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翻弄されしデミウルゴス  作者: アメカラメ
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case 02 なんか、居た鬼




 誠はゆっくりと頭を引っ込めて、隣の礼人の如く、姿勢正しく席に座る。

 鬼とは、比喩で言ったつもりだが。比喩になるのかどうか。

 誠が見た、そのいでたちは、黒いスーツ、黒いコート、黒いブーツ、黒い手袋。

 それだけなら、遊園地で高校生男子の見た目を子どもにしてくれそうだ。

 問題は、頭を覆う黒いヘルメット。

 普通のライダーヘルメットより、小さく、頭の形状にフィットさせているように見えるが、異常なのは、ヘルメットの正面、顔面部。 

 その構造は、まさしく、睨みを利かせた金剛力士像の表情を思わせる。

 目の部分は濃紺に光を反射するレンズが埋め込まれ、口に当たる部分には、網目の構造が嵌め込まれていた。

 そして、左右のこめかみの部分から、斜め上に謎の突起物が生えており、それが角を彷彿とさせる。

 総合すると、まさしく『鬼』であった。

 何者だ?人、であろうか?でなければ困る。でなければ、怖すぎる。

 しかも、あの叫び声が轟いてからの登場。恐怖心をより助長した。

 鬼は入ってきたドアのところで、車内を見渡すと、ゆっくりと通路を進み始めた。

 走行するリニアの車体が風を切る音は、外壁でほぼ防音され、車内の誰もが、沈黙している。

 よって、鬼が歩く音が車内によく響き、誠や他の人たちの鼓膜に真っ直ぐ届いた。

 ゆっくりと、一歩ずつ、着実に近寄ってくる足音に、誠は硬直する。

 そして、俺の座る席に足音が差し掛かった。

 俺は視線を通路に向けてしまった。

 鬼は俺たちの席を一瞥した。俺は、鬼と目が合った。

 鬼は足を止める。その蒼く怪しく光る滑らかな眼に、誠の顔が映る。

 だが、鬼は何かを言うでもなく、ただ無言で若者を見つめる。

 何をしたいのか、その真意は、黒い面相に覆われて理解できない。

 鬼と誠に挟まれる形となった礼人は、人形のように動かず。死んだ表情で真正面を向いていた。

 断言しよう。彼の見た目は天使だが、助けてはくれない。

 何が起こる、何をされる、どうなってしまうのか。誠の頭の中で目まぐるしく、言葉と感情が渦巻き、若い心臓が、強く激しく鼓動する。それが、恐怖の証である、と誠自身が認知したとき。

 鬼は、誠から視線を外し、前を向いて、また歩き始めた。

 見つめ合ったのは、ほんの数秒ほど。だが、混乱で時間の感覚がマヒしていた誠にとっては、もっと長く感じた。

鬼が後ろのドアを閉めたのを音のみで確認した後、誠は、恐る恐る頭を出し、鬼が去ったことを改めて目視で確認した。そして、解放感に包まれると、肩から自然と力が抜ける。

 車内は、一気に吐息が沸き起こる。皆、本能的に息を潜めていたらしい。


「何だったの、あれ?」と魂を取り戻した礼人が、震えた声で問いかける。


 だが、正面から間近でその姿を観察した誠にも、わからなかった。

 やがて、誠の意識と脈拍が平常に戻ると。窓から光が差し込む。

 一瞬、目を細める。暗さに慣れていくと、徐々に(まぶた)を開け、窓の外を見た。

 リニアは、遂に、地上に出てきた。

 目の前に広がっていた景色は、灰色の大地。

 それは、コンクリート片などの、無数の瓦礫によって地面が埋め尽くされているからだ。

 人々はそれを知って、この風景を『瓦礫の海』と呼ぶらしい。

 誠たちにとって、この風景は、終着点を意味する。つまり


「あれ!」と礼人が声を張り上げた。


 誠は、目の前の窓から振り返ると、礼人が、通路を挟んで、反対側の席の窓を指差していた。

 誰も座っていなかったので、二人でその席に移動し、窓を覗く。

 そこから見えた外の風景には、向こうと同じ瓦礫の海。さらに奥には、長く連なる壁。そして、その壁の向こうに(そび)える塔が、黄金の炎を(たた)えた蝋燭(ろうそく)を思わせた。

 遠くに見えるそれらは、今このリニアに乗り込む全員が目指した場所。


 特別支援自治学校『明現学園(みょうげんがくえん)

 

