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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ネコの哲学

作者: モンブラン

題にあるほど哲学していないので、ゆる〜い女子高生同士のラブに満ちた物語をお楽しみください。

 人は何故生きるのか。

 それを考えている時点でもう生きているのだから、今さら理由を考えたってしょうがないと思う。

 哲学終わり。





 ところで、わたしには幼馴染が居る。団地住まいのお隣さんの夫婦がたまたまわたしの両親と同世代で、たまたま同じ年に子どもが生まれて、それがつまりわたしと幼馴染なのである。

 ただし、二人とも女の子。

 幼稚園から小中高と同じ学校へ進学している筋金入りの幼馴染だけれど、世に蔓延る王道設定のようなラブゥなコメディ展開にはならなかった。


「よっす、夏目」


 平日の朝、制服姿で玄関から出ると同時に声をかけられた。夏目はわたしの苗字。


「よっす、ミケ」


 同じ制服姿の女子に、わたしも緩く挨拶を返す。ミケは彼女の苗字。な訳ないって、三宅という苗字をもじったあだ名だ。

 昔は「すすぐちゃん」と呼ばれ「苗ちゃん」と呼んでいたが、今ではこの呼び方に落ち着いている。これが現在進行形の距離感と言えば、それまでのこと。


「行くか」

「うん、行こう」


 夏目すすぐと三宅苗は、今朝も並んで団地を出て行ったのだった。





 エアスポットのごとき広い公園の側を通ってビル群の間をくぐると駅に着いた。

 ICカードの定期券で改札を通過して、一、二分ほどボンヤリしているとアナウンスと共に電車が来る。

 地方なので満員電車というほど混み合ってはいないが、通勤・通学時間帯ということもあって車内にはまあまあ人が多い。

 座席はスーツのおじさんやらおばさんやらで埋まっているので、わたしとミケは適当に空いた場所を見つけて吊革を持って並び立つ。

 バッグから英単語帳を取り出す。小テストは二時間目からなので今のうちから勉強しておきたい。ミケも同じクラスなので、わたしと同様英単語帳を取り出して勉強を始めていた。学生の本分を外れない優等生であった。少なくとも外面は。

 ページをジーっと見つめてから、顔を上げて諳んじるのがわたしの勉強スタイル。目の前を見てもスマホをいじっているおじさんしか居ないので、上げた顔をミケの方に向けてみた。


「ふむ」


 小造りで整った顔立ちに華奢な輪郭。ほんの少しだけ色の抜けた髪が肩口にかかっている。


「ミケって美人だよね」

「……んぇっ⁉︎」


 目の前から妙な声が湧いて出た。たちまちミケの色白な頬が紅く染まっていく。


「な、なに、急に」

「いや、別に。何となく」


 本当に何となく。脊髄までとは言わないまでも、脳の神経まで行ってないくらいの考えなし。他意もなし。

 ミケは咳払いしてから、


「そ、それを言うなら、夏目も、可愛いよ」


 と言ってきた。「ふぅん」としか答えようがない。

 流れというか、お世辞というか、そんな感じだろうから。

 ミケから視線を外して、車窓に写る自分の姿を覗いてみる。

 眠たげな目。普通なパーツの配置。首元くらいまでしか伸ばしていないショートカット。寝癖はないかな。家を出る前に整えておいた前髪は崩れていない。良いとか悪いとか以前に見慣れた自分の顔だ。


