7、悪く無い!
7、
今晩の夕食は、カレーと温野菜のサラダだ。
重苦しい雰囲気の中、桃花が皿に盛られた鮮やかな緑の一房をフォークでつつきながら呟いた。
「ブロリー嫌い」
「それ……伝説の超サイヤ人ね?これブロッコリーだから。桃、マヨネーズつけてみたら?美味しいよ?」
菫が桃花にそう言うと、葵も便乗して言った。
「そうだよ~美味しいよ~桃花~」
しかし、そんな会話もすぐに険悪な雰囲気の波に飲まれてしまう。
「………………」
すると、緑が呟いた。
「カレーが良かった」
「え?緑、今日は緑の好きなカレーだよ?」
葵が緑にそう言うと、緑はスプーンを乱暴にテーブルに置いた。
「こんなのお母さんのカレーじゃない!お母さんのカレーが良かった!」
「緑!」
緑はそういい放つと、自分の部屋へ行ってしまった。
どうしてこうなったのか……
発端は、夕方のスーパーでの事だった。スーパーたまや。商店街の近くに新しくできた中型スーパーだ。
そこにはたまたま、緑と緑の同級生が居合わせた。
「イリス?」
「何?あいつ知り合い?」
「あ……うん……」
私は敢えて堂々と未会計の商品を持ち、外に出ようとした。
「あいつ何やってんだ?」
すると……スーパーのエプロンを着た中年男の店員が、すぐにこちらにやって来た。
「ヤバい!逃げるぞ!」
「え?でも、イリス……」
緑の同級生はそのエプロンを見ると、皆逃げて行ってしまった。残された緑は、私に逃げるように言った。しかし、私はその場に留まった。
「お兄さん、それレジ通してないよね?ちょっとこっち来てもらえるかな?」
案の定、私は万引きで捕まった。その後、私はスーパーの裏の事務所に連れて行かれた。
「お兄さんお金は?」
「持っていない」
「お金持って無いのにお店の物を持ち帰っちゃいけないでしょ」
そんな事は当たり前だ。それぐらい悪魔の私にでさえ当然の事だ。
私が緑の方を見ると、緑は黙って下を向いていた。緑は私が心配になって後をついてきた。
事務所のドアを閉めようとすると、店員が緑の存在に気がついた。
「彼は……息子さん?」
「違う」
「じゃあ……弟?」
「それも違う」
店員は深いため息をついて紙とボールペンを机の上に出した。
「何でもいいけどさ、ここに住所と名前書いて。あんた子供連れて万引きなんて何考えてんの?」
「緑は私の子供ではない」
「それ、この子をかばってる?君!持ってる物があるなら出しなさい!」
すると、店員が緑に近づき調べようとした。
「お、俺は何もしてない!」
「本当?君、この人の知り合い何だろ?だから一緒について来たんだよね?」
緑は何も言わず下を向いた。
「じゃあ君はどこの小学校?お家の人の名前は?」
「学校に……言うの?」
学校に連絡すると聞いて、緑は精一杯首を横に振った。
私が木原家の電話番号を書くと、店員がその番号に電話をかけた。朱莉が出ると思ったが、その日たまたま早く帰宅していた菫が電話に出た。
その後しばらくすると、朱莉が血相を変えてやって来た。
「すみません!すみませんでした!この人、少し、いやかなり頭がおかしくて……あの、代金お支払いします!」
「君がご家族……?」
店員は朱莉の制服姿を見て驚いていた。
「えーと、あの~娘さん?」
「いえ、違います」
「妹さん?」
「違います」
「え?まさか奥……」
「絶対に違います!」
朱莉は店員から事の経緯を説明され、私が持ち出した商品の代金を支払った。
「こしあん1キロ398円!?何これ!?」
「見ればわかるだろ。こしあんだ」
「そんなのわかってるよ!こんなのいる?」
たまたまそこにあった物だ。いるかいらないかは問題ではない。
「万引きする者の心理としては、必要無くとも罪を犯す場合もある」
「はぁ?何言ってんの?頭オカシイんじゃない!?」
既に人の事を頭がオカシイ扱いしておいて、今更何を言っている?
