13.ザウロンとカトラン
「メーネの蘇生はやはり間に合わぬか……仕方ないのぅ」
そう言いながらノエニムはグランゾの肩に乗っている。
「……解呪までしてしまったあれが役に立つのか」
グランゾはそう返していた。龍鱗の義足を失ったメーネなど、ただの黒き民の女。
その戦闘力など当てにはなるまいと、そう言う。
「いやいやそれが……わからぬぞ?」
ノエニムはそう言って笑う。その笑いの意味が分からずにグランゾは不快そうに唸った。
作戦などと言えたものではないがとりあえず決まった事は、ノエニムの軍は右翼から。そしてグランゾの軍は左翼から支柱となっている塔を狙う。メーネの軍と街の者達は左右均等に分かれて戦闘を行う。
元々連携など出来る連中ではないため、それだけだ。
「支えの塔を崩せばヤツの打ち上げもだいぶ遅らせられよう。じゃが、核の移動自体は恐らくそういった要因によっての遅滞はない。故に、そのぶんだけ吾が接触可能なタイミングを伸ばせるという事じゃ」
4本全ての塔を首尾よく破壊出来れば、稼げる時間は概ね10分。
「魔王としての自負があるならやってみせい」
そう言うノエニムに、集まった者達は笑い混じりの了解を返す。
「……本当に、馬鹿者どもしかおらぬな、この世界には」
カーラはそう言いながら苦笑していた。
天まで聳える塔、あれと戦うと言われて戦意を維持出来るだけでも少しおかしい。それでいて悲観的な空気が全く漂っていないというのがもはや狂気としか言い様がない。
「お前らが中央だってな。……俺も混ぜなよ」
「ザウロン殿!?」
言いながら近寄ってきた魔族の男に、カトランは駆け寄る。
まさしくそれは、彼がかつて仕えた男――そしてクレフ達の初の依頼人、ザウロンだった。
「ああ、もう主従じゃねえんだ。そういうのはいい」
膝をつこうとするカトランをザウロンは制する。そして彼の後ろに付いて来ていたパメラとレイリア、そしてメディアを眺め、笑みを浮かべてみせた。
「本当に女だらけの生活をしてたってか。羨ましい……とはとても言えないが」
どういう意味だという風に彼を見るパメラに、ザウロンは首を横に振ってみせる。
「いや、誤解しないでくれ。男一人じゃ肩身が狭いんじゃないか、そう思っただけさ」
「……自分は、男と言うよりワータイガー1匹といったところですしな」
ヒゲをひねりながらそう言うカトランに、ザウロンも納得したようなうなずきを返していた。
「といったところで、挨拶はこんなもんだ。久々に行くかい」
黒い長剣を抜くザウロン。その横に槍を構えながらカトランが並ぶ。
「お供しましょう。……しかしなんですな、あの時に似ている」
カトランは思い出すかのように言っていた。
彼らが封印に至った最後の状況。進撃を続けるザウロンの後方で伸び切った補給線を叩く人族。そして次々と逃散してゆく味方の中で、たった二人王都へと突撃した無茶苦茶なあの経緯。
「敵はわけのわからねえものだが、あの時よりゃずっとマシか」
ザウロンはそう言い、既に地面を突き破って現れ迫りくる触手に向かい長剣を振りかぶった。
左右の部隊も戦闘に突入する。
次々と放たれる数百発の魔術、高位中位入り乱れるそれと、火炎や雷撃のブレスが触手を薙ぎ払いながら塔へと突き刺さり、爆炎をぶちまける。
反撃に飛ばされてくる肉の礫は物理障壁をやすやすと貫くが、使われる障壁の量もまた尋常ではない。最外周のものを破壊した程度で何とか止まり、こちら側に目立った損害もない。
「なかなかに行けそうではないか」
ノエニムは左右の戦況を見ながらそう言っていた。
だがまだ中央の塔へは遠く、今彼らが戦っているのはほんの小手調べのようなものだとも理解している。ここから進むほどに敵の攻撃も激しくなるだろう。
「吾はまだ、ある程度力を温存しておきたいが……?」
