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【1】


『ホモが嫌いな女子なんかいません!!』


 賛否両論はあるだろうけど、先人が遺したこの一言は今も強く女の子たちの心の中に根付いている。

 時には燃える隕石となって。

 時にはしこりとなって。

 更に悪化した場合は癌となって。

 ……ちなみに私は既に癌化しています。



「だからー、のっこのカレシはやめとけっての!」

「えー、いい人じゃん。この前もマックおごってくれたし」

「ってか年上すぎじゃね? もう三十手前じゃん?」

「三十路前で女子高生と付き合うとか絶対問題あるって! やめとけ!」

「えー、でもー」

 リア充と呼ばれている女子高生たちの話題の種類は大体決まっている。

 恋。コスメ。スイーツ。そのくらい。

 勉強が趣味っていう秀才軍団や、ゲームや漫画について語り合うモサいグループとは完全に棲み分けができていて、お互い多くは干渉しあわないしケンカもしない。

 平和って、こういう棲み分けができているからこそ成り立つものなんだなあと思いながら歩いていると、一緒に下校していたユミオン(ちょっとぽっちゃりしたスイーツ博士)がのっこ(美人で超モテるけど心配になるほどの天然)の肩を叩きながら私に水を向けてきた。

「モブちゃんはやっぱダメだと思うよね!? インコーだよインコー!」

「インコ?」

「のっこは黙ってろ! で、モブちゃん的にはどう? アリ? ナシ?」

 私は少しだけ考えるフリをしてニヘラと笑った。

「本人同士がいいんならいいんじゃない? こういうのってあんまり外野が口出しすることじゃないと思うし」

「あー、出たよ、モブちゃんの模範回答……」

 おっしゃる通り、私の回答はいつだって模範回答なのだ。平均を逸脱せず、一般論で物事を語る。一言でいえば『ぜんっぜん面白くない回答』。

 呆れるユミオンの肩を、同じく下校していたるみちゃん(背の高いお嬢様)が軽く叩いてたしなめる。

「まあまあ、模範回答だからこそ一番真理に近いかもしんないじゃん。そういう意味ではモブちゃんの言うことも分からなくはないよね」

「そうだよ、私モブちゃんの言葉で結構救われたもん、今」

「それはそうだけど……うん、そうだね、模範回答も悪くないかもしんない」

「分かっていただけました?」

「あ、モブちゃんが調子乗ってる!」

「ていうか今日モブちゃん唇プルプルじゃない?」

「えへへー、この前発売したやつ、試してみたんだ」

「リッシェのナチュラルフォンデュ? へー、そんないいんだ」

「色あんまついてないから怒られないしね、いいじゃん」

「でしょ、駅前のドラストで限定販売してたから、早めに買った方がいいと思うよ」

「うそ、まだあるかな?」

「あるんじゃない? 発売四日前だったし」

 ああだこうだ。恋とコスメとスイーツと。下校のおしゃべりはいつも通り続いていく。

 けど、校内のグラウンドを通りかかったところで、私の足は一瞬止まった。

 ベンチで野球部員たち数名がペットボトルの回し飲みをしている。

「やっべ、これって木村と間接キスじゃね!?」

「ばっ、そんなん気にしてんのお前!?」

「佐々木、残念だったな。俺も飲んだし高村も重森も飲んだから、お前はたくさんの男たちと間接キスをしたということになるんだよ」

「ちっくしょ! 俺せめて木村だけとだったら良かった!」

「何で木村にこだわるんだよ」

「いや、だって、まあいいじゃんそんなん! 練習戻ろうぜ!」

「あ、ちょっと待てよ!」

 ――エ……

 エンダアアアアアアアイヤアアアアアア!!

 足はグラウンド前を素知らぬ顔で素通りしながらも、私は脳内で頭を抱えて絶叫した。

 甘酸っぱい! とても甘酸っぱい!