「ふぅん?」


 何かを思おうにも首を傾げることしかできなかった。





 小テストの結果はまあまあ。体育の時間を挟みつつ、漫然とシャーペンを動かしていると昼休みになった。

 のんびりバッグから弁当を取り出していると、ミケがそそくさと弁当を提げてやって来た。

 前の席の子が学食派で不在なので、昼休みにはいつもミケの指定席になる。わたしが少し空けたスペースに、ミケは弁当を置いた。

 今日の弁当は和〜な感じか。焼きたらこ、焼き魚、卵焼きにほうれん草の和え物。

 午前の授業がどうだったとかいう話をしながらのランチタイム。

 毎日こんな感じだ。登下校だけでなく昼食も一緒。

 周りからは仲が良いと囃されるけれど、実際どうなんだろうね。ミケもずっとわたしと居てよく飽きないなぁと思う。


「美人は三日で飽きるって言うけど、そうでもないかねぇ」


 何となく呟くとミケが噎せた。


「なになに、どした」

「夏目、美人って誰のこと?」

「ん、アンタ以外に誰が居るよ?」

「ふ、ふうん。へ、うへぇ〜」


 変な声を上げながら髪を弄り出した。ジャバジャバ目が泳ぎまくっている。美人なだけじゃなくて、こういう百面相が楽しくて飽きないというのもある。

 面白いよなぁ、この子。

 口に入れた焼きたらこが思っていたよりも塩っぱくて、急いでご飯をかき込んだ。塩気が良い具合に緩和されて美味しい。バランスって大事だよね。





 昼休み明けの授業は睡魔と闘いながら、しかし日本史の先生の発する催眠音波には敢えなく敗北を喫しながら、漫然と過ごしていた。

 放課後になった。教室には弛緩した空気が流れる。

 クラスメイトたちが次々と放牧されていく波に乗って、わたしとミケも教室を出て行く。二人とも帰宅部なので、放課後になれば学校からクールに去るのみ。

 めいめい外へ出て行く生徒たちの群れで混み合う昇降口に着き、下駄箱からローファーを取り出そうとしたところで、わたしは手元の違和感に気付いた。何か紙のような感触。勿論心当たりなどないので、恐る恐る手に取ると、それは白い封筒だった。さらにその白い封筒の綴じ口にはハート型のシールが貼られている。


「え、何これラブレター?」疑問が口を突いて出る。

「どうしたの、夏目?」


 既にローファーを履き終えていたミケが、下駄箱の前でもたついているわたしに気付いて声をかけてくる。


「わたしの下駄箱の中にこんなのが入っててさ」


 ミケに封筒を預けながら、わたしもローファーを履く。


「え、何これラブレター?」ミケもわたしと全く同じフレーズで驚いていた。そりゃそうだわな。すぐに返してもらう。


 中身は気になるが、とりあえずこの場で立ち往生するのも邪魔になるから、人気の少ないところに移動することにした。

 昇降口を出てすぐにグラウンドに沿ったコンクリートの通路があって、西に進むと銅像の置かれた小さな庭がある。みんな大体そこをスルーして校門に直接向かうか駐輪場に寄るかするので、ここならば封筒を開けられるだろう。

 ぺりっとハートのシールを剥がして、ささっと中にある白い紙を取り出した。


「ちょっと思い切りが良過ぎない?」


 何故かミケから困惑気味に言われるが、


「そう?」


 溜めがあっても封筒の中身が変わる訳でもないので、動きに無駄がないだけのことだ。

 取り出した白い紙を開いてみる。

 そこには手書きではない印刷された明朝体でこう書かれていた。


『アナタは誰のことが好き?』


 わたしは咄嗟にミケの方を見た。


「どういう意味?」

「どういう意味って、書いてあるままだと思うけど」

「そっかー」


 ……『誰のことが好き?』と来たか。ちなみに手紙を裏返してみても、そのメッセージの他には何も書かれていなかった。もちろん差出主の名前も。

 わたしはその問いかけに対する答えをすぐには出せない。誰に出すべきかも、少なくともこの手紙には書かれていない。


「うーむ」


 考えるべき事態が発生したようだ。なんて他人事のように思ってみる。自分事として受け入れるにはまだ実感が足りない。


「で、どうするの、夏目?」


 謎レターをもらったわたしよりも、ミケはオロオロしている。どうしたら良いか、わたしは特に迷うことなく答えた。


「帰ろう」





 学生の本分は学ぶことではなく、学び舎たる学校から帰るべきところへ帰ることにある。と、勝手に思っている。帰宅部だもの。

 わたしたちはいと馴染み深き団地に帰ってきた。わたしはウチの前で鞄から鍵を出した。父親は仕事、母親もパートで居ないため、鍵っ子である。……鍵っ子と言うにはもう大きいか?


