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SC&C探偵事務所  作者: 上月晶
3.
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11.集結

 グランゾの18メートルの巨体と、その前にあるものを囲んで立ち尽くす者達。

 息を切らしながらそこへ辿り着いたクレフは、考えていたような事――例えば戦闘――が起きていないのを見て、ひとまず安堵の息を漏らしていた。

 そしてその人の群れの中に、やや離れた場所に、スゥとカーラ達の姿を認め駆け寄ってゆく。

「……クレフ様」

 既に冷静さを取り戻したらしき彼女は、クレフの姿を見てもそう一言呟くだけ。

 いや、隣にやって来たクレフに対し一点を指して示しながら、彼女は続けていた。

「南の大魔王が……メーネが、死んだと」


「化物よ、呪われし者ドラゴンスレイヤーよと言われ、吾も実際そう思うておったが。所詮は人間に過ぎなかったか、メーネよ。障壁が当てにならねばこうもあっさりと、死んでしまうものとはの」

 横たえられたメーネの隣に座り、もはや答えない彼女に向かってそんな事を言うノエニム。

 配下たちはそれをやや遠巻きに見つめるのみだった。


 人垣を押しのけ、ノエニムとメーネの死体に近寄るクレフを、その目が一斉に捉える。

 だが止めるものは誰も居なかった。クレフ自身も自分に突き刺さる視線をさほど意識もしないまま、呆然と歩みを進め、その死体を見下ろす。

 側頭部から脇腹まで、左半身を引き千切られたかのような死体。

 随分と小さくなってしまったように感じるのは左腕がその付け根から存在しないためか。

 ほんの1~2時間ほど前、どちらかが死ななければ彼女からは逃れられないなどと考えていたというのに、実際こうしてその死を見るのはクレフにとって一種不可解なほどの衝撃だった。

 解放された事への喜びなどは微塵もない。

 無論、悲しむほど知っている相手でもなかったが。


「よりによって、受け取りに来たのはそなたか、精霊騎士ゆうしゃよ」

 それで良いのかとばかりにノエニムの視線は周囲に佇むメーネの配下たちを眺め、ふとクレフの背後、彼を心配して列から進み出ていた者達の中で、彼女の目はぴたりと静止していた。

「……ほう?」

 ノエニムは面白がるような声をあげ、そして実際笑みをみせる。

 立ち上がってクレフの肩を叩きながら彼とすれ違い、その先へと歩いてゆく。

「ふ……。流石そなた、勇者よな。必要な時必要な場所に、必要な物を持って現れおるわ」

 言いながら早足で歩き、ノエニムが立ったのはニーアの前である。

 彼女はにやりと笑い、ニーアの顔を見上げる。


「メーネの治療、そなたに任すと言ったら……どうじゃ?」

 ニーアは一瞬驚いたように薄目を開き、そしてくすくすと笑っていた。

「……死体の治療をですか?」

「うむ、吾は冗談を言っておるつもりはない。テンオーバーの神聖魔法技能なぞ久しぶりに見るのぅ」

 今度こそ表情から笑みの成分を消し、ノエニムを見るニーア。

 しかしノエニムは怯んだ様子もない。それどころか更に注文を続けてみせる。

「ついでに、出来れば解呪もしてしまえぃ。今のまま生き返らせたところでそなたらも困ろうし、こちらとしても使いみちが限られていかぬ」

「……竜にかけられた呪いを解け、と?」

 今度こそ、正気で言っているのかとニーアは問う。竜が死に際にかける呪いなどというものは、どうやったって解除など出来ない。

 それは、竜の身体に恒常的に発動している全魔術式を変換して作られたものだからだ。

 生きている竜を魔術一つで分解してみせろと言われているようなものである。可能とは思えなかった。

 だが、ノエニムは事もなげに言ってみせる。

「いいや、そなたなら出来るじゃろ。こやつの魂を再構成する際にちょちょいと手を加えるだけよ」


 ニーアは暫し、無言で考えていた。

 なるほど、蘇生と同時にならば――出来ないこともないか、と。

 そして再びノエニムを見たニーアに、彼女はにやりとその唇を歪めてみせた。

「死んで生き返った者は、あらゆる状態異常バッドステータスからもまた解放されている。それがお約束じゃろ?」

 そんな冗談めいた事を口にしながら。


「何の……話をしている?」

 よろめきながらようやくやって来た魔族の男に、ノエニムは向き直る。

「おお、やっとメーネの軍からも死体の引受人が来たか。じゃが遅かったのう、そして遅刻して正解じゃったのう。ここに居るこやつが、メーネを生き返らせてくれるとよ」

 ノエニムの言った言葉の意味がいまいち飲み込めないというように、男は――そしてメーネの軍勢は戸惑いの声をあげていた。

「……あまり、期待をされても困りますけどね。本当に死者を蘇らせるだなんて、今まで試してみたこともないのですから」

 言ったニーアを、クレフは妙な顔をして見ていた。

 ニーアもまた、あんな戯言を信じていたのかといった風に笑いながら彼の顔を見る。


「じゃが、我々が今考えるべき事はそれについてではなかろう。あの塔のことじゃ」

 ノエニムは腕を振り上げ、天を突く緑色の肉の塔を示していた。

 その場にいた全員の視線が、ここから街の反対側にありながら目視出来るほど巨大な、その物体に注がれる。

「あれを放置しておいてはこの世界が滅ぶ、掛け値なしにのぅ。グランゾと吾は己の軍勢を率いてあれに仕掛けるつもりじゃが、そちらはどうか。決着が着くまでここで震えて過ごすかの?」