 佐々木は絶対木村のこと好きだろ! 大好きで意識しまくっちゃってるんだろ! 間接キスなんて今時小学生でも気にしないから! 意識しすぎだから! この後放課後の部室で二人きっりになって『木村、やっぱ俺、間接キスだけじゃ足りない……』『ちょ、何言ってんだよ佐々木!?』『好きなんだよ、直接キスしたいんだよ!』『待てって、おい……!』そして佐々木無理矢理木村にキスの流れ!

 エンダアアアアアアアイヤアアアアアア!!

「ねえ、モブちゃん、帰りマック寄ってく?」

 るみちゃんに話しかけられて、私は即座に脳内で奇声を上げる私をトンプソンマシンガンでハチの巣にした。何食わぬ顔で振り返り、

「うーん、行きたいけど、ちょっと他に寄るところあるからやめとく」

「そっか。じゃあ私ら三人で行くね。何かあったらラインするから」

「うん、じゃあ私今日チャリだからここで」

「モブちゃーん、ばいばーい!」

「モブちゃん、また明日ね!」

「うん、ばいばい!」

 手を振って三人と別れると、私はさっきまでとは打って変わって無表情で口元だけニヤけて歩き出した。

 いやあ、今日もいい収穫がありましたなあ!

 これだから高校って素晴らしいわ、青春の淡い恋(妄想)が満載じゃないですか。

 まだまだ展開する佐々木と木村の恋(そもそも佐々木と木村って名前と顔しか知らない)に変な笑い声が漏れそうになりながら駐輪場にたどり着き、チャリにまたがる。

 よし、行くか。妄想一旦リセット。

 今日は一週間の内でも大事な一日なんだから。

「行くぜ、ファニングハウル号!」

 こっそり愛機に掛け声をかけて、私はハゲチャリ(激しくチャリを漕ぎまくる)で校門目指して駆けた。

 

 私、下蕗杏里(17)は、いわゆる腐女子である。

 腐女子とは、男同士の恋愛が描かれた創作物をこよなく愛する、言ってみればホモ大好きな女の子のことである。

 といっても私はそのことを周囲にひた隠しにしていて、表面上はリア充を装っている。

 メイクもするしスカートだって短くする。

 腐女子はやっぱり日陰者で、公に胸を張れる趣味じゃない。

 『ホモが嫌いな女子なんかいません』と言っても、やっぱりそういう話題を出すと眉をひそめる人もいるんだから。

 私はその辺にいる節操のないオタクとは違う。

 正しく節度を保った、慎み深い隠れ腐女子なのだ。

 ……だから何だと言われたらそれまでだけど。


 ユミオンたちと別れてチャリを飛ばし、ついでに途中の公園でメイクも落とし、更に一心不乱にチャリを漕いで、やっとたどり着いたのは古色蒼然とした平屋の商店だった。

 正確には商店ではなくて縣書店という名前の本屋さんなんだけど。

「こんにちはー」

 立てつけの悪い引き戸を開けて挨拶をすると、カウンターとなっている座敷で何やら難しそうな本を読んでいた人物がうつぶせの体勢から起き上がった。

「やあ、アンリちゃん、いらっしゃい」

 寝ぐせだらけの髪をかきながら、優しげな糸目の青年がメガネのブリッジを上げる。にっこり。今日もお兄さんは笑顔が素敵だ。

 縣書店のお兄さん。本名も年齢も知らないけど、ここへ来ると必ず座敷に寝そべって本を読みつつ店番をしている。小さいころから通っている本屋さんだけど、お兄さんは昔からお兄さんのままで、あまり年を取った印象がない。

 イケメンともイケメンじゃないとも言えない絶妙なフツメン具合が私は好きだ。いや、色恋沙汰の好きじゃなくて、ライクの方。

「お兄さん、ほっぺたに畳のあとついてるよ」

「おっと、こりゃ失敬。そうだ、今週号の少年ネクスト来てるよ」

「うん、それ目当て」

「ちゃんと取ってあるから、良かったらここで読んでいきなよ」

「じゃあお言葉に甘えて」

 いつものやり取りをして代金を払い、私は分厚い週刊少年誌を受け取った。また寝そべって難しい本を読み始めるお兄さんの隣に腰掛けて、ぺらぺらとページをめくる。

 週刊少年ネクストは、今勢いに乗っている少年誌で数々の熱いマンガが掲載されている私お気に入りの週刊誌だ。バトルに推理、ラブコメにギャグ。脂の乗った大御所から新人まで網羅した大盤振る舞いの一冊。