「ただいまー」


 ミケもそのまま付いてくる。約束もなしにわたしの部屋に来るのはいつものことなので特に気にしない。親しき仲には礼儀少なし。

 道中でワイシャツを脱いで洗濯機に放り投げつつ、部屋に着いたところでスカートも脱いで、ボーダーのTシャツとパンツに着替える。部屋着ファッションだ。ミケはわたしが着替える時、何故か手で顔を覆って見ないようにする。小学生くらいまでは一緒にお風呂も入ったこともあるくらいなのに妙に他人行儀だ。見られて減るものでもないのに。

 ただ、顔を覆う手の隙間から時々チラチラと視線を感じる。この半端な塩梅は何なのか。

 わたしの部屋はよく物が少ないと言われるけれど、別にそうでもないと思う。ベッド、勉強机、クローゼット、タンスがあって、部屋の真ん中には小さなテーブル、勉強机の隣の本棚には文庫本や漫画の単行本が入っている。まあ、ぬいぐるみが所狭しと並ぶミケの部屋と比べればシンプルなもんだろうけれど。結構普通じゃない?

 ともあれ、着替えを終えたわたしはそのままベッドに身体を投げ出した。

 テーブルの前にちょこんと座るミケに何か声をかけようと思ったけれど、口が動かなかった。首も動かない。

 寝っ転がった途端に意識が身体からベッドの方へ染み出しているようだ。じわーっと。いくら幼馴染相手とは言え、来客が居るのに昼寝をしてしまうのはどうなんだ。良識が抵抗するものの、意識の流出は止まらない。敢えなく敗北し、わたしは目を閉じる。

 じわぁ。





 夢は見るもの。何かを為すことはない。現実ではないとは判っているけれど、その認識は曖昧で表面に浮上することなく、ただぼんやりと揺蕩う。

 わたしは海の中に居る。手で掻いて前に進んでいるから、液体の中に身を置いていることがわかる。岩や海草はあっても魚は一匹も居ない。この海を泳いでいるのはわたし独りだけ。

 辺りは薄暗いから、結構深いところに居るのかな。足をパタパタと動かしてみると浮かび上がることができる。

 進むか浮かび上がるか、わたしは浮かび上がることを選んでいた。海を泳ぐのはとても楽しいけれど、何か大事なものが足りないような気がして。


「ーーーー」


 誰かがわたしの名前を呼んでいる。反応した途端、竿で釣り上げられる魚のように意識が急速に浮上し始めた。海底は見る見るうちに遠ざかっていき……。





 わたしは目を覚ました。目を開かないまま意識だけが戻ってくる。

 考えごとをしている間にベッドで寝てしまったらしい。無理もない、ベッドで横たわる姿は完全に寝る態勢だったのだから。

 目を開けないのは視線を感じるからだ。ミケからじっと見られているような気配がする。その視線からはよくわからない熱エネルギーまで感じられる。

 起きようかどうか少しだけ迷った。


「…………」


 すやぁ。





 夢というのは自分自身がカメラとなって見るものだから、俯瞰した自分の姿を見ることは普通ない。

 ただ、そこに居たのは幼稚園児くらいの頃のわたしだった。この前部屋の片付けをした時に見つけたアルバムに写っていた姿だ。

 小さなわたしはこちらを向いて、ちょいちょいと手招きしている。しかし、わたしに向けてというには少し視線が低い。後ろを振り返って見ると、そこには小さなわたしと同じくらい小さいミケが居た。

 懐かしい姿だ。あの頃は苗ちゃんと呼んでいた。

 苗ちゃんは小さなわたしの手招きに応じて、手を後ろにして忍者走りのように駆けてきた。そういえば、あの頃はこういう走り方をしていたな。そちらの方が早いと思っていたんだった。

