【16】
ヴァイドが言った通り、ドライドの計画とその顛末は誰にも知られることなく処理された。村人には厳重に緘口令が敷かれたし、そもそもヴァイドが連れて行ったのは腹心の精鋭たちだったので誰もあの戦場のことを口にしない。ドライドは国に帰り、変わることなく宰相を続けているという。
『例の条約』を結んだことに関しては様々な憶測が飛んだけど、それもすぐにヴァイドの政治手腕のおかげということに落ち着いて、ヴァイドの株はまた上がった。これで国内は更に豊かになり、そのため税も軽減される見通しだという。
キノアの領地にとっても悪いニュースじゃない。すぐに輿入れ、ということは出来なくなったけど、これで少しの間だけなら破綻せずに冬を越せる。もちろん、いずれはヴァイドに嫁がなければ今のどん底の状態からは脱出できないけど。
……それで、事件が明けて数日して。
たまっていた仕事を片づけていたキノアのもとに、いきなりヴァイドが現れた。ホントにいきなりだったので私もキノアもフィルケもぽかーんとしてしまった。何でも、久しぶりにフィルイール領の御用邸にお忍びで静養に来たらしい。
そこから先はおおわらわで、殿下をおもてなしする準備に侍女も執事も走り回った。キノアも仕事を中断して御用邸にヴァイドを連れていき、ついでに私まで連れていかれ、随分長い間使われていなかった御用邸にランプの明かりが灯った。
「……で、一体どうして急にこんな暴挙に出た?」
やっと人心地ついた翌日の昼間、森の木々に張り出したテラスで三人でお茶を囲んでいると、急にキノアがイヤそうな顔をしてヴァイドに尋ねた。当のヴァイドは涼しい顔でお茶を飲み、
「幼馴染のところに遊びに来て何が悪い。俺とて、たまの息抜きは必要なのだ」
「だからって、急なんだよお前は! 昔っから俺のこと振り回しやがって! ちょっとは俺を気遣えよ!」
しれっとした様子がよほど気に障ったのか、キノアは身を乗り出してヴァイドに指を突き付けて喚いた。そこには王子様に対する気遣いとかは一切感じられない。けどヴァイドは目を細めて笑うだけで咎めたりはしなかった。
「お前はちょっとくらい振り回しても離れては行かないだろう? 幼馴染なのだからな」
当然のように言ってカップを置くと、不意にキノアに手を伸ばすヴァイド。そのまま顎に手を添えると、迷子の子供のような顔を寄せて口にする。
「俺も、その絆に甘えようと思う……良いか?」
エンダアアアアアアアイヤアアアアアア!!
来た! 長年疎遠だった幼馴染との再構築来た! 楽しかった幼いころの思い出を引きずりながらも憎み合っていた二人が和解して、そして昔とは違う感情を覚えて戸惑うところまで来た! あんなに仲良しだったのに今は恐る恐る触れ合うこのギャップ、いい! そのまま幼馴染だけでは収まらない感情を爆発させてある日突然抱きしめたりとか! その勢いのまま、とか! あああああああああ!!
「どうした、なぜお前が頭を抱えている?」
「いえいえ、モブ腐女子の奇行など気になさらず、どんどん続けちゃってください!」
ヴァイドに問いかけられて、私はすみやかに脳内でイナバウアーを決めている私にシャイニングウィザードを仕掛けて沈めた。ふう、これでよし。
キノアは顎を捕らえる手をやんわりと払いのけると、ふいっと横を向いてふて腐れたような声音で答えた。
「……いいに決まってるだろ。わざわざ聞くな、バカ」
はいはい、ツンデレツンデレ。
私とヴァイドは似たような生ぬるい笑みでキノアを眺めた。
今回のことで二人の距離はぐっと縮まった。それは間違いない。
結婚まで一歩近づいたということだ。
それに引き換え、私ときたら。はあああ、と深々とため息をついて私はテーブルに伸びた。
「あー、結局私、今回恋神として何もできなかったなあ……全然じゃん。途中なぜか魔法使えたりもしたけど、あれ恋とは何も関係ないし」
私が愚痴ると、二人は顔を見合わせて目を丸くした。それから私に向き直り、
「何を言っている。俺とキノを再び引き合わせたのはお前だろう。そして、アデレンシアとイストアリアの国交も結んだ。これが恋神の力でなく何だと言うのだ?」
……言われてみればそうかもしれない。テーブルから起き上がって考えてみた。
神官長は、国と国との恋すら結ぶと言っていた。キノアとヴァイドのことはともかく、私は二つの国の橋渡しをしたわけだ。自覚はまったくない。不思議な力とか使った覚えもない。なのに、私がいてこういうことになった。恋神というのは、恋を結びたいと思って行動すればすべて良い方に転がるというものらしい。
けど、やっぱり私にはそういう大役は似合わない。一時は主人公にもなったけど、やっぱりその他大勢のモブの方が落ち着くのだ。
改めて再認識すると、急に元の世界に帰りたくなった。
だって、私は普通の世界で平凡にモブとして生きていくつもりなんだから。
……それに。
18禁同人誌買うまでは死ねない! これまでせっかく我慢してきたのに!