 内心ウハウハしながら、一ページ一ページ舐めるように丹念に読み進めていく。

 お、今週の『鉄塊斬鬼』は主人公覚醒回かぁ、『虹色の日曜日』は今回もギャグが光ってるなぁ、ああ、『IROHA』は敵の過去回想……うわ、結構エグいけど泣ける。んで、『ウルルカの嫁』は……今週も休載? 何か月待たせる気だ?

 時間を忘れて読みふけり、気が付けば一時間経っていた。満足げなため息をついて雑誌を閉じると、お兄さんはいつの間にかいなくなってしまっていた。なのでもう一度、今週号で一番のお気に入りのページを開く。

 『クロスビーツ』というタイトルのバトルマンガ。バディを組んでいる冴えない退魔師の斑鳩と刑事の道長が背中合わせで戦っているシーンだった。

 もう、これを見れただけで今週号は満足。何この熟年夫婦感。ちょっと前まですれ違いのケンカばっかしてたのがウソみたい。すごい、コレすごい。ケンカップルも大好きだけど、熟年夫婦もいい。道×斑だったけど、これは斑×道に転んじゃうかもしれない。だって今週あんなに亭主関白だったし、斑鳩がやたら男前だったし。これは年上包容力攻め来ちゃうんじゃないですか?

 ……重ねて言いますが、これは少年誌の普通のバトルマンガの感想です。

「今日も熱心に読んでたねぇ」

 お茶の間からのそのそとお兄さんが帰ってきたので、慌てて別のページを開く。

「うん、毎週の癒しだから。っていうかお兄さん、それ……何?」

「コレ? ハーブティーだよ、ハーブティー。ハイカラでしょ?」

 もさもさと頭をかきながら私の前に古いティーカップを差し出すお兄さん。中身は……妙に鮮やかなエメラルドグリーンの液体。さっきから異臭がしてるんですが。ハーブと言うより、劇薬に近いにおいがするんですが。

「まあ、ちょっと飲んでみてよ。このブレンドは僕もまだ試したことなくてさ」

 その一言でますます地雷臭が濃くなった。っていうか、よくこれを出そうと思ったなお兄さん。

 けど、お世話になってるお兄さんの好意を無碍にすることはできない。

「……イタダキマス……」

 ドナドナ曳かれ牛のごとき心境でカップに口をつけた。緑の液体が唇を伝い、舌へ、喉へと……

 瞬間、こめかみがピリっとした。思わずカップを取り落しそうになる。寸でのところでこらえて、不思議な感覚に目を丸くした。

 別にマズすぎるから頭痛が起こったとか、そういう話じゃない。

 もっとこう、頭の中で炭酸水が弾けるような、口にした瞬間に世界の肌触りが変わるような、そんな気配。

 怪訝そうな顔でカップの水面を見つめていた私を心配してか、お兄さんがフォローするように言う。

「ごめんね、やっぱり飲みにくかったね。ちょっとにおいがなあ……残してもいいからね」

「あ、いや、そうじゃなくて。ええと、何て言うか……不思議なお茶だね」

「そう? うちのハーブ園で取れたハーブで作ったんだけど、何のハーブかよく分からないものも混じってたんだよね。うっかり大麻とか紛れ込んじゃってたりして」

 あはは、とお兄さんは笑うけど、それならなおのことお客に出すなよそんな怪しげなお茶……

 笑い交じりのため息をつきながら偶然開いたマンガのページに視線を落とす。

 『ネクスト新人賞』。そんな文字が躍っていた。次世代の漫画家を募る新人賞だ。入賞者にはデビューのチャンス!

