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SC&C探偵事務所  作者: 上月晶
3.
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8.緑の肉塊、王の敗走

 呪力スラスターを軽く吹かしながらホバー走行するグランゾ。

 ノエニムはその肩に乗り、装飾的な突起物の一つにしがみついていた。

「……自分で飛べば良いではないか」

 迷惑そうに言うグランゾだが、ノエニムはイヤそうに表情を歪めてそれに答える。

「飛翔の魔術もだいぶ魔力を喰うのじゃぞ? 慣性制御をずっと連続起動しとるようなもんじゃし」

 ほぼ底なしの魔力を持っていながら何をほざくか、と。

 完全に呆れ果て、もはや文句を言う気力も失せてただ前進を続けるグランゾ。

 緑の塔は徐々に近づきつつあった。


「む?」

 ふと、やや遠くを逃げる数名の冒険者たちに気づくノエニム。

 その後ろには細い触手が数本伸び、まさに冒険者のうち一人を絡め取ろうとしている。

 ノエニムは、即座に出力を絞った加粒子槍パーティクルランスを放ち、その触手を撃ち抜いていた。

「……そんな事をして何になる」

 再び呆れたような声をだすグランゾだが、ノエニムはそれに当然のことと答える。

「あんなんでも助けてやれば、吾を崇めるようになるかもしれんじゃろ?」

 彼女が欲しいのは人。人の信者が彼女に齎す信仰による魔力。

 その常軌を逸した魔力量と回復量の謎を垣間見たように、グランゾは唸る。

「なるほど。貴様、そのような生き物か……」


 グランゾの肩の上で、風を防壁によって防ぎながらノエニムは笑っていた。

「しかしじゃな、そなたに乗って運ばれるなど。これまで想像だにせんかった事じゃが、これはこれで悪くないような気がしてのぅ」

「……ふん?」

 今度は何を言い出すつもりかと、警戒するグランゾの顔の真横でノエニムは無防備に転がる。

「吾とそなたは協力出来るのではないかと思ったのよ。吾は実のところ、領土なぞにあまり興味がない」

 手に入れる事にも、所有権を持つ者が誰であるかなどという事にも興味を持てない。

 ただ自分を慕う民が居ればいい。そこから得る収穫にしか興味はない。


 対してグランゾは、奪う事。そしてそれが自分の物であるという事実にしか興味がなかった。

 それが自分をどう思っているかなど知らない。手に入れた物に何かを与えることも、更に何かを奪う事にも特に関心がない。

 ならば噛み合うのではないかとノエニムは言う。

 グランゾが手に入れた物をノエニムが統治する。そういったやり方で。


 グランゾは暫し沈黙して考えていた。

 だが、結局その提案を笑い飛ばす。

「それでは、我はただ貴様の猟犬になるだけではないか」

 ノエニムはそれを聞いて、くつくつと笑っていた。

「ち、気付いてしまいおったか。イケると思ったのじゃがのう」

 振り落としてやろうかともグランゾは思ったが、出来るとも思えない。

 無駄なエネルギーを使うのも馬鹿らしく、その後は彼女を完全に無視してグランゾは目的地へと走った。


 メーネもまたこの場へと向かっているが、やはり先に到着したのはこの二人。

 グランゾは塔がまだだいぶ遠いうちに停止し、その動向を伺っていた。

「意外に慎重な男よの、そなた。……まあ魔力が尽きておるのでは仕方ないが」

「誰の所為だと思っておる」

 そんな事を言い交わしながらノエニムは解析アナライズを起動する。

 緑の塔の詳細情報を確認しながらやや眉をひそめ、小さく舌打ちをする。


「ええい精霊神ども、厄介な物をぶち込みおってからに……」

 グランゾはその言葉の意味を理解出来ないが、問い返しもしない。

 ノエニムが時折わけのわからない事を言うのにはもはや慣れているのだ。

 やがて、ノエニムはグランゾの装甲をぽくぽくと叩く。

「うむ、大体の事は知れた。今のところは仕掛けるでないぞグランゾ、これはちと手が足りぬ」

「仕掛けるも何も魔力が無いと言うておろうに……」

 ぼやくように言ったグランゾは、しかしふと気付いたように南方を向いていた。


「……だが、奴には言っても聞くまいな」

 そしてそう告げる。そのズームされた視界にはメーネの姿が映っていた。



 気付いてしまえば気にならずにはいられない。

