7.夜の捜索
「この調子なら、明日には街の中は片付いてしまいそうだな」
夜の街を歩きながらクレフはそう言っていた。
確認した虎顔の獣人はもう5人、このブロックにはあと1人だ。
赤髪の男があと5回で街の全域を調べられるのならば、本当に明日一日で終わるだろう。
「街の中だけで終わらなかった場合が長いのだろうが」
カーラは退屈そうにそう呟いていた。
手分けして人に聞きながら探して回り、確認を取る筈だったのが、全員揃って目的地までただ行くだけの仕事になってしまったのだ。これでは、こんなに人数が居ても仕方がない。
帰って寝たいと言い出さないのが不思議なほどだった。
「そういえば、この人のお名前は」
スゥが、隣を歩く赤髪の男を示しながら言う。
はたと気付いたようにクレフとカーラは顔を見合わせていた。
「……聞いていなかったんですか?」
呆れたように言うスゥ。クレフは頭を掻きながら答える。
「ああ、いや、うん……こんなに道連れが長引くとは思っていなかったしな」
「お前の頭も鈍ってきたのではないか?」
カーラに言われて何も言い返せない。こんな事は普段ないはずなのだが。
「ツヴェルケルだ」
赤髪の男は言っていた。そして、続ける。
「そういった事に思い至らないのは、仕方ないと思う。俺は、人の記憶にはあまり残らない」
「確かにねえ。そんな分かりやすい格好してるってのに、存在感が薄いんだよなあ」
アーベルは同意するように言っていた。
そうだ、まるで、記号のようだった。
その姿に意味がなく、目立つのに何処に居ても気にならないような。
それだけに、先程彼が笑った瞬間、彼がいきなり人になったような気がしてクレフは驚いたのだ。
その時ふと、スゥが足を止めていた。少し遅れて全員が止まる。
「どうしたんだ、スゥ」
「いえ……何でしょう。いきなり辺りから音が無くなったような」
「ふっ」
「ふっ」
「ふっ」
そんな声と共に、3つの影が道へと降り立ったのはその直後であった。
「なかなかに勘のいい娘よ」
「女二人に男がみっつ、少々多いが仕方あるまい」
「夜道の散歩は危険だと、お母さんに教えられなかったのかね」
「またこのパターンかーいっ!」
叫ぶアーベル。眼前に立つヴァンパイアロード3人は心外そうに呟く。
「我々独自の芸風だと思っていたのだが」
「誰ぞに真似でもされたか」
「仕方あるまい、かっこいいゆえ」
「貴様らは種族揃ってそうなのか……?」
呻くように言うカーラ。頭痛を堪えるようにこめかみを指で揉んでいた。
「まぁ、良いわ」
「殺しまでする気はないが――」
「少しばかり、血をいただこう」
言うと同時、ヴァンパイアロード達は散開しながら駆ける。
「どっかの世界じゃヴァンパイアハンターが皆、聖弓でも持ってたりするのかねぇ?」
言って、呪文を詠唱するアーベル。彼の眼前に魔法陣が展開し、放電する光の槍が放たれる。
加粒子槍の魔術だ。
発動後でもある程度の調整が可能なこの魔術は、高威力ながらこういった街中でも使いやすい。
だが、目標に選ばれたヴァンパイアロードはその身体を蝙蝠に変えて魔術を躱していた。
そのままカーラへとまとい付き、その背後で再び合体を遂げる。
「器用な真似をするな」
にぃ、と笑うカーラ。長剣は腰に置いたまま、その右手には光が集まる。
光波の魔術。形成された青い光の刀身を、現れたヴァンパイアロードへと振り下ろす。
スゥはもう一体のヴァンパイアロードへと肉薄していた。
背中から引き抜いたのは、棒の横にもう一つグリップをつけたような武器、トンファーだ。
掴みかかるヴァンパイアロードの腕を手甲のように構えたトンファーで打ち払い、機を伺う。
「残るふたつはただの人間か。ならば、両方こちらがお相手しよう」
クレフとツヴェルケルへと向かってくる最後のヴァンパイアロード。
「いいのか」
ツヴェルケルは片手半剣を抜きながら口を開いていた。
「ただびとこそが……お前達の天敵だろう」
「見たところ魔力もない、そんな剣では我には通らん!」
言いながら飛びかかってくるヴァンパイアロードの前で、片手半剣は虹色の魔力を帯びた。
「幻光剣……言われたのでな、彼女の名は呼ばないようにしよう」
ヴァンパイアロードは悲鳴もなく塵へと還った。その後にはそれを絡め取っていた魔力の鎖が残る。
クレフの援護に感謝するようにツヴェルケルは彼へと笑いかけると、未だ戦闘中の残り二匹に視線を向けていた。
カーラはヴァンパイアロードと切り結んでいる。
あちらも黒い長剣を呼び出し、光波の斬撃を捌いていた。
「やはり、まともに殴り合うと術剣では思うようにいかぬな」
しかし適度なハンデであるとばかりにカーラは笑っている。
「遊んでないでさっさと片付けて欲しいなあ」
カーラとスゥの両者を援護しながら、アーベル。
ヴァンパイアロードは己のすぐれた身体能力に頼りがちだが、それなりに魔術も遣う。
彼は魔力を見る金色の瞳で、その兆候を見ては対抗魔術を放っていた。
「おっ」
そんなアーベルの顔に笑みが浮かんだ。こちらへとやって来るクレフ達の姿をとらえたのだ。
「その武器……一部に銀を使っているか、小癪な……」
両腕からわずかに煙を立ち上らせながら言うヴァンパイアロード。
スゥの持つトンファーは、確かにその先端部に金属のきらめきが見える。
あえて黒く変色させた銀を貼り付けていたわけだ。
「だが、メッキ程度では我への有効打とはならん」
多少深く貰おうとも致命とはならないと見切って、ヴァンパイアロードは強引に仕掛ける。
しかしその身体は突然、不自然に曲がり、続いて飛来した片手半剣によって貫かれ、消失する。
「クレ――」
スゥは援護が飛んできた方向を見るが、そこにいたのは武器を投げたままの姿勢のツヴェルケルだった。少しだけ寂しそうな顔で、スゥはカーラの援護に向かうクレフを眺める。
「ぐ……ぉ」
カーラに向かって長剣を振り下ろしたままの姿勢で、ヴァンパイアロードは苦悶の声をあげた。
その背後にはクレフが居る。何も持っていない手をヴァンパイアロードの背に当てているだけに見えた。
だが、魔力を色として捉えるアーベルの目にははっきりと見える。彼の手から白紫の魔力波動が刃状に伸びているのを。
「……無影剣。そういやきみのお祖父さんの得意技だっけ」
「俺はむしろ、術剣だとこっちしか使えないんだ。こんなもん使うのは魔導暗殺者くらいだから、あんまり見せたくないんだがな」
「助かる」
光波を瀕死のヴァンパイアロードに振り下ろして止めを刺すカーラ。
「だが……いいのか」
「……何がだ?」
クレフは本当にわからないという様子だ。
スゥへと駆け寄るツヴェルケルを視界の端に見ながら、カーラは軽く息を吐いていた。




