魔法は使うなってことだ。軽々しく言っていいことじゃねえ。分かったな、嬢ちゃん」
「……分かった」
言葉少なにうなずき返すと、ラズロは苦笑いのまま私の頭を乱暴に撫でまわした。
これでまた、私にできそうなことが一つ減ったワケだ。
大事なものを失う覚悟っていうのが、私にはまだない。
魔法のように、なんて都合のいいことあるわけないのだ。
ラズロの奥さんはどんな気持ちで魔法を使ったんだろう、と考えながら、私はふと自分の中にある気持ちに気付いた。
……ああ、これ、悔しいって気持ちなんだ。
ブクマ&評価&コメントありがとうございます!
全部チェックしてます励みになります!
次回、ちょっとシリアス入ります!