木原家に戻ると、桃花と菫が玄関で私達を出迎えた。
「みんなお帰り~!」
「ただいま……」
私と緑はいつものようにリビングに正座させられ、朱莉に説教を受けた。
「悪魔だから、世間の常識を知らないのは仕方がない。だけど緑はわかるでしょ?どうしてイリスを止めなかったのよ!」
緑は黙って下を向いていた。
「やだ!朱莉、私カレールゥ買うの忘れてた!よ~し!こうなったら私が味つけを……」
「待って!お姉ちゃんは味付けしないで!」
菫は極度の味オンチで、殺人的な料理を作り上げる天才だ。それがわかってからは、決して上手くはないが料理は必ず朱莉がするようになった。
「どうしよう……やっぱり今から買って来る!」
「それならあるぞ?」
私はダイニングテーブルに超絶甘口カレーのルゥを出した。
今朝朱莉が何やら煮込んでいる事を知り、今度こそ自分好みの超絶甘口に仕上げようと、超絶甘口カレーのカレールゥを買っておいた。
「ちょっとそれ、盗んだやつじゃないの!?」
「失敬な!ちゃんと購入した」
朱莉にしっかりと購入したレシートを見せた。テーブルに置かれたレシートを見たのは菫だった。
「本当だ。これ、夕方にちゃんと買ったみたいよ?」
「お金、無かったんじゃないの?」
「無い」
すると、桃花までもが訊いて来た。
「りっちゃん、ルーを買ったらお金無くなっちゃったの?」
「そうではない」
「はぁ……?まさか、わざと万引きしたの?何のため?私達を犯罪者の家族にしたいの?」
朱莉は顔を赤くして、今にも泣きそうな顔で声を荒らげた。
「ただでさえうちはお母さんがいない……そんなの、母親がいないせいだって言われるじゃない!」
そこからは、朱莉は止まらなかった。
「全部パパのせいになるんだよ?あんたには関係無いかも知れないけど、こっちは迷惑なの!今すぐ出て行って!」
「まぁまぁ、朱莉」
「お姉ちゃんは黙ってて。私達はお母さんがいなくても、この一年ちゃんとやって来れたの。もうこれ以上、家の中をかき乱されたくない!」
朱莉にそう言われ、私は黙って本の中に戻った。
それからの会話は、本の中でひっそりと耳を傾けた。
その後、朱莉はカレールゥを買いに行ってカレーをしあげた。そして葵が帰って来ると、重苦しい雰囲気の中食卓を囲んだ。それから緑の「こんなのはお母さんのカレーじゃない」発言だ。
「緑……」
緑の部屋へ行って葵が話を聞いた。
「違うんだ。イリスは悪く無い。イリスはきっと……僕にどうなるか見せたかったんだ!僕、夕方友達同士で度胸試しって言って……」
「友達にやめようって言え無かった?」
「言えないよ……だって、やっと遊んでくれるようになったんだ!」
母親亡くした緑に友達はどう接していいかわからず、緑から距離を置いた。それは悪気がある訳ではなく、悪者にならない為の防衛本能のようなものだ。
「緑が堂々としていれば、友達は離れていかないよ。離れて行ったなら、その子とは縁が無かったと思って別の友達と遊べばいい。緑には沢山友達がいるよね?」
葵の話が響いたかどうかは知れないが、次の日の朝に緑は朱莉に謝った。すると、朱莉は神妙な顔をして緑に効いた。
「お母さんのカレーが良かったって……本気なの?」
緑は黙って首を横に振った。
「………………良かった~!緑まで味覚オンチかと思った!だよね~そうだよね~!」
「うん、お母さんのカレー……すっごく不味かったよね……」
そう、真白のカレーは不味い。半端無く辛く、得体の知れない苦味と酸味が口の中に襲いかかって来る。正に地獄のカレーだ。
「別に、もうあのカレーを食べなくて済む~とか思ってるわけじゃないんだ。でも、あの頃は楽しかったなぁって……最近イリスが来て、何だか楽しくて……少し、お母さんの事思い出した」
すると、朱莉は少し頷いて緑に言った。
「早く着替えて支度して。あと……イリス召喚して来て」
「呪文知らないし」
「そんなの適当でいいから」
コラコラコラ!そこは適当にするな!
やれやれ、仕方がない。今回だけだぞ?
今回だけは、召喚されてやってもいい。