15.バエルを名乗る者
全ての支柱が外れてその残骸も処理され、中央の塔自体もやや傾ぎ、塔全体が唸りのような音色をあげるなかでそこには変化が起きていた。
何か、光るものが地中から登ってきたのだ。それは天へと続く塔の中を滑るように上昇する。
「あれが……核か」
「じゃが、吾が考えておったより上昇のスピードが早い」
見上げるクレフ達とノエニム。
その前で核の放つ光は停止し、その前の肉塊に何か人型のものが浮かび上がる。
「お前は……」
既にある程度の予想はついていた。しかし、それでも、クレフはそれを睨む。
「久しいな……とは言え、姿を見せる事など初めてだが?」
以前。数ヶ月前に聞いた声だ。
地中から響いたあの時の声と、魔術により伝えられる際の独特なエフェクトを除けば全く同じもの。
「そういや、名前すら聞いてなかったよねえ」
アーベルは苦笑するようにそう言っていた。相手の方もやや言葉に笑みを含めて返す。
「そうだ、名前すら聞いていなかった。互いにな……」
だが意味はあるまいと植物の魔王は言う。
今更多少、互いを呼びやすくなったところでどうだと。
いずれにせよ、長くてあとほんの数十分の付き合いというもの。それ以降は生きてまみえる事など決してありはしない。それに――この化物と一体化した俺が滅びる事など決してありえない、と。
「そう……こいつの名を名乗らせて貰うのもいいか? バエル、と」
「お前がこいつを起こしたのか」
植物の魔王、その下らない思いつきを全く取り合わずにクレフは問いかけた。
バエルと名乗ったその人型は、薄い笑いを漏らしながらそれに答える。
「いいや、起こしたのはお前たちだろう? 尋常でないほど地中深くまで穴を掘って」
無論、彼もそうしようと思わなかった訳ではない。
除草魔術を大量に受け、自分の根や蔦が次々と朽ち果ててゆく中、必死で生き残るために地中を漂い続け、見つけたこの肉塊。
自分と在り方が近いこんなものを、枯死する間際に見つけられた僥倖に感謝した彼は、接触し、同化し、その機能を一部自分のものとした後は当然のようにクレフ達への復讐を願った。
だが動かせなかったのだ。彼一人の意思程度ではこの化物を起こすには足りなかった。
故に彼はずっと地中で待ち続けたのである。自分が手に入れた一部機能の中から、バエルがその防衛本能によって起動するハードル、対象の脅威認識基準を少しずつ下げながら。
「俺がしたのはそれだけだ。引き金となったのは飽くまでお前たちの行動。肉と銀を求めて浅ましく穴を掘り続けた――な!」
その言葉に従い、再び破壊した筈の支柱が地の底から伸びてゆく。
後退していた者達が驚愕しつつも攻撃を再開するが、凄まじい勢いで増殖してゆく緑の肉塊を押し止められない。連結される支柱により中央の塔がバランスを取り戻してしまう。
「だから、今こいつと俺は一体だ! こいつは俺の求めに全て応じてくれるぞ!」
「いかぬ……!」
歯噛みするノエニム。
これでは核の頂上到達後、すぐにバエルは打ち上げられてしまう。止めるにしても間に合わない。
更に中央の柱を登ってゆく核に、ノエニムとグランゾは一刻の猶予もないと飛翔していた。
「ただそれを見ていると思うか!」
その二人に対して次々と、中央の塔と周囲の支柱から伸びる触手の群れ。
ノエニムは翔びながら加粒子槍を放ち、それを迎撃する。地上からもアーベルとクレフの加粒子槍が飛んで追いすがる触手の多くを焼き払う。
「ただ一本だけでもいい、支柱を崩して時間を稼ぐのです!」
メーネも走り回っていた。分散している戦力を一点に集め、攻撃を集中させてゆく。