 車両の外、瓦礫の海では、円筒を半分に切ったような長い構造物が地面から伸びる幾本もの支柱に担ぎ上げられていた。

 構造の正体はレールで、半円の底には、リニアを浮遊走行させるための装置が組み込まれている。

 レールと柱を繋げる機械的な関節が稼働すると、僅かにレールが傾き、その上をリニアが滑らかに走行する。

 上空から一帯を見下ろすと、瓦礫の海に頭を出した巨大なガラスのクジラが、何本ものレールを飲み込んでいるような光景が広がっていた。

 誠が乗るリニアは、カーブに差し掛かり、遠心力で、車体を斜めにさせつつ走る。

 それに伴い、リニアが先頭を学園に向けたため、車内では、窓に映っていた学園の姿が横にそれていき、角度的に見えなくなってしまった。

 

『まもなく、明現学園前に到着いたします』


 荷物をもってください、と、終着のアナウンスが告げた。

 礼人も自分の席に戻り、上の荷物入れからトランクを降ろす。

 誠も、他の人々も、同じく荷物を手元に降ろした。

 

 ホームの入り口、形容するなら、クジラの口に、リニアが突入する。その瞬間、長い車両に侵入された入り口の景色が、画面を汚す砂嵐の如く乱れて歪んだ。現実感を奪う事象は、車内に居る若者たちの視線を窓に向けさせる。

 クジラの口を埋め尽くす景色の乱れは、リニアの車列がホームに入りきるまで続き、車両が入りきると、また、元通り、リニアの姿がない、ホーム内の景色をクジラの口から覗かせた。

 車内に居た数名も、窓の外の景色が歪むのを目の当たりにした。

 しかし、一枚一枚の窓に起こった変化は、一瞬のことで、尚且つ、お互い見知らぬ者同士。一瞬のどよめきが起こるだけで、議論もなく、特段被害もなく、大きな騒ぎにならなかった。

 車内アナウンスが、ステーションのホームに到着したことを知らせる。


 ホームについたリニアは静かに停車。ドアが一斉に開く。

 ラッシュのような混雑はない。出てくる人数は、一つのドアから数人。

 しかし、何本もあるホームのどれにもリニアが停車しており、その全てのドアから出てくる人数を合計すれば、総勢百人近くとなるだろう。

 誠と礼人もホームに出て、建物の規模と造形に圧倒された。

 見上げれば、ガラス張りの天蓋に青空が透き通る。

 誠たちは、今まさに、クジラの舌の上にいる、と形容できた。

 そこから腹の奥へと進めば、エスカレーターと階段が上へと延びている。

 誰もかれも、そこを目指して歩いていく。一方で、異質な方々が目についた。

 駅員らしい帽子とシャツ姿にスーツパンツを履いた人が至る所で歩いている。

 それについては、何ら不思議はない。

 お次は、人型のロボット。アンドロイドと呼ぶべきか?一機しか見当たらないが、これに関しては、誰もが興味をそそるだろう。

 アンドロイドの頭部は、肩からはみ出る程大きい球形で、顔の代わりに巨大なレンズを埋め込んでいる。胴体は細身で、背骨に沿って何本も突き刺さるケーブルが、肩や後頭部、手足に接続させていた。

 一見、作りかけのように見えたが、その動きは、人が入っているのでは?と疑いたくなるほど、滑らかな動きをしており、時折、立ち止まって、腰に手を当てながら、大きな動作で周囲を見渡す。

 その振舞は、どこか愛嬌があった。

 だが、それにもまして、最も異質だと思ったのは、どこぞの軍事部隊を思わせる装備に身を包む人々。

 バイザーのついた厳ついヘルメットで頭部を隠し、青を基調とした無数の四角形で構築された迷彩柄の戦闘服着て、その上に防弾ベストの様な装甲、腕と脛には硬そうなプロテクター、足に頑丈そうなブーツ。

 似たような服装の人は、この日本では、駅はもちろん如何なるところでも、見かけない。

 見たことがあっても、自衛隊のイベントや、サバゲーのイベントなどを除けば、テレビかゲームに限定される。

 しかし、この駅のホームには、そうした服装の人が何人も居る。

 誠が見ただけで、十人以上。目に見えて武器を携帯しているようには見えなかったが、張りつめた空気を感じて、落ち着かなかった。

 その感情は、ここに来たばかりの皆が共有していたらしく。リニアから出た人々の動きは早く、無言で急かされているようだった。

 さらに、それらのプレッシャーに拍車をかけていたのは、誠たちが遭遇した鬼。

 奴もホームを闊歩している。今のところ、被害を出す様子はないが、周りの人々は警戒を隠せない。

 誠と礼人も振り返り、悠然と歩く鬼を一瞥(いちべつ)したが、それ以上は関わらず、前を向きなおして、ホームの奥に向かう。

 

