7.救出と脱出の相談
「南へ……メーネの所へ向かうってことで、本当にいいのかな?」
今やその先端も見えないほどに高くなった塔を何度も振り返り、アーベルは言う。
だがカーラは特に迷いもしなかった。
当初の予定通りだと告げ、街の南門へと進んでゆく。
「確かにあれは訳がわからん。そしておそらく、自然には収束しない事態だろう。だが、あんな物……我々が行ったところで野次馬以上になれる気もせぬだろうが」
「まぁ、そう言われりゃ確かに、そうなんだけどね」
アーベルもその言葉自体には納得していた。
が、だからと言ってあれを気にしないというのも、それはそれでまた無理がある。
あれが原因でこの世界が滅ぶ――そう言われても笑い飛ばせないインパクトを、あの数本の緑の塔は持っていたのだ。
「メーネに会いに行く方がまだまし、だなどと考える事態が、よもや生きているうちに有り得るとはな」
カーラはそう言って舌打ちしていた。彼女とても、完全に冷静というわけではない。
「そのメーネの所、というのが、現在クレフ君が囚われている場所なのかい?」
いまいち事態を把握していないといった顔で後ろに続くのはグレイだ。
まあ、それも当然だろう。彼には殆どこちらの世界についての説明などはされていない。
カーラの方にも懇切丁寧にそれをしてやる気などさらさらない。
「我々の8代王、メーネだ。お前たちは既に忘れていようが」
カーラはそれだけを言っていた。しかしそれだけで、グレイの顔色は変わる。
「……龍鱗の義足? まさか。彼女は500年近く前の人間だろう。まだ生きているとでも?」
そう返したグレイに、カーラは僅かにその眉を上げてみせる。
「知っているというのか」
そしてカーラはそう呟き、メーネがここへ送られてから未だ50年程度の月日しか経っていないことをグレイに告げていた。
「そうか……こちらでは時間の流れが違うんだね。10倍も遅い」
考え込むように言ったグレイは、やや経ってから苦笑を浮かべる。
「なんだ、それじゃあクレフ君の自然死を待つなんてことをしていたら、下手をしたら本当に数百年先になっていたんだねえ。結果的に意味がなかったとはいえ、色々なものを送り込んだのは正解だったってわけだ」
「あなたが……!?」
ディーネは愕然とグレイを向き直り、その前に即座にカエデが割り込む。
グレイは穏やかな笑みを浮かべながら、平然とそれを肯定していた。
「うん、冒険者を送り込んだのは僕の発案だよ。きみたちは、その冒険者のうちひとりかな? だとしたら、済まないとしか言い様がない」
「そんな、平然と……」
ディーネの赤みがかった瞳に僅かな怒りと憎しみが灯る。だが、その肩にはデコイの手が掛けられていた。やんわりとディーネを制止しながら、しかしデコイは低い声で言う。
「こっちに送られた冒険者で生き残ってるのは、もう50人足らずしかいねえよ。それも、あの塔のせいで今どうなってるか分からねえが」
「そうか……総勢253人がそれだけ死んでしまったか」
そもそも帰還の手段もないうちに送り込んだのだから、送った時点で死んだも同然だが。
残念なことだとは思っているとグレイは言っていた。
「残念、ねえ。自分の責任だとか、悪かったとか……、そういう言葉を一切口にしねえのは、大したもんだぜ全くよ」
デコイはそう呆れるように言って、それだけで口を閉ざす。
ディーネは何か戸惑ったように、デコイとグレイの顔を交互に見ていた。
「済まない、話が逸れたね。それで……君たちはこの布陣で、メーネ相手に彼を救出しに行こうと言うわけかな」
先を促すグレイに、カーラはやや首をひねっていた。
「さて、どうかな。奴は白昼堂々、そこの女の目の前で拐われたのだ。メーネが奴に執着する限り同じことは起きるだろう。二度と起こさぬためには、メーネを殺す他無いだろうが……」
さて困った事にその方法が全く思いつかない。カーラはそう言って苦笑する。
「なるほど、難題だね。しかし……僕が居れば何とかなるかもしれない……かな?」
呟くようなグレイの言葉に、はたと気付いたようにうなずくカーラ。
「そうだな。この世界から消えてしまえば、流石のメーネも追ってはこれまい。あの緑の塔についても、その後どうなろうが知ったことではないというわけだ」
全員が――スゥさえもがぎょっとしたようにカーラを見ていた。それでいいのかとばかりに。
しかしカーラはこともなげに答える。
「ここは牢だぞ。我々に約束された新天地だとでも思っていたか?」
脱出出来るのならそれに越したことはない、と。
「まあ、この世界自体を良いと思ったことは特にねーですしね」
そう呟くレイリア。
「帰る場所が結局あの穴の下だとしても、出来れば……という気持ちはあります」
パメラもまたそう言っていた。
「我はまた違った世界の住人だが?」
グレイに問うカトラン。それに対しては、グレイは申し訳ないと答える。
「悪いけど、帰還のゲートを開けられるのは僕たちの世界に向けてのみだ。元いた世界に帰してあげられるって訳じゃない」
「逆にそれが良いというひとも居るのでは?」
ニーアはくすくすと笑っていた。カトランはそれに、むぅと唸ってみせる。
「……あんたは、どうすんだよ」
メディアに問いかけるクライス。それに対し、メディアは寂しげに笑う。
「私は……元の世界ではもう死人ですから」
その言葉を聞き、グレイも流石にその表情から笑みを消す。
「君の方は、一言も僕を責めないんだね」
言われた言葉にメディアは特段、表情を変えなかった。
自分がここへ送られたのはどのみちの事であると。それだけを言って会話を打ち切っていた。
「なるほど……。ま、考え方はそれぞれだ」
そしてアーベルはそう言い、肩をすくめてみせる。
「けどそれで、本当にいいのかな……」
続けられた言葉は殆ど声にもならない。隣に立つカーラとスゥの耳にしか届かない囁きだった。
気付いたからには気にならないではいられない。
気になってしまったからには自ら向かわないでは済まない。
メーネとはそういう竜だった。
よって彼女はこう告げる。
「あの塔については私一人で向かいます。お前たちは当面この場にて待機」
ただ自らの身に危険が迫った際には各自の裁量で行動せよと言い渡し、魔鎧を着装する。
「そしてお前は……いったん帰る事を許します」
続けてクレフにもそう告げ、メーネは輿を出てゆく。
クレフは報告に現れた魔族の男に駆け寄っていた。その傷口に治癒の魔術を使い、口を開く。
「どういうことだ?」
魔族の男は笑っていた。
「聞いての通りだろう? お前はもう解放された、当面はな」
それでも彼女の気が向けばまた連れてこられるのかもしれないが、彼女が帰って良いと言ったのだ。また数ヶ月は持つかもしれないし、二度と呼び出しなどかからないかもしれない。
「何も解決してなど居ないが、ともかく帰ってやれ。待っている者が居るんだろう」
「……有り難う、なんてのは言う気にもならないな」
クレフは苦笑しながらそう言っていた。魔族の男も苦く笑う。
「ああ、全て俺たちの不甲斐なさだからな。二度と無いようにはしたいが――」
なんとも言えんと。
あの竜のことを知るだけに責める気にもなれず、クレフは立ち上がる。
「道中、彼女には会うなよ。また気が変わらないともわからん」
そんな言葉を背中に聞きながら、クレフは駆け出していた。




