18.帰還の日
あの戦いから数日――。
街へと戻ったクレフ達は予定通りこの世界を見て回ると言うグレイ達と別れ、その間、事務所で待っていたデコイ達と共に採掘場に居た元冒険者達を探していた。
結論から言えば、荒野を巡る時間はほぼ無駄に終わったと言っていい。
採掘場からあれが湧き出して後、概ね一日の間に命のあった者達は全て街へと辿り着いており、それ以外に生き残りなど居なかった――少なくとも見つけ出せなかった――からだ。
その人数は23名。騒動の前に採掘場を離れ、以降行方が知れない者も存在してはいたが、それでも把握できる者は半分以下に減ってしまったのかと、デコイは溜め息を吐く。
「なんともね……やりきれねえな」
冒険者など最期は何処かで野垂れ死に。その生命など薄紙一枚にも等しいもの。
そうは思っていても、死を歓迎などはしない。
「折角、元の世界に帰れるってのによ……」
そんな事を呟きながら、デコイは苦い表情で事務所のソファに腰掛けていた。
「あんたも、帰るのか」
クレフはその隣に立つようにして訊く。
それに対し、何を当たり前の事をと言いかけ、気付いたようにデコイは問う。
「まさか……あんたは帰らねえのか。どうしてだ」
どうして――と言われても、クレフにもはっきりとした答えはない。
ただ、向こうはもはや自分の居るべき場所ではないような気がしている。自分はここに居るのが似合い、だなどと言うつもりはないが、少なくとも悪くないと思ってしまっていた。
「だがまあ、まだ決まっては居ないよ」
クレフはそう言って苦笑する。
自分にとって、ここが自分の居場所だとはっきり言える所があるとしたら、それは場所ではない。
自分の最も親しい者達、その隣であると思えたからだ。
思い浮かべられる何人か、彼らの選択によってはだいぶ悩ましい事になってしまうかもしれない。
「……それなら、わからねえでもねえかな」
デコイはそう言って、顎の無精髭を撫でていた。
元の世界への帰還が叶うという事は冒険者達にもまだ知らされていない。
知っているのはグレイから直接その話を聞いた者、ここに居る者達だけだ。
でなければどこから噂が漏れるかわからず、この世界に封印された者達を全て連れ帰るような事にもなりかねない。そうなってはクレフ達の世界は遠からず破滅すると思えた。
そして、それを知っている者の中でクレフ達の世界出身ではない者は、二人。
しかしまあ、カトランはどちらを選ぶにせよ問題はないと思える。
だが――。
クレフは部屋の隅に佇み、じっと窓の外を見ているニーアにそれとなく視線を向ける。
彼女は、どうするのだろうか。
彼女だけは、ここから逃れさせてしまうのには不安を感じないではいられない。
くす、と。
ニーアはそんなクレフの思考に気付いたように、笑みを浮かべる。そして口を開いていた。
「……来たようですわね」
窓の外へと向く視線。
人の姿に戻った側近二人、カエデとシラヌイを両脇に従えながら、グレイが来る。
彼は開いたままの入り口を静かにくぐると、穏やかな笑みを浮かべる。
「さて、約束の時間だね。……どちらにするのか、聞かせてもらおうか」
そう言ったグレイに、クレフは即答出来なかった。
なのでとりあえず自分の事は置き、別の言葉を舌に乗せる。
「ここに居るデコイとディーネ、そして近くで待っている冒険者達は、全員連れて行ってくれるんですね?」
「……勿論だ。彼らがそれを望むのなら」
グレイはにこやかに笑み、そして他に希望する者が居るなら遠慮なく言うといいと、そう告げる。
それに対してカーラは答えていた。
「では、レイリアとパメラは連れて行ってもらおう。あちらへ戻った後は、再び我等の領土へ戻るも、そのまま地上で人に紛れて暮らすも好きにしろ」
カーラの発言に呆然と口を開けるレイリアとパメラ。そしてグレイは苦笑していた。
「僕の前でそんな事を言うのかい」
「駄目だとは言わせんぞ。……なに、心配するな。この二人ならば無害だし、巧く隠れおおせるさ」
