17.沈む塔
「んなくそったりゃあぁぁぁぁぁぁ!!」
噴出する圧縮空気によって落下に勢いを付け、ぐるぐると回りながらレイリアは叫ぶ。
戸惑ったような触手を斬り飛ばし、流動刃によって延長され続ける刃は緑の肉塊に食われながらも未だ鋭利な切れ味を保って。
その刃が核へと到達する。球体の曲面に従って刀身形状を変え、そこにへばりつく異物だけをざっくりと切除して宙に舞わせる。
「貴様……!?」
それまで、バエルはほぼ反応出来なかった。肉塊のコントロールが奪われるのをどうしようもなく感じながら、それに手を伸ばしてつなぎとめようとする。
「させぬわ!!」
ノエニムの放つ出力を絞った加粒子槍は落下するレイリアを避け、バエルにだけ突き刺さって塔の外へとそれを押し出していた。
落ちる。
最後に残った圧縮空気を吹かし、塔に接触しないよう大きくそれを通過したレイリアと、加粒子槍の圧力に押され逆側に押し出されるバエルが、空に投げ出されて落ちてゆく。
ノエニムはそれを見届けると、核へと走った。
先程とは全く違う、単に近寄るものを排除するというだけの意思で繰り出されてくる触手をぬるくすら感じながら両腕の光波で薙ぎ払い、回転しながら核へと降り立つ。
そして彼女は、その両手を核に触れていた。
ノエニムの身体から煙のように流れ出すその本体。
赤黒い霧のようなそれが核へと吸収されてゆき、ノエニムに殺到しようとしていた触手がびくりとその動きを止める。
変化は塔の根本でも起こっていた。全ての触手が停止し、塔の中へと逆回しされるように引っ込んでいった。
「……やったのか……?」
カーラが空を見上げ、そう呟き。
そしてその場に居た全てのものがそれぞれのタイミングで中央塔の頂を見上げる。
その視線の先で、核を示す光は少しずつ――だが確実に。塔の中を下り、降りてゆく。
「まだ……まだだ、終わるものか!」
落下しながらバエルは吠えていた。その右手に魔法陣を生み出し尖蔦槍の魔術を紡ぐと、それを遠い塔の壁面へと向かって射出しようとする。
再びあの中にもどるのだ。そして降りてくる核を迎えて乗っ取る。
ノエニムが精神支配に関してどれほどのものかは分からないが、物理的接続によって外部から侵食する自分ならば、その接続が確立出来れば必ず食い止められる。
そして拮抗さえしてしまえば、これの防衛機構を解除させさえしなければ、消耗した連中に、宇宙への打ち上げをもはや止める事など出来ないと。
そこまでを考えて、彼は自分の背後に浮かぶ巨体に気付いていた。
「奴め……態度がでかい割に、いつもやる事が中途半端よな」
グランゾはそう呟き、そのぼろぼろになった機体の中で唯一無事な右手を振りかぶる。
その掌にはマイクロブラックホールが形成されていた。拡大された虚空掌の魔術をバエルに叩きつけ、その完全消滅を確認したグランゾもまた、全エネルギーを使い切ったかのように落ちてゆく。
勝った。全ては終わった。
しかしそんな余韻に浸る余裕もなく、塔の根本は落ちてくる残骸だの肉塊だのを避けて逃げ惑う人で溢れていた。メーネの誘導に従いある程度混乱を収め、波のように塔から離れてゆく住人たち。
だがその中で、クレフ達だけが未だ塔から離れない。
「何やってんだよ……早く逃げなきゃあ!」
そう言いながらメディアの服を引っ張るクライスだが、彼女はそれを振り払う。
「お忘れですか。あの、ノエニムとか言った……あの子の身体を保護するのが、私達に与えられた本当の役割だということを」
そう。この崩壊する塔の中で耐え、落ちてくる人間を受け止めること。
ノエニムも本当にその完遂を期待した訳ではないのだろうが、それこそが彼らに告げられた最後の仕事である事を、クレフ達は忘れていなかったのだ。
「でも、ここまでやれって言われてたっけな?」
アーベルは頭上のでかい残骸を加粒子槍で撃ち抜きながらそうぼやく。
実際それを頼んだ際にはノエニム自身、肉塊のコントロールを奪った後のその根本が、ここまでの危険地域となるのは予想していなかったのだろうが。
「だが……気に入っているんだろうしな、あの身体」