 彼女がそう言った途端、沈黙が訪れていた。

 そして数秒の後、爆発するように参戦を望む声がその場には溢れた。カーラ達ですらもつられてしまいそうになるほどの熱気が満ちる。

「では、吾等に付いて来るがよい。次は街へゆくぞ皆のもの。あやつらも加え、そこであの塔を滅ぼすための作戦を練ろうではないか。この封印牢に在る者全ての力を奴に見せつけてやろうぞ」


 クレフ達とグランゾ、そして何人かの冷静でいた者を除き、その場に居た殆どの者がノエニムの声に応えて雄叫びをあげる。

 特にグランゾは、このようなノリがどうも性に合わぬらしく、一人そっぽを向いていた。

「……奴はどうにも、芝居っ気が強すぎる」

 そんな事を呟きながら。



 こんな場所に送られる者達とは、いずれにせよ血の気が多すぎる者達で間違いない。

 彼女が特別巧いといったわけでもなく、ただ暴れられる機会を逃さなかっただけというように。

 ノエニムによって簡単に扇動された封印街の住人たちは、今や街の中央広場へと集まって彼女の説明を――決しておとなしくではないが――聞いていた。

「見るが良い!」

 月をバックに浮かび上がる巨影に、ノエニムの手が伸ばされる。

「昼間とは形が変わっておろう。五本伸びていた塔が中央の物にくっつき、四角錐を作っておる」

 あの形状自体には大した意味がないとノエニムは言った。

 中央の塔が本体であり、他の4本は単なる支えであると。


「じゃが、あのような形状となったのは、塔の成長が止まったからじゃ。その大きさが必要なぶんに到達し、ヤツは今、次の段階に向けて内部で準備を進めておる」

 そう言ったノエニムに対し、幾つかの質問が飛んだ。

 次の段階とは何か。ヤツの目的とは何なのか。


 ノエニムはにやりと笑って口を開く。

「ヤツの目的は、この世界からの脱出。そしてその行き先は――宇宙そら

 ぴたりと真上を指すノエニムに、封印街の住人たちは揃って唸りを上げた。


 出来るのか、そんなことが。

「出来る。……ヤツの核となる部分は、明日一日をかけて地中から登ってくる。そしてあの塔の先端に据えられた時、おそらく日没の頃、塔の下部を切り離してヤツは宇宙そらへと昇る」

 そのために塔の下部には今推進剤が生成され、貯められている最中であるとノエニムは言う。


 何故そんなことがわかるのか。

「わかる。吾の目は、その気になって見さえすれば大抵の事はわかってしまうように出来ておる」

 そしてノエニムはその場にいる者達から何人かを選んで、彼らのごくプライベートな事実を指摘してみせた。

 躊躇いながらもそれが真実であると認める彼らの様子を見、他の者達も納得せざるを得ない。


 では今のうちに仕掛けるべきではないのか。

「否。ヤツを止めるにはヤツをただ破壊するだけではいかぬ。ヤツの本体こそ、この世界の環境を維持しておる源となっているものだからじゃ」

 荒野を耕作が可能なほどまで地形改善したのはそういった能力を持つ魔王たちだ。

 しかし、そもそもヤツが居なければそれも不可能な事だったろう。豊穣神としての性質も持つヤツが居たことにより、この世界には空気も水も存在出来ていた。そうノエニムは言った。


「よって、ヤツにはただ眠ってもらうだけに収めねばならぬ。ヤツを殺しても、行かせてしまっても。つまりヤツを失う事こそがこの世界の滅亡を示す」

 そして事態をそのように収めるためには、ノエニムがヤツの核に接触しなければならないのだと彼女は言っていた。

 日没のタイムリミット。それこそがヤツを止められる唯一の機。

 それに合わせて皆は動き、その時にノエニムを其処へ送り込む。


「つってもそなたらアレじゃろ? 協力とか部隊行動とか、そーゆーのに必要なブツを生まれ落ちる以前からどっかに置き忘れてきたタチじゃろ?」

 よって細かい事は言わん、そのくらいの時間に適当に各自あの塔付近で暴れろと。

 そう言ったノエニムに、封印街の住人たちはげらげらと笑い転げながらそれを了承していた。

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