4、似てる!
4、
お父さんは、夕御飯の前にみんなにイリスを紹介した。イリスは代々木原家の女性に仕える執事みたいな人らしい。お父さんはそう言っていた。
執事って……うち、そんなにお金持ちじゃないよね?
それから、一緒に夕御飯を食べた。カレーが辛くて食べられないとか、見た目とのギャップに驚いた。次回からカレーじゃなくてチョコレートをかけて欲しいと言われて、頭がオカシイ人なんだ……と思った。
あの人……つまりはお手伝いさん?いつまでうちにいるんだろう?まさか住み込みとかじゃないよね?
お風呂上がりに自分の部屋へ向かうと……イリスが私の勉強机の椅子に座っていた。
「え?は?ちょっと!」
人の部屋に勝手に入り込んで何やってんの!?この人……人なのかどうかは疑問が残るけど……いや、とにかくこいつ、マジな変態!
「明日は私が桃花を保育園へ連れて行く」
「はぁ?」
こいつ……桃花、桃花って……まさかのロリコン!?
「……今の私にできる事はそれぐらいだ」
イリスは机にあった私のノートを勝手にペラペラめくり始めた。
人のノート勝手に見ないでよ!
「別に、あなたの力を借りなくても平気です。明日も私が送って行きます」
私はそう言って、ノートを閉じてイリスの手から取り上げた。
「それでは遅刻だろう?」
そう、桃花を保育園へ送ると遅刻する。
桃花の通う保育園は早くて7時半から。そこから学校まではどう頑張っても35分。8時にはどうしても間に合わない。担任には訳を話してるけど、教室に入る時は毎日かなり気まずい。
「そんなに意地を張るな。私に命令すればいい」
「命令って……あの、うちはあなたを雇えるほど余裕なんかない。帰ってください」
「対価は既に受け取っている」
お父さん、前金払っちゃったの!?
「それ、今すぐ返して」
「返す事はできない」
「もう使っちゃったの!?」
この人、実は相当クズなんじゃ……
私が警戒していると、イリスはペンを私の目の前に突き出して言った。
「その警戒心は今更無駄だ」
「はぁ?」
「その懸命な警戒心は今朝の方が必要だった。何故私を桃花を抱えたまま玄関に待たせた?もし私が変質者ならどうなっていた?確実に桃花は拐われていたぞ?」
そんなのわかってる。でも、現実問題、桃花は無事でいる。それでよくない?
「私のような怪しい者を簡単に信用して桃花を置いて行くなど、全く危機管理がなってない」
自分が強引に桃花を連れ出したクセに、よくそんな事が言えるよね。こいつ、本当に本物の悪魔かもしれない。
「責任が伴うという事だ。しかし……一番の非は葵にある。お前に任せたのは葵だ」
「……は?お父さんが悪いって言いたいの?」
どうしてお父さんが悪く言われなきゃいけないの?ふざけないでよ!
「お前一人だけに桃花を任せられないだろう?だから……」
「私じゃ力不足だって言いたいの?」
「そうは言っていない。そう噛みつくな」
だって、要するにそうゆう事だよね?そう言ってたよね?
私が鼻息を荒くしていると、悪魔は深くため息をついた。
「お前をちゃんと学校に通わせる事も命令の一つだ」
「命令……?誰の命令?」
それはきっと、前の持ち主。前の持ち主は……
お母さん。でも、お母さんはもういない。
「ねぇ……今は私が主じゃないの?」
「…………そうだな…………」
イリスは力無くそう言うと、それ以上何も言わなかった。
すると突然、イリスの顔が変なおじさんになった。
「えぇっ!?」
「そうだ。私が変なおじさんだ。変なおじさんには桃花は任せられないだろう?」
「声まで似てる!」
めちゃくちゃ似てる!どこからどうみても、そこには志村けんがいた。
「え?じゃ、じゃあバカ殿は?」
私がリクエストすると、イリスの顔がすぐにバカ殿の顔になった。
「アイーン!」
「す、すごーい!」
私は感動して思わず拍手をしてしまった。めちゃくちゃ似てる!似てるというより本人そのもの!?バカ殿ファンの私は一気にテンションが上がった。
「バカ殿ファンとかモテねぇな……」
「うるさいな!」
そんな事を言っていると、すぐに元のイリスに戻ってしまった。あぁっ!もう終わり?生バカ殿もうおしまいなの?
「すごーい!じゃないたろ。変なおじさんだぞ?警戒しろ」
いや、でも実際に変なおじさんが出て来るわけがないし……あからさまに怪しい人って、逆にギャグだし。
「イリスって……物真似ができるんだ!」
「物真似ではない。変化だ」
ヘンゲ?変化って……
「それ、タヌキとかキツネがやるやつ?」
「そうそう、人間を化かすのは同じ……ってコラ!!私にノリ突っ込みをさせるな!!」
いや、そっちが勝手にやったんじゃん!
「信用できないのはお互い様だ」
「お互い様ぁ?そっちのが断然怪しい!違う!怪しいのはそっちだけ!」
いくらお母さんやお父さんの知り合いでも、私は信用できない。だって、悪魔だとか言ってるし。
だけど……前金が返してもらえないなら、なるべくこき使うしかない!
「保育園の先生に説明するから、明日は一緒に行く。明後日からは……お願い」
「お願い?それは命令か?」
「命令……じゃない。お願い」
『お願い』と言うと、何故かイリスは黙ってこっちをじっと見つめた。
何?何なの?やっぱり返すとか?
「あいつと同じだな……」
「あいつ?」
「やっぱり親子だ」
あいつって……お母さん?似てる?お母さんと?私が?正直……お母さんと似てると言われてもピンと来なかった。
私の中のお母さんは、いつも忙しそうで「朱莉なら自分でやれる」そう言っていつも私の事は後回しだった。そんな記憶しかない。
「もう……寝るから出て行って!」
「それはできない」
「はぁ!?」
ちょっと待って?ここで寝るつもり!?いやいやいやいや!無理無理無理無理!!
部屋は狭いしベッドは一人用だし……いやいやいや!一緒に寝るとかあり得ないし……
悪魔とか言ってこいつただの変態じゃん!!
「何を勘違いしている?」
イリスはそう言うと、椅子の上に立ち上がった。
え?
「じゃあ、明日また私を召喚しろ」
「召喚?それどうやるの?」
そして、イリスは今朝捨てようとした薄汚い本を開くとその中に足を入れた。
え?
あっという間に下半身が本の中に入っていって、最後に自分で本を閉じながらその姿を消した。
え……
えぇえええええ!?