言われたグランゾは鼻で笑うようにしてそれに答えていた。
「わかっている。ここからあの真下までは……我一人で道を切り開いてくれよう」
腰の後ろに伸びる装甲が分離し、グランゾの両腕に収まる。
それを眼前で連結し一本の巨大な剣を作り上げたグランゾは、翼を広げ格納されたスラスターを噴射しながら一気に中央塔へと距離を詰めた。
待ち構えていたかのようにグランゾへと殺到する触手。それを展開した呪力フィールドで焼き払いながら、グランゾは大剣を振りかぶる。
「舐めるなよ……。この魔神機はそもそも、貴様のような物と戦うために作られておるのだ!」
そしてグランゾの持つ大剣に魔法陣が展開され、元々の刀身の上に更に巨大な黒い刃が乗った。
迫りくる太い触手をそれで叩き斬るグランゾ。
その度にクレフ達はグランゾに向かい風が吹くのを感じる。一体何を使用しているのか、そう凝視するクレフ達の前で、大剣に触れた触手が次々と消失してゆくのが見えた。
「……空間ごと、抉り取っているのか?」
信じられないような思いでそれを口にするクレフ。
グランゾの大剣、その刃として並んでいるのは一種の転送陣だ。触れたもの全てを抉り取り、砕きながらここではない何処かへと送り込んでしまう究極の兵装だった。
その動きは18メートルの巨体相応に早くはない。人などを狙うのには全く適さないだろう。
しかしこういった相手であれば。存分に戦えるというグランゾの言葉は真実と思えた。
「今を逃すな、続けぇ!」
カーラの声に背を押され、クレフ達は駆ける。
触手の大半はグランゾに向かっているものの、こちらにも伸ばされてくるそれらをクレフとアーベルは加粒子槍で迎え撃ち、スゥとパメラは魔力剣で焼き切った。
ザウロンは光波に似た魔術か、黒い剣閃を放って触手を分解し、カトランは雷撃を纏わせた槍で触手の接近を阻みながら彼を援護する。
そしてグレイ達が中位の攻撃魔法と設置される符によって後方を確保し、レイリアとメディアにクライスが走り抜けてゆく。
「……お、俺はなんでこんな場所まで連れて来られてんだよ!」
クライスの悲鳴があがっていた。確かに彼だけが、殆ど何の力も無いというのに当然のようにここに連れ込まれていた。
「むしろ、どうして付いて来たんですか」
メディアはそう言う。デコイとディーネはちゃんと事務所で待っているし、誰も彼に最終決戦の場に付いて来いなどとは言わなかったのに。
それを聞いたクライスは愕然としていた。来なくても良かったのかよと言いたげに呻いていた。
しかしここから帰る事も出来ず、必死にクレフ達を追って足を動かす。
「ぬ……柱の一本が倒れるぞい、巻き込まれぬようせいよ!」
ノエニムの叫びに、クレフ達は揃って右を向く。
彼女という現人神を信奉するだけにまだ連携も可能だったのか、だいぶ早期に4本の支柱、その一つへと到達した右翼軍は、その根本に火力を集中させ、遂にそれを焼き切る所であった。
天辺付近で繋がったまま根本を切断された支柱は、地面に擦れながら中央塔に垂れ下がり、そして自重に負けて千切れる。地上千メートル以上の場所から降ってくる大量の緑色の肉は轟音を立てながらとぐろを巻き、そして凄まじい土煙をあげていた。
「視界が……!」
アーベルは即座に数枚の魔法陣を展開する。周囲の風が操られて渦を巻き、舞い上がった大量の砂を押し流してゆく。
そしてその中から忍び寄っていた大量の触手を、カエデが放った炸裂苦無が迎え撃って散らす。
「これがあと3回か……」
うんざりしたようにクレフは言っていた。しかも全ての支柱を切り取った後に何が起きるかわからない。事実、地面にうず高く積もる支柱だったものを見て、彼らは呻き声をあげていた。
その大量の肉の塊が、そこからまた凄まじい量の触手を伸ばしつつあったのだ。




