3、辛い!
3、
私は純粋なる悪魔、イリス。過去の過ちで呪いをかけられ、人間に仕える使い魔となった。
この私に人間ごときに召喚され、人間の使い魔になるなど……以前は考えられなかった。しかし、今では慣れて来た。代替わりも何度も経験してきた。
朱莉で何代目になるだろうか?すぐに持ち主が替わったり、替わってすぐに死んだ者もいる。
「お~い!リス~!」
「リスではない!」
しかし、使い魔のこの私がシッターとは……
「タ~ッチ!イリスの鬼~!」
シッターなど……そんな屈辱的な事が……
「りっちゃん、鬼だよ?」
「鬼では無い!悪魔だ!」
あってたまるか!!
私は全力で子供を追いかけた。
私は走るのが苦手だ。いや、嫌いだ。死ぬほど嫌いだ。実際悪魔だから死ぬ事はないが……これも主の命令だ。契約だ。仕方がない。
ならば主の許しが出るまで、全力で走り続けるのみだ!
「リス、足おっそ!」
「リスではない!イリスだ!」
全力で走っても、緑に全く追いつかない。木原姉弟の唯一の男児。木原 緑……こいつ、もしや普通の人間ではないのでは!?素早い身のこなしで、猿のようにあちこちよじ登る。もはや猿だ。
「追い付いてみろよ!リス~!」
「うるさい猿!」
かれこれ一時間ほど経つが、いまだに公園で走らされている。元凶はこのクソガキ、緑の『鬼ごっこをやろう』という提案からだった。おとなしくそこら辺の砂でもいじっていればいいものの、鬼ごっこなどやりたがった。
緑はたまにおちょくりながら、わざと鬼になりに来て私を追い回す。緑、お前こそが本物の鬼畜だ。
「リスはすぐ鬼になるから、なんかすっげ~つまんね~」
「リスではない!イリス!鬼では無く悪魔だと言っているだろうが!」
「りっちゃん、大丈夫?」
すると、隣で桃花が私の顔を見上げていた。
こんな幼児に心配されるなど……私も落ちぶれたものだ……この鬼になりきるゲーム、なかなか奥が深い。知力と体力を使い……
すると、桃花が私にその小さな手のひらを膝に押し付けて来た。
「タ~ッチ!今度は桃が鬼になるね!りっちゃんの代わりに桃がお兄ちゃんを捕まえてあげる!」
まさか……幼児に気を使われるとは!!その深い慈悲!この小娘、悪魔である私に対し対しなんという辱しめ!!
「あー!あーちゃん!」
そこへ、朱莉が迎えに来た。
「みんな、夕ご飯できたよ~。そろそろ帰っておいで~!」
ようやく終わりか?やっと帰れる!!
「朱莉、今日カレー?カレーか?」
「はぁ?緑、一昨日カレー食べたでしょ?昨日も給食に出たし」
緑はカレーバカだ。カレーなどという悪食……あんなものよく好んで食べるものだ。
「リスも食べるよな?」
「カレー以外なら」
そもそも、朱莉の料理が下手なのがいけない。あの時もそうだ。
あれは初めて召喚された日の晩の出来事だった。
私は家族の晩餐に招待された。そこにだされたのはカレーだった。ダイニングテーブルに座らされ、何故か全員にスプーンを運ぶ姿を見守られた。
私は周りに視線を注がれる中、最初の一口を口に入れた。
「かっらっ!!」
「えぇっ!!」
全員が私を見て驚愕していた。
すると、長女の菫が朱莉に耳打ちしていた。
「意外……悪魔とかって言って粋がってるからてっきり……」
「菫!私は粋がってる訳ではない!」
「いきなり呼び捨て!?」
菫とは子供の頃に何度か面識があった。しかし菫は私の事などすっかり忘れていた。
朱莉がカレーを取り替えてくれた。私が手をつけようか迷っていると、葵が言った。
「イリス、今度は大丈夫だよ。こっちは子供用の甘口のカレーだから」
「何だよ、こいつ見た目オヤジなのに舌が子供じゃん~」
「緑、人は見た目じゃないんだよ」
いや葵、私は人でも無いんだが……それはお前は十分に理解しているだろう?
葵は私の事を新しい家族だと言って紹介した。私は人になった覚えも家族になった覚えもない。
「私は契約を守るだけだ」
「けーやく?って?」
「お前達の母親から、朱莉に引き継がれた」
私は改めて、契約の説明をした。
「つまりは、ねーちゃんの使いっぱ?って事?」
「使い魔だ!」
こいつは言葉使いがなってない。緑にはしつけが必要だな。
「桃花~シッターさんだよ~」
「菫!だから、私は使い魔だと言っているだろう!」
菫は相変わらずだな。図体は大きくなっても中身は昔と少しも変わらない。天然というよりアホだ。
「お手伝いさんの方がわかりやすいんじゃない?」
「だ、か、ら、使い魔!お前達人の話を聞いているか?」
朱莉は私の話は完全に無視だな。これが主だと思うと、先が思いやられる……。こんな扱いを受けるなど、聞いて無いぞ?真白!!
「でもね、この人が桃花をおばあ様の家まで運んでくれて助かったの」
「そうだったんだね。ありがとうイリス」
葵は柔らかな笑顔で私にお礼を言った。私にお礼を言うのはお前くらいなものだ。相変わらず鈍重な奴だ。
「さ、ご飯食べよ!」
「いただきま~す!」
「りっちゃんも食べよ?」
りっちゃん……?それはもしや……私の事か?
「りっちゃんに桃のウサギちゃんのスプーン貸してあげる!」
桃花は私にウサギのスプーンを手渡して来た。
何だ?……お前、その聖なる瞳で私を浄化し滅ぼすつもりか?私がスプーンを受けとると、天使のような笑顔でこっちを見ていた。
「どんなスプーンで食べても味は同じだ」
そう言ってウサギのスプーンを乱雑にカレーに突っ込んで一口食べた。
「りっちゃん、美味しい?」
「不味い」
「えぇえええええ~!こんなにうまいのに!お代わり!」
緑はカレーを食べ終えると、お代わりをしていた。
「さっきより……マシだ。しかし、やはり辛い」
「え……まだ辛いの!?」
「これ以上甘かったらもはやカレーじゃないよね?」
葵や菫が初めてなら仕方がないと言っていたが、本当はカレーは初めてじゃなかった。
あいつが食べたがったんだ。
真白が……家族を懐かしんで、甘い甘いカレーが食べたいと言っていた。
あの時はどこにも甘いカレーは無くて、仕方がなく辛口と書かれたカレーの缶詰めを差し出した。
「え?缶のまま……?お皿にうつしたりしない?」
「皿など無い」
「あーまぁ、お皿に入れたからって味は変わらないよね!」
そうだ。皿に入れたところで、どうせそのカレーは甘くはならない。
「辛い……辛いってさ、ツラいと同じ字だよね……」
真白は一口食べると、それ以上口にする事はなかった。
「でも……イリス、カレー、見つけて来てくれてありがとう」
その後、残されたカレーがどんなものかと一口食べてみると……
涙が出るほど辛かった。
それに比べれば、このカレーは恐ろしく甘い。
「これが……家族のカレーの味か……」
再び食べたカレーの味は、あの時よりかなり甘かった。甘すぎて……
甘いのか辛いのか……よくわからない味だった。