「カーラ様ッ!?」
笑いながら言ったカーラに、レイリアとパメラは詰め寄っていた。
「なんで。どうしてっすかカーラ様! そこは……自分も帰るから付いて来いって言うとこっすよね?」
「そう……何故、私達だけを。それほどまでに私達が目障りだと……?」
震えながら言う二人に、カーラはそうではないと苦笑する。
そして彼女は表情を引き締めていた。レイリアとパメラの二人を真っ直ぐに見ながら続ける。
「むしろ、逆に私が問いたい。何故――お前達は私が戻らぬ程度の事に取り乱すのか」
カーラの前で二人は固まっていた。どう返答を返して良いか分からず、しかし誰にも助言を求める事が出来ず、無言のままに立ち尽くしていた。
カーラはそんな二人を見て溜め息を吐く。
「私が一方的に、お前達二人は帰還せよと言った。それに対して納得出来ぬのは当たり前だ。だが……何故その理由に、お前達がずっと共に行動してきた者達が出て来ないのだ」
それを聞いて、今更のようにパメラはカトランに視線を向ける。
レイリアに至っては、ただ俯くことしか出来なかった。
「……それが、お前達が帰還すべき理由だ。もはや、誰に遠慮をすることもない。この先正直に、おのれが望むところをなせ。これ以上私に従う必要は無く。故に先の言葉も気にすることはない」
自ら決めろと言われ、パメラはしばし考えた後、ぴっと背筋を伸ばしていた。
「……帰還致します。これまで、お世話になりました、カーラ様」
そんなパメラをレイリアは泣きそうな顔で見上げる。
カーラは流石に苦笑しながら言葉を続けていた。
「お前にはまだ早かったか、レイリア。だが……帰れる機会は今しかないぞ。自分が今、誰と一緒に居たいと思うのか。それだけを正直に言ってみろ」
レイリアは部屋の中をぐるりと見回し、最後にデコイを向いて視線を止める。
「……おっちゃん」
「……そっかい。なら、帰ろうぜ」
デコイは複雑な表情で、しかし笑みながら、そう言っていた。
「メディア君にも、もう一度訊いた方がいいのかな。……心境に変化はあったかい?」
グレイはそう言うが、メディアは固い表情のまま首を横に振る。
「いえ。……私の心は決まっています」
グレイは寂しげにうなずき、そしてカトランとニーアを見る。
「そちらの二人は?」
促されて、カトランはしかし答えず、ニーアの方を振り向いていた。そして声をかける。
「ニーア殿」
「……はい?」
ニーアは、カトランが何故このタイミングで自分に声をかけたのか、わからないという様子であった。
カトランは彼にしては珍しく、やや躊躇うように言葉を選ぶ。
「ニーア殿。……貴女が、我々と行動を共にしていたのは、この街に戻れぬ理由があったから。そうでありましょう」
「……ええ」
ニーアはやや眉をひそめた。それに構わずカトランは続ける。
「ですが、今はこうしてここに居る事が出来ている。クレフ殿と顔を合わせ、また言葉を交わす事が出来ている。貴女の中の戻れぬ理由はもはや無くなったと……そう考えてもよろしいのか」
「……何が、言いたいのですか」
今度こそニーアの声には不快げな色が混じった。しかしカトランは怯まない。
「我々が荒野に居たのは、まず初めには我一人のわがままであります。パメラ殿にもレイリア殿にも、強いてあんな場所で暮らす理由などなかったにも関わらず、なし崩しに我がそれを強いた。メディア殿とても同じでありましょう」
カトランの独白は続く。
「ですが、我々は貴女を拾った。荒野で佇んでいた貴女を。我一人であれば遠からず誰かが疑問を述べ、やがて我の元から全員去っていたかもしれぬ状況を、貴女が加わる事で繋ぎ止められてしまった」
「既に、我が言いたい事はお分かりになっていると思います。我々ただ二人しか、荒野に居るべき理由のある者は居なかったのだと。よって今、我が共にそれを捨てたいと言えば……貴女は再びこの街へと戻って来てくれましょうか」
沈黙するニーアを前にカトランはそう言って、じっとその返答を待っていた。