 先に上階に到達したのは、階段で登った礼人。エスカレーターで登った誠が遅れて到着すると、そこには、エントランスが広がっていた。

 あまり凝った内装ではない。大理石の様な質感の白い床、白い壁、ホームと同じガラスの天井。東京駅の内装と比べると、あまりにもシンプル。


 礼人が「あそこに行けば、いいのかな?」と言って、指さす先には、黒い壁に群がる人だかりが見えた。

 誠は、視線を群衆から礼人に戻す。が、先ほどまで隣にいた礼人の姿は見当たらない。その代わりに、赤い壁が迫っていた。

 驚く誠は、一、二歩と下がる。目にしたのは、壁ではなく、空中に浮かぶ、大きな矢印だと判明した。

 浮かぶ矢印は、先ほど礼人が示した方角を向き、そちらへ、ゆったりと、空中を低空飛行している。


「誠!」と礼人の声が聞こえた。


 矢印の上から手が現れる。矢印の向こう側で、礼人が手を振っているのだ。


「向こうに行くみたいだな!」誠が言った。


 誠が確信したのは、人だかりを目にしたのと同時に、浮かぶ矢印の真ん中に、白い文字で、『入園口はあちら』と書いているのを発見したためだ。

 誠は、恐る恐る宙を泳ぐ矢印に触れる。

 指先が触れると、感触はなく、何の痛みもない。さらに手を突っ込むと、そのまま矢印に手首まで差し込んだ。だが、何も感じない。実体がないように思える。


 礼人が「何なんだろうね、コレ?」と不思議そうに聞いた。


「ああ……」と生返事を返す誠。


 次の瞬間、矢印から沸き上がった礼人の顔に、誠は、びくっと肩を跳ね上げた。 

 二人は、矢印の無害性を実証した後、示された方向へ進んでいった。

 道中、周りをよく見ると、先程接触した矢印のごとく、様々な案内表示が空中を漂っていた。

 そのおかげで、お手洗いの場所と、列の待ち時間が約四十分であることが分かった。

 指示された場所に到着すると、人々が列を整然と作って、並んでいる。

 この場にも、空中浮遊式標識が頭上で漂い、人々にきれいな列の作り方をアナウンス付きで説いていた。

 早速、誠と礼人は、用意された列の一つに並び、順番を待つ。

 音声案内で、『学生証明端末をご準備ください』と言われて、一瞬なんのことだ、と思った誠。

 だが、周りの手元と、記憶の中の名称を思い出し、すぐにあの『偽スマホ』のことだと気が付いた。

 誠と礼人は指示通り、黒い端末を手にもって待機する。

 壁のドアが開く。『お入りください』のアナウンスが聞こえ、開いたドアに人が入る。

『ドアが閉まります。ご注意ください』のアナウンスの後、ドアが閉まる。

 五分ほど待つ。ドアが開く。この繰り返しを数回繰り返した。

 途中、列の先頭の方から、ブザー音が響くと、何やら不穏な空気が漂い、ざわめきが聞こえてきた。

 同時に、後方から、あの戦闘服の一団が周囲の人に頭下げながら、駆け込んでくる。

 突如、開いたドアから金髪の少年が弾き出された。

 戦闘服の一団は、人々の列を掻き分けると、狼狽える金髪の少年を何も言わずに取り押さえ、連行していく。

 周囲はその一部始終を目に焼き付け、金髪の少年が発する動揺の声を耳に刻んだ。

 お互い顔を見合う礼人と誠に加え、その場にいた若者たちは、表情を凍てつかせる。

 その後、またドアの開閉が繰り返された。

 とうとう、誠の前の人がドアに入っていく。しばらくすると、ドアの向こうから、何やら叫び声にも似た声が聞こえた後、静まり返る。

 生唾を飲み込んだ誠に、順番が回ってきた。

 目の前のドアが開く。中には、先ほど入った人は、いない。

 誠は一歩前に踏み出すと、後ろを振り返り、不安げな表情を向ける礼人を見て、こう言った。


「向こうで会おう」


 気障っぽい誠のセリフに、礼人は気が紛れたのか、苦笑を浮かべる。

 誠は、それを見届けると、前を向き、開け放たれたドアの奥に入っていった。


『ドアが閉まります』


 アナウンスの言う通り、二枚のドアが左右から迫り、静かに閉じる。

 誠の背中を見送った礼人は、思い出す。


 ついさっき、浮かぶ矢印から顔を出して誠を驚かせた時。

 誠の瞳の縁に沿って、蒼い光の円環が浮かんでいた。

 気のせいだったのだろうか。聞けばよかったのだろうか。そう思いつつ、自分の胸が(いさ)める。


「僕たちには…言いたくないことも、言えないことも、ある、よね?」


 その呟きは、本人以外、ほかの誰にも届くことはなかった。







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