大体、ホモ合法もどうかと思う! そりゃあ大手を振ってホモ鑑賞できるのはいいけど、やっぱり非合法でほの暗い罪悪感を抱えながらっていうのも捨てがたい!
私は勢い良く立ち上がって宣言した。
「私、帰る! 元の世界に帰るから!」
突然の宣言に二人はぽかんとしていた。けど、私の決意は固い。
「いきなり何を言い出すかと思えば……お前、ホント唐突だな。けど、恋神として召喚された以上、恋を成就させないと帰れないぞ」
「させてやろうじゃん!」
強く拳を握って言い返す。
「単に成就させるだけじゃない、皆が納得するハッピーエンドにしてやる! キノア、『みんなが幸せになる都合のいい方法なんてない』なんて言ってたけどね、なければ作ればいいじゃない! 私はどうやら神様らしいから、その都合のいい方法を見つけるのなんてちょちょいのちょいだよ!」
「……ふん、言うじゃないか。じゃあ見せてみろよ。お前の言う、誰もが幸せになる最高の結末を」
「任せて! だから、あんたたち早くくっつきなさいよ!」
二人に向かってお説教しているみたいに腰に手を当てて言うと、急にヴァイドが私の肩を抱いてきた。イケメン様との急接近にいたたまれなくなったけど、ヴァイドは離してくれない。
「俺はお前とくっつきたいんだがな」
「あ、お前、何アンリにくっついてやがる!」
すぐさまキノアが引きはがしにかかった。私を奪い返して肩をつかむと、
「こいつは俺のジュリエ……じゃなくて! うちの恋神なんだからな! 大体、俺に断りもなしに親善大使に出すってどういうことだ! アンリに余計な負担増やすな! 俺だけじゃなくてアンリまで振り回すつもりか!」
「そういうつもりはないがな。とはいえ、アンも俺の友達だからな、多少振り回しても離れていくまい。それに、これはアンの意向でもある。アンは俺を思って色々な妃候補を見たいと思っているようだ。この気遣い、やはりアンは良い妃になるな」
「まだ言うか! 絶っっっっっ対、アンリはお前の妃になんかやらないからな! 百歩譲って友達はいいとしてもだ、振り回すな! お前は昔っからそうだ! 近衛隊長のヅラ奪い取ろうとした時だって――」
喧々諤々。ぎゃーぎゃー。喚くキノアにからかうヴァイド。ケンカップルのやり合いに、ニヤニヤが止まらなくなる。
なんだ、二人ともいい友達になれてるじゃん。
恋人はまだだとしても、ね。
そこは恋神の腕の見せ所、張り切っていきましょう。
きっとすぐに元の世界に帰ってみせるけど、あともう少し、この二人の、そしてこの世界の成り行きを見ていようと思う。
その中で、私は私という役を演じよう。
大舞台の中ではちっぽけな役かもしれないけど、自分にできる範囲で精いっぱい。
それに、何て言ったって私の人生という舞台では主人公は私なんだから、胸を張っていこう。
もうコソコソ怯えて隠れているなんてイヤだから。
……ああ、そうだ。
帰ったら、縣書店で読んだ漫画賞に投稿でもしてみようかな。
この世界でも元の世界でも、私が学んだことに変わりはない。
つまり――
きっと、人生を生きていくってこういうことなのだ。
これにて第一章完結です!
最後までお付き合いいただきありがとうございました
『自分の人生の主人公は自分』というテーマでつらつらと書いてきました
それぞれがそれぞれの役割を果たして自分という主人公をまっとうする、『人生ってそういうこと』なんだと思います
もちろんホモも大好きです!
アンリ同様キノア総受けでオネシェス!
第二章の予定は今のところ未定です
だいたい文庫本一冊弱の容量で書いているので、書き上げられたらアップしていきたいと思います
第二章ではアンリとキノアが国外に! 腹黒ショタや当て馬チャラ男も出てきます!
エンダァァァァァァァァ!!
その前に、現代ものを書き終えたのでそれをアップしていきたいと思います
今度の主役は……『喪女』!?
『ユーレイ喪女でなにが悪い!~モテない女は異世界転生しない』をよろしくお願いします!




