第8話
「どうすれば……」
弟の寝顔を見る。
無邪気な顔で寝ている。
それは自分の身に起きていることをまるで何も気にしていないよう。
守らなきゃ。
自分が。
「テト、お姉ちゃんが、守るからね」
ミイナはそう言い伝える。
強い、強い決意だった。
自分で何かを決めることはあまりしてこなかった、する必要もなかった。
両親が喜ぶこと、家族のため、人が喜ぶことは考えて動くことが出来た。
だが、今あるのは自分が弟を守ろうという気持ち、自分のための気持ち。
翌日起きると、家族はいつもと変わらなかった。
昨日の話は全て嘘のようだった。
父も母も疲れた表情をしているように見えたのは、ミイナの観察眼が鋭くなっていたからに違いない。
「じゃあ、仕事に行ってくる」
「行ってらっしゃい、お父さん!」
私は父を笑顔で送り出した。
いつもよりも元気な声で。
自分が笑顔でいなければ、と思った。
父はぎこちなく笑っていた。
母の顔は笑えていなかった。
「ミイナ、私もお仕事をすることになったの、だから日中は少しお留守番が増えるかもしれないのだけど、ごめんなさい」
「うん、分かったの。行ってらっしゃい」
私は母を笑顔で送り出した。
いつもよりも可愛い笑顔で。
自分が支えなければ、と思った。
私はテトと二人きりになった。
二人で過ごす時間が増えた。
定期的に薬草を採りに行った。
ハーブウルフのグループともすっかり仲良しになった。
いつかテトにも紹介したいと思っている。
私は、私が笑っていれば、私が両親を支えていれば、普通の生活を続けられると思っていた。
テトの病気はそんなに進んでいないようにも思えた。
お母さんが時々持って帰ってくる薬も効いているように思えた。
お母さんはきっとその薬のためにお金を稼いでいるのだろうなと思った。
テトを殺すなんてそんな話は出なくなった。
家族がまた元通りになった気がした。
テトの笑顔が減った。
理由はよく分かった。
バラバラだった。
みんなバラバラだった。
私は笑顔でみんなを支えた。
どれだけ苦しくても泣くのは夜だけにした。
毎日嘘でも笑顔を作り続けた。
お父さんが仕事を失った。
そんな病気のある家族の人間は要らないって。ストレスからか、お酒をよく飲むようになった。
言動が狂暴になり、時々お母さんや私を殴った。
お母さんも仕事を失った。
薬を買うお金も無くなり、自室に籠って一日中、自作の薬の生成をしていた。
時々部屋から出てきては、薬がうまく作れないって嘆いていた。
励まそうと話しかけると頬を強く叩かれた。
私は笑顔でいた。
私が笑顔でいると、両親はまるで化け物を見るような目で見てきた。
時々、暴言を吐かれた。
私がだめになったら、誰がテトやこの家族を守るの?
両親が家にいるから、薬草を採りに行けなくなった。
テトの症状が悪くなっていくのは、きっと薬の有無じゃなかった。
「守るの……家族も、テトも……私がしっかりしなきゃ……お姉ちゃんだもん……」
自分に強く言い聞かせる毎日だった。
涙も出なくなった。
辛いかどうかももう分からなくなってきた。
自分で自分を痛めつけることが増えた。
現実がうまくいかなくて、自分を責めた。
叫びたくなるくらい、苦しい悲しいの思いを押し殺して、耐えていた。
弟は私がそうしていると、そっと手を握ってくれた。
「……ありがとう、ありがとうね」