 気になってしまえば自ら向かわずには済まない。

 そして自らそれと相対し、それが危険なものと知れば手を出さずには終われない。

 それがメーネといういきものだった。


「いかんのぅ……もう少し寄るのじゃ、グランゾ」

「……何故我は貴様に命令されているのか」

 メーネが龍鱗の義足を展開するのを見、言ったノエニムに。

 グランゾはそう返しながらも素直に低速で前進を始める。

 彼もわかっていたのだ。恐らく、メーネは敗北するだろうということを。


「ただの肉塊ではないようね……」

 メーネはそう言っていた。この化物には確かに、人のような感情があると気付いていた。

 悪意が――そう呼べるものがある。

 六角形の小片ビットに分かれ、自分の周囲を旋回する龍鱗の義足をそのまま帯状に舞わせて接近し、彼女に反応するように放たれて来る触手を迎え撃つ。

 一撃でばらばらに砕かれた触手はしかし、さしたるダメージを感じさせない。


 彼女は更に収束した龍鱗で触手の群れを薙ぐ。寸断された肉片が大地へと撒かれる。

 その繰り返しであった。触手の群れは彼女に寄ることすらも出来ず、地面から生えてはその瞬間に砕かれまた地面へとばら撒かれてゆく。

 そして大した時間もかからず塔の真下へと辿り着いたメーネは、渾身の蹴りを緑色の塔へと叩き込む。

 これまでの細い触手とは比べ物にならぬほど太い、絡み合う蔦のようなそれへ。


 違和感。その正体はすぐに明らかとなっていた。

 これまでの触手と同じようには破砕出来なかった塔。それを龍鱗の小片が切り裂きながら滑り抜ける、が。抜けてきた量は打ち込んだ量よりも遥かに少ない。

 脚部を形成するのに足りない龍鱗に、メーネの身体が僅かに傾ぐ。


「……食われたのか?」

 先程の攻撃映像をリピートし、何が起きたのかを解析してグランゾは唸っていた。

 取り込まれたと言っても良いが。緑の肉塊、その壁を越えられなかった龍鱗は、その全てが溶かされたと思える。そんなことが出来る存在などこの世にいるのか、という驚愕がまずあった。

「ええい、呆けている場合ではない!」

 ノエニムはグランゾの肩から飛び降り、背中に透明な翼を形成して空を駆ける。


「……ち」

 痛みこそ無いがダメージを受けたという感覚に、メーネの中に微かな怒りが生まれる。

 元来彼女は戦いを好む方ではないが、損害に怯むような性格もしていない。

 よって退くという発想はあまり彼女には無かった。

 再びの一撃を繰り出そうとした彼女の横、やや遠くに、数本の触手が地面を割って現れる。


 それは他の触手のように単純な突撃を選びはしなかった。

 触手の脇に幾つかの嚢胞が膨らみ、弾け、そこから大量の肉の礫がメーネを襲う。

 反射的に物理障壁を展開するメーネ。分厚い土壁アースシールドが数枚土中からせり上がるが、礫はやすやすとそれを貫通して彼女へと迫る。


 駆けつけるノエニムの目の前で、メーネはその左半身を肉の礫に穿たれ、鮮血を吹き上げていた。


「ええい!」

 ノエニムの後方に展開する魔法陣。そこから9色のレーザーが射出され、見えているぶんの触手全てを塵に変える。更に両腕から長大な光波ムーンライトを伸ばすと、次々と現れる触手を焼き切りながらメーネへと突進する。

 ノエニムの全身に浮かぶ軽量化フェザーの魔法陣。光の尾を曳きながらメーネの重い身体を軽々と抱えたノエニムは、その場を離脱にかかる。

 しかしその後方には塔から生まれた太い触手が続々と追いすがっていた。


「……むぅ」

 唸りながらグランゾは構える。両足を開くようにその身体を半身とし、翼の中央に伸びていたまるでテールスタビライザーのような砲身を脇から回し、両腕と更に腰の副腕で支え持つ。

 重い呪詛の声と共に発射された赤黒い呪力砲はノエニムのすぐ後方を掠め、そこに追いすがる触手全てを一瞬で朽ち果てさせる。

「なんじゃ、まだ切り札を隠しとったのではないか」

 ノエニムはグランゾの肩へと舞い戻りながら、そう言っていた。

「馬鹿な。この砲は呪力フィールドとエネルギーを共有しているのだ。軽々しく撃てたものではないわ」

 グランゾは苦々しくそう言い、スラスターを大きく開いて全力でその場を撤退していた。

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