クレフはそう言っていた。失われたとしたらだいぶ彼女は悲しむに違いない。
「それに……もうひとり」
パメラはそう言って頭上を見上げる。
「可能ならば、受け止めなくてはいけない人が居ます」
可能ならばとは言ったが、彼女の内心としては何としてもと思っていた。
損耗は常に覚悟している。それでも、ここで死なせて良い者ではないと。
「……だったら……!」
クライスはメディアに言う。自分の神聖魔法技能を戻せと。
地上千メートルから落下して来る人間に防御幕をかける。そんな事を今まで試してみた事すらも無いが。今自分ができる事があるとしたらそれだけだと。
メディアは瞬きをしながら彼を見、薄く笑う。
「わかりました。でも、私に任命の権限があるのは5階位までですけどね」
「充分だろ。それでもオーガの一撃くらいは耐えられるんだから」
さて1キロの自由落下とオーガの棍棒、どちらの方が強力なのかといった点についてはあまり考えもしない発言ではあったが。メディアはそれを冗談と受け取って、笑っていた。
「見えた……!」
まずそれに気付いたのはスゥ。彼女と視覚を共有したメーネが防壁を準備するメディア達にそれを中継し、落ちてくるレイリアとノエニムの身体に防御幕が張られる。
続いてアーベルとクレフの張った慣性制御が若干その落下速度を緩めさせる。未だかなりの距離があるのでそれが限界だが、次々と障壁を張ってゆき、段階的にその速度は緩まる。
そして最後に、スゥは跳んでいた。ただ受け止めようとしただけの行動であったが、無意識に発動した身体強化によりスゥの身体はレイリアに届き、腕の中に発動した慣性制御が彼女の身体をそっと抱きとめる。
それでも衝撃はかなりのものだったが、レイリアは生きていた。打ち上げられた際か、それとも攻撃の際か、それとも落ちる時何かの残骸にでも当たったか、その身体はボロボロではあったが、それでも何とか息はあった。
「ノエニムの方は……!?」
そしてだいぶ遅れて落ちてきたノエニムを、受け止めたのはシラヌイ。
その落下ポイントに数枚置かれたカエデの符によってシラヌイは空中で幾度か跳ね、その銀狐の尾を揺らしながら地面へと降り立つ。そして大きく息を吐く。
彼らの前で肉の塔は徐々に、地面へと吸い込まれていっていた。
その後には完全に潰れた採掘場が残骸として残っている。そういえば、ここから湧き出したのだったと、ニーアとメディア、クライスは今やっと思い出したというように、それを眺めていた。
「……終わった、んですよね?」
呟くスゥ。クレフはそれにやや躊躇いながら答える。
「そう、なのかな」
実感などはなかった。敵が倒れるところを見た訳でもないし、ついでに言えばこの騒動が始まる所をすらクレフは見た訳ではない。
ただ始まっており、ただ終わっていった。自分はその傍らにいただけという気がする。
誰かに本当に、これで終わったのだと。確信を持って告げてもらいたいような気持ちだったが、この場にいる誰もが呆けたような顔をしていたため、それは叶わないのだろう。
と、その時。かすかな音がして、クレフはそちらを向く。
足から落下して腹辺りまでが完全に砕け散ったグランゾ、その胸の部分から、何やら金属を叩くような音が断続的に響いているのを彼は聞き、そちらへと近寄ってゆく。
そして、彼の目の前でグランゾの胸部ハッチは蹴り開けられていた。
「ち……コクピットフレームすら歪むとは」
言いながら這い出してきたのは少年だ。いや実年齢は分からないが、少なくとも外見的には少年としか言えないような存在だった。
あまり特異な身体特徴も持たず、ただの人間に思える彼は、目の前に立っているクレフを見て逃げ出そうとする。
「……もしかして、グランゾ?」
アーベルが呟き、カーラが呆れたような声をあげる。
カトランだけは特に驚いたような様子もなかったが、それ以外の全員が逃げてゆく彼を呆然と見送る。
その脇でぴょこりと起き上がるノエニム。
「うむ、中の人なぞ見るものではないのう」
小さなカエルを頭に載せた彼女は、そう言って肩をすくめていた。