 二人は合流すると遠慮のない笑顔を見せ合う。無邪気と言えば月並だけど、何の枷も嵌められずポジティブな感情が直接表面に出ているような印象がある。

 今のわたしはこんな風に笑える自信がない。

 背丈が伸びて色々あって、得るものも多かった分、小さな頃にあったものを失ったような気もする。塗り固めて削って整えての繰り返しはわたしを変える。

 だから、目の前の小さなわたしは今のわたしにとっては他人に等しい。愛おしむ資格すらないように思える。……けれど。

 ロリィなわたしと苗ちゃんは二人並んでどこかへ歩いて行く。その手はしっかりと繋がれていて、どこへどれだけ歩んで行こうとも離れることはないだろう。

 それはとても素敵なことに思える。

 遠ざかる二人を、わたしはその場でただじっと眺めていた。





 パチっと目を開いた。何かとても印象深い夢を見ていた気がするけれど、視界を取り戻すのに押し出されるようにして、その記憶がスルスルと消えてしまった。

 気分が良いから、きっと良い夢だったに違いない。


「あ、起きた」


 声に反応して起き上がると、ミケが漫画本片手に唇を尖らせていた。


「私を部屋に入れておいて寝ないでよね」

「ごめんごめん」


 手持ち無沙汰になっても出て行かずに、漫画を読んで時間を潰していたらしい。律儀なことだなーと感心しつつ、さもありなんとも思った。


「考えごとをしてたらつい寝ちゃってさ」

「最初から寝る態勢だったように思うけど?」

「長考に入ってたんだよ」


 ミケの目が据わっている。言い訳失敗。


「でも、考えごとをしてたって、やっぱりあのラブレターのこと?」

「そうそう」


 日頃眠たいなぁくらいのことしか頭にないわたしにとって、その他に懸案事項なんてない。


「そういえば、夏目、内容については考えてたみたいだけど、誰からもらったのかについてはあんまり考えてないみたいだね。不思議に思わないの?」

「そうだね」


 一目見たときからわかったことなんて、考えるまでもない。


「だって、このラブレターを出したのはミケでしょう?」









 ミケという猫みたいなニックネームを付けられているけれど、夏目の方が私なんかよりもよっぽどネコみたいな性格をしている。

 自然体でマイペース。いつも眠そうな顔をしているのに、透明感があって人を惹きつける。中性的にも見える見た目は、側に寄ると曲線が柔らかく美しい。

 幼い頃からずっと一緒に居た彼女のことを私は誰よりも特別に思っている。

 幼馴染という立場以上に、彼女の存在は私の中でどんどん大きくなっていく。

 できるだけ多くの時間を共有したい。私以外の誰かに隣に居て欲しくない。私だけを見て欲しい。私だけに笑いかけて欲しい。

 止め処なく溢れてくるこの想いは、私の胸の内のどんな感情よりも大きい。

 夏目に可愛いと言われるだけで血が燃えるように身体が熱くなる。

 夏目の言葉は私の心を簡単に揺り動かす。

 敢えてこの気持ちに名前をつけることはなかったけれど。

 これが“好き”とか“愛してる”ということなんだろうなぁ、と思う。

 女が女を好きになるなんて、あまり聞いたことがない。変なんだろうな、おかしいんだろうなって自分でも思う。

 でも、しょうがないじゃないか。

 心はどこまでも正直で、好きになる人は選べないんだから。

 夏目のことだけが好きなんだから。









 わたしが指摘すると、ミケは表情を失って顔色が真っ白になった。あ、真っ白から真っ青になった。顔面蒼白というやつか。順番違うけど。


「な、な、な、なんで、どうして⁉︎」


 青い顔のまま何とか言葉を紡ぐミケ。


「いや、だって、手書きじゃなくて字が印刷されてるのは、筆跡からバレたくないってことでしょう。でも、見て特定できるほどわたしが筆跡を知っているのはミケくらいだよ」


 それに、こんな手紙を寄越してくるほどわたしに関心を持つ人なんて、他に心当たりがない。シンプルな消去法だ。

 ついでに言うと、ラブレターをわたしの下駄箱の中に入れたのは外で体育をやった時かな、多分。


「あぅ、あぅ……」


 動揺してるし反論もないから正解だったらしい。それならそれで、わたしも差出人であるミケに訊いてみたいことがある。


「ミケはわたしの好きな人を聞いてどうしたいの?」

「どうしたいって」

