【13】
その後、私たちはとりあえず村の自警団駐在所の地下牢に放り込まれた。拷問とかそういうのは後回しらしい。頭を冷やす時間をくれるだけ優しい……とは、死んでも思わないけど。
冷たい石造りの牢の天井を見上げて、壁にもたれかかる。身も凍る思いがしてため息が漏れた。牢に閉じ込められて三日、今日はもう夕方らしく、鉄格子の隙間から夕日が差し込んでいる。それが遠く感じられて、手を伸ばす気にもならない。
これから私たち、どうなるんだろう……とりあえず、ひどい目に遭うことは確定。問題はどういう方向性でひどい目に遭うのか。痛いのだけはイヤだ。
けど、イヤだと思うことから順番にやられるんだろうなあ……うんってうなずくまでずっと。早めにうなずいちゃった方がラクだって分かってるけど、私にも意地がある。できる限り耐えてやる。あの腹黒ドS宰相、いけ好かないし。
ちょっとやそっとのことでへこたれてちゃ、キノアに合わせる顔がない。
「……おい」
隣の牢から、そのキノアの声が聞こえて来た。冷たい壁越しに届いた声は少し反響している。
「うん? なに?」
声を返すと、少しの間沈黙がわだかまった。それからようやく続きが返ってくる。
「お前には悪いことをしたな。別にいいんだぞ、お前が耐える必要はない。俺のことはいいから、さっさとあの宰相にうなずいてやれ」
「冗談! 言ったでしょ、私はキノアに手を貸すの! 決めたの!」
「……悪い」
何度も謝られるから、ついまたため息をついてしまった。壁越しにキノアの気配が緊張を帯びるのを感じる。怒られそうで身構えている子供みたい。
「別にいいよ……とは言えないな。やっぱり、喚ばれなきゃ良かったって言ったらウソになるし。私今、結構ひどい目に遭ってるでしょ?」
「本当に悪い」
「もういいっての。今更じゃん。それに私さ、こういうエンディングもアリだと思うんだよね。主人公っぽいじゃん。憧れてたんだよね、囚われの身になって責め苦を受けるっていうシチュ! だからマジ平気だし!」
大声が石の牢に反響する。空元気丸出しのその残響は、いっそ惨めなくらい空々しかった。それでも、私は虚勢を張らなくてはいけない。虚勢を張っていなければ崩れ落ちてしまうから。
でも、キノアは妙に優しく言う。
「……強がらなくていい」
「強がってなんか……」
「分かってる。お前は決して大きな舞台の主人公をやれるタイプじゃない。その責を負えるほど、お前は強くない。それは俺の役割だ。割を食うのは俺だけでいい」
また出たよ、自己犠牲。全部自分で背負おうとしてる。張り切っちゃって、バカみたい。
……バカみたいだ。
私は膝を抱えてうめくようにつぶやいた。
「……キノアのそういうところ、嫌い」
「嫌いでいい。だから、今は強がるな」
その声音がやたらに暖かくて、柔らかくて、ついガードを下げてしまう。
情けない私が、あらわになる。
「……う、」
うずくまって膝を抱えて震えて、ついつい泣き声みたいなのが漏れてしまった。
違う違う、泣いてなんかない。
私は、主人公で、ヒロインで、強くて、それで、それで……
……もうダメだ。
そう思った途端、せき止めていたものが全部あふれ出てきた。それには涙も含まれる。一滴こぼれたらまた次だ。たまらず声を上げて大きな声で泣き出してしまう。
「うわあああああん!! やだよ、こんなの! 私、主人公なんて望んでなかった! こんな結末やだよ! 一生モブで良かったのに! こんなしんどい目に遭うくらいなら、枠線の外で良かった! 辛い思いなんてしたくない! 主人公になんてなりたくないよ!!」
弱さを全部さらけ出して、私はみっともなく泣いた。
また、逃げ出した。
自分の役割を放棄して、枠線の外側に安住しようとした。
鼻をすすってカッコ悪くぐずっていると、キノアはそれをバカにしたりもせず相変わらず優しい声で語り掛けてくる。
「そうだな、お前はただのその他大勢のままでいい。その分、俺が頑張るから」
その声には、痛々しいくらいの覚悟があふれていた。悲壮なほどの決意と言ってもいい。不吉な予感がするくらいに。
「お前が頑張ってるって言ってくれた通りに、頑張るから」
「……キノア?」
涙の隙間から呼びかけても返事はない。
それが不安で、もう一度呼びかけようとした、その時だった。
――誰かが地下牢へ降りてくる足音がする。
とうとう拷問の時間がやってきたのかと、泣き濡れて震えながら足音の主の到着を待つ。
けど、牢の中に投げかけられた声は、私がよく知る人の声だった。
「兄上?」
「……フィルケか?」
そう、それはたしかに、あのヤンデレ弟の声だった。
「兄上!」
嬉しそうに私の牢の前を素通りして、フィルケは隣の牢へと飛びつく。まあ……いいんだけどね、ヤンデレらしくて。泣き顔見られなくて済んだワケだし。
「フィルケ、どうしてここに?」
キノアが問いかけている間に、また多くの足音が階段を下りてくる。やってきたのは数人の武装した兵士だった。軽装の鎧をつけて、剣を提げている。フィルケは牢の鍵を開けながら、
「帰りが遅いから心配して王宮まで鳥を飛ばしたんだ。そうしたらもう帰ったって言うし、おかしいと思って必死で兄上の足取りを追ったらここで途切れてて」
恐るべし、ヤンデレ弟のストーキング能力。
「何かあると思って急いで王都へ向かって、殿下に掛け合ったんだ。すぐに精鋭部隊を編成してもらえたよ。この領地にはもともと良くない噂があったんだって。国交問題になるかもしれないから、相当意気込んでくれた。殿下も来てるよ。ともかく、こんなところからはもう出よう」
……助かった?
「よかったぁぁぁぁぁぁ……!」
「何だ、いたのか恋神」
隣の牢が開いてキノアが出てくると、イヤそうな顔をしたフィルケがこっちへやってきた。
「いたよ! 超いたよ! 早く出して!」
「分かってる、黙れ。まったく、どうせまた兄上の足を引っ張ってたんだろう……!」
う、それは……何とも言えなくて黙っていると、フィルケはため息をついて私の牢の鍵を開けてくれた。やっと外へ出られる。密閉されていたわけでもないのに、牢から一歩出た途端空気の味が違って感じられた。大きく深呼吸する。
「ホンット良かった……一時はどうなることかと……!」
「何言ってる、まだ終わってないぞ」
「へ?」
口を挟むフィルケに、思わず間の抜けた声が漏れる。見れば、彼は随分と苦い顔をしていた。何か良くないことが起こっていることはその顔でよく分かる。
不安のモヤモヤを胸に抱えていると、フィルケは兵士たちを従えて私たちを先導した。
「ともかく、ここを出よう。殿下と合流しなきゃ」
そうだ、ヴァイドも来てるんだった。きっと心配してるだろうから早く顔を見せないと。警戒しながら階段を上る兵士たちに続いて、私たちは地下牢を後にして地上へと急いだ。