 ……デビュー、かぁ。

 小さいころからの夢を思い出す。漫画家になって、たくさんの人を感動させたい。今だってマンガを描いてはいるけど、それがこの賞の目に留まったらどうなるだろう。人気の雑誌だからきっとたくさんの人に読んでもらえるだろう。心を動かしてくれる人もいるかもしれない。そうしたら、私だって――

「おや、新人賞だ。アンリちゃんも投稿するの?」

 お兄さんの声ではっと我に返る。大急ぎで雑誌を閉じて首を横に振った。

「いやいやいやいや、とんでもない! 友達、そう、友達が! 友達が応募しようかなって言ってたような言ってなかったようなそうでもないような……ともかく、私には関係ない話だから!」

 そう、私には関係ない話だった。

 どこまでも関係ない話だ。

 そうだよな、私みたいな凡俗モブ(その他大勢)ちゃんが、こんな輝かしい夢を抱いちゃいけないんだよな。

 容姿もモブ、成績もモブ、運動神経も特技も家柄も思考回路も人生設計もモブ。

 漂うモブオーラがすべてを物語っている。

 私は主人公にはなれない。

 一生をモブで過ごすのがお似合いのモブちゃんなのだ。

 ――少しブルーになって、後ろ髪を引かれる思いで雑誌を鞄にしまう。

 どうしたの?と言いたげなお兄さんに振り切るように別れを告げ、私はそのまま縣書店を後にした。



 チャリを押して歩いているとますますブルーになってきたので、少し遠回りして帰ることにした。時刻はもう夕方で、空からは茜の色が差し込んでいる。

 小さいころに通った道や、見覚えのある商店街。夕日色に染まった街並みがますますノスタルジーを加速させる。正直泣きそうになった。もっとこう、見知らぬ道に入ろう。

 路地を抜けて空き地を横切り、廃屋の前を通り過ぎて適当に歩く。お母さんにはほっつき歩いていたことを怒られるかもしれないけど、知ったこっちゃない。私は今センチメンタルなのだ。

 延々と歩いていると、急に開けた場所にたどり着いた。ざあっと風が吹き抜ける。

 そこは、古びた移動遊園地らしい場所だった。小さいころはたまに街に来ていたこともあるけど、そのどれとも違う、アリスが迷い込んだ不思議の国みたいな錆色と極彩色の遊園地。

「……こんなところに遊園地なんてあったんだ」

 ブルーだった気分がちょっと晴れた気がした。遊園地にはそういう効能があるらしい。

 とりあえず自転車のスタンドを立てて園外に停めておいて、私はフラフラと遊園地の入り口に吸い込まれるように近づいていった。

 チケットとかは要らない遊園地なのかな、と辺りを見回していると、柱の陰から何かがびゃっと飛び出してきた。

「ふおっ!?」

 驚いて飛び退る。よく見るとそれはボロボロになった猫の着ぐるみだった。プラスチックの目の部分が外れかけていて、耳が片方なくなっている。

 猫の着ぐるみはファニーな動きで風船を持ってぴょこぴょこ近づいてくる。姿が姿なのでサイコホラーっぽい雰囲気があったけど、これでもきっと中に人がいるんだから、と一応の愛想笑いを浮かべて見せた。

 それが気に入ったのか、猫の着ぐるみは私の頭をポンポンと撫でると風船を一つ渡してくれた。茜色よりも赤い風船だ。渡すだけ渡すと、猫の着ぐるみは『楽しんできてねー』とばかりに手を振って私を園内へ追いやった。

「スタッフ……もうちょっといい着ぐるみ用意してやれよ……」

 もらった風船を片手にぼやいて、とりあえず園内を見渡す。小さな園内には同じく小さなアトラクションが数機並んでいた。小さな機関車、メリーゴーランド、かごが四つしかない背の低い観覧車。そのどれもが古びていて、安っぽいライトアップがされている。

 ……にしても、誰もいない。

 園内は不安になるくらい静まり返っている。ハッキリ言って不気味だ。これ、私が知ってる遊園地と違う。

 急にうちに帰りたくなった。もう日が沈もうとしている夕焼け色も相まって、心細さがマックスになる。

 けど、せっかく久々に遊園地なんて来たんだから何か楽しんでいきたい。妙なところで貧乏性なのが私なのだ。

 そうだ、メリーゴーランド。あれだけ乗って帰ろう。

 早足で小さなメリーゴーランドに近づき、裸電球で飾り付けられたサビサビのターンテーブルに乗る。低速で回りながら上下する一頭の白馬に目星をつけ、風船を手放さないように気を付けながらまたがった。