「例えば、他所の誰々くんのことが好きーとか言ったら」

「いやだ!」


 明瞭な発音で否定された。


「どうして、ミケはわたしが他の人を好きだと嫌なの?」

「そ、それは……」

「それは?」


 じーっとミケの顔を覗き込むと、青から赤へと顔色が変わる。不謹慎だけど面白い。


「好きだから」

「ん」

「私が! 夏目のことが好きだから!」


 顔を真っ赤にしたまま瞳を潤ませて、唾を飛ばしながら必死の形相で感情をぶつけて来た。それは純度の高い感情だった。


「好きっていうのは、ラブの方で?」

「ラ、ラブの方で」

「ほうほう」


 ラブの方か。わたし、愛されちゃってるらしい。照れ照れ。


「で、愛しているわたしの想い人が気になって、ついラブレターを出してしまったと」

「うん」


 髪を振りながら大きく頷かれた。そうかー。


「ミケはわたしと付き合いたいの?」

「え、う、うん」


 またも大きく頷かれた。


「付き合うって何するんだろうね?」

「え、えーっと……」


 これは咄嗟に返答がなかった。少し考えている様子だ。訊きながらわたしも考えてみる。

 うーん、うーん、……はっ⁉︎


「まさか、えっちなことを考えているんじゃ……」


 わたしは両腕で肩を抱きながら、ミケから一歩離れてみた。


「う、え、あ、ち、ちがっ、違うからっ!」


 髪が乱れるのもお構いなしに、ミケは首を横に振った。……何だか肯定を慌てて呑み込んだような気配があったので、そういうことに関心がないこともないのかな。ま、追及はしないでおく。


「付き合うっていうのは、えっと、そう、一緒に登下校したり、休みの日に一緒にお出かけしたり……」

「いつもしてるじゃん」

「あぅ」


 付き合うってそんなものなのかな。それだけなら別に幼馴染で十分だろうけど、話していて、ミケの求めていることが段々わかってきた。

 多分、特別な繋がりのことを言っているんだと思う。身体的にも精神的にも、他の誰とも替えが利かない強い結びつき。幼馴染だからということじゃなくて、わたしがわたしだから、ミケはわたしのことを欲している。

 では、わたしはどうなのか。今まで求めたことはなかったし、ミケは好きだけどラブゥな意味で考えたこともなかった。ミケと居るのは居心地が良いし、もしも離れることになったら、経験がないからわかんないけどきっと寂しく思う。

 付き合うイメージとして、何故か幼い自分とミケが並んでどこまでも歩き続ける姿が浮かんだ。そんな姿が自分の目にはどう映るか、どう感じるか。


「……良いね」

「え」


 わたしの小さな呟きにミケが物凄く喰いついてきた。そりゃそうか、わたしの方からはまだ何の気持ちも表明していないのだから。

 わたしは改めて真っ直ぐにミケのことを見つめる。


「良いよ。付き合っちゃおうか」


 そう言ってわたしが精一杯微笑みかけると、ミケの顔はさらに赤みが増して目を回し始めてしまった。まるで上気せたみたいになっている。


「おーい、大丈夫かー?」


 顔の前で手をひらひら振ってみても反応がない。


「これは夢……これは夢……」


 そう小さな声でボソボソと言っているのが聞こえる。

 夢なものか。夢は寝て見るものだ。さっきのわたしみたいに。あんまり覚えてないけど。

 夢じゃない証拠に頬を摘んでやろうかと思ったけれど、咄嗟に閃いて、わたしはミケに顔を近づけた。


「しっかりしておくれ、彼女さん」


 わたしも彼女だけどね。

 囁きながら、わたしは唇をミケの柔らかい頬に押し当てた。

 そんなこんなで。

 情緒に欠けたやり取りを交わしつつも、わたしはミケと付き合うことになったのだった。





 人は何故人を好きになるのか。

 好きというのが既に理由みたいなものだから、そんなことで思い悩まなくてもわたしたちの未来は開けている。

 哲学終わり。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とてもとても良かったです、、!!! 物語に透明感がありながらも、しっかりと深いお話で、とてもキュンキュンしながら読ませていただきました! お世辞抜きに、モンブランさんの作品はとても感情を…
2020/05/18 20:58 退会済み
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