しかし、彼女にもこれまでとは違い、敵の攻撃が集中していた。
要であると見切られたのか。そして彼女はそれに対してアダマンタイトの剣を構える。
「あれ、まずいんじゃないっすか!?」
レイリアが言っていた。この触手に対して物理攻撃で挑むのは危険だと、彼女もすぐにわかった。
だから彼女もこの場にあって、ただクレフ達に付いて行くだけで何も出来ていないに等しかったわけだが。
あれがカーラが持っている物と同じアダマンタイトの剣であるなら、彼女以上に今のメーネには攻撃手段が存在しない。魔力を通さないアダマンタイトでは魔法剣の発動自体が出来ないのだから。
だが――。
レイリアの見ている前で、メーネの魔鎧が割れる。
装甲の隙間から射出された毒液が触手を固め、動かなくなったそれらをメーネはやすやすと剣で切り裂いてゆく。続いて足元から現れた触手に対しては鎧から飛び出した槍が電撃を流して止め、最後に放たれる肉の散弾、メーネを一度殺したあの礫に対しては彼女自身が張った慣性制御が止める。
「……あるぇー?」
レイリアは呆然とそれを見るだけだった。自分の心配がただただ馬鹿らしい。
「本物の魔鎧フレディーネ、あれは生きている鎧だそうだな。剣の方は本物だろうがレプリカだろうが同じアダマンタイトなのでそう変わりもしないが、鎧だけはまさに別物だ」
カーラはそう言っていた。
売った事を後悔しないではないが、レプリカなら別に良かろうと自分を納得させるかのようだった。
飛翔するノエニムとグランゾを援護した後は、クレフ達も支柱の破壊に加勢する。
だがその強度はこれまでとは訳が違った。崩れない。総勢の集中攻撃を食らってなおも立ち続けている。
流れるように蠢くその表面は支柱が完成してなおも増殖し続けている事を示し、攻撃を受ける端から再生を続けるその柱を千切ることが全く出来ない。
「くそ、このままじゃ……!」
アーベルは天を振り仰いだ。核の場所を示す光は既に塔の中央を過ぎている。
このまま終わってしまうのか、そう目を瞑りかけるアーベルの横を、凄まじい衝撃波が通り過ぎていった。
「え……?」
何が起きたのか。視線の先ではこれまで一切ダメージを感じさせなかった支柱に、大穴が開いている。
背後を振り返ったアーベルは、ニーアが大量の魔法陣をまるで砲身のように連ね、浮かべているのを見る。
「それは……何? 魔術式を見るに、引き寄せて弾くだけのもの?」
「ええ。ただ、引き寄せて弾くだけのもの……」
ニーアはそう言って、砲身に次弾を装填する。生成したひとつまみほどの砲弾を砲身へと押し込み、凄まじい速度へと加速されたそれは支柱に新たな穴を穿つ。
「加速砲……そう名付けましたの」
くす、と笑ったニーアの前で、アーベルはその魔法陣を凝視し、その構成を写して自分の前にも同じ物を作る。魔法陣一枚一枚の構成は単純なものだ。簡単に作ることができた。
大量に作り出したそれを全て同期させるのがやや難業と思えたが――アーベルの前で加速砲は完全に機能し、支柱にもうひとつ穴を穿っていた。
「お上手ですわ。流石、黒き民の男性……天性の魔術師ですのね」
くすくすと笑うニーアの声を背後に聞きながら、アーベルは今まさに自分の手によって再現出来てしまったこの魔術を、ただ呆然と見ていた。
なんだ、これはと。その少ない魔力消費、そして射程と威力。
これまでの高位魔術の常識を根底から変えてしまう代物ではないのかと。
だが、今は――。
そんな衝撃など今はどうでもいい。これを一人でも多くの仲間が使えるようにしないと。
「メーネ、頼む! この事を……!」
叫ぶアーベルに、メーネは心得たとばかりにうなずきを返していた。