 乗る前はあんなに嫌がっていたのに、いざ乗ってみると結構気分が良かった。白馬なんて乙女の必須アイテムだ。たとえその乙女が腐っていても。

 ゆっくりと動く白馬に乗りながら、軽くため息をつく。

 「はあ……モブちゃんか……」

 もちろん、このあだ名で呼んでいるユミオンたちに悪気はない。し『もぶ』きあんり。モブちゃんって可愛くない?いいじゃーんそれで!で、決定。おそらくユミオンたちはモブの意味すら分かっていないに違いない。

 けど、言いえて妙だと自嘲する。

 いつもその他大勢の内の一人。顔もはっきり描いてもらえない、脇役以下。大した設定もなく、物語に絡むことなく一回きりの使い捨て。

 ――私のことだ。

 小さいころからごくありふれた子供で、良くも悪くも突出しない。諦めて、突出しないようにと気を付けるようになったのはいつごろからだろう。そのころからモブ具合に拍車がかかった。

 モブは大それた夢なんて見てはいけないのだ。ただコマの外で平凡に生きてコマの外でひっそりと死ぬのがお似合いなのだ。コマ割りにすら入ってはいけないのだ。

 だから、私は淡々と平凡に生きる。夢なんて見ずに、ただ人生を全うする。

 ただのその他大勢は、大きな夢を叶えるだとか、好きな人と恋に落ちるだとか、大冒険をするだとか、そんなこと夢見たって仕方がない。地に足をつけて地味に生きていこう。

 ……けど、こうしてメリーゴーランドなんて乗ってると、何だか夢みたいな気分。

 今だけは、少しだけ夢を見ていいかな。

 不思議の国がありふれたモブにかけた魔法ってことで。

 そんな都合のいいことを考えていると、頭の上でパチンと音がした。見上げれば、今までそこにあった赤い風船がない。

「ああー、割れちゃったか」

 少し残念に思いながら白馬に揺られていると、風に乗ってキラキラと金色の鱗粉のようなものが降り注いでいることに気付いた。さっきの風船の中に入っていたんだろうか。夕日を浴びて黄金色に輝く雪みたいなそれは、まさに私に魔法をかけたように見えた。

 少なくとも、私にとってはほんの少し、くすんだ世界の色を変えてくれた小さな魔法だ。

 まあ、あんまり落ち込んでてもしょうがないよな。

 金色の魔法に励まされるように顔を上げて、気分を切り替えることにした。

 さて、そろそろ帰ろうか。

 白馬から降りようとしていたところで……やっと気づく。

「あれ? なんか速くなってない……?」

 さっきからメリーゴーランドはどんどんスピードを上げていって、今では全身で風を感じられるほどになっている。それでも更に速度を上げ、塗装の剥げた白馬は本物の競走馬の勢いで回り始めた。

「え、っちょ、止めて、止めて! 係員さん止めてくださーい!」

 振り落とされまいと白馬の首にしがみついて係員さんを呼ぶも、誰も出てこない。そもそも、そういえばさっきから猫の着ぐるみ以外のスタッフを見ていない。

 ……どうなってるの、この遊園地?

 やっとこの場所の異様さに気づきながら、もはや遠心力で吹っ飛ばされそうになるまでに速度を増した白馬に縋り付き、それでも必死に声を上げる。

「いないの!? どこ!? 係員さんどこ行った!? 出てこいやー係員さん! ぎゃー速い速い速い絶対マッハ出てるってコレ! どうなってんの!? どうなってんのぉぉぉぉぉ!?」

 もはや悲鳴だった。ていうかもう無理、振り落とされる……!

 目をぎゅっとつむって白馬の首にしがみつく。

 誰か助けて。

 誰か。

 半泣きになって心の底から祈っていると――

 ――ふと、突然に風を切る感覚が、変わった。


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