6.邪神どもの狼狽
「ふ……どうしたえ。増幅された魔力も、もはや尽きたようじゃのぅ」
次々と火炎槍を放ちながら言うノエニム。
プラズマ球の生成をやめたグランゾは、しかし余裕を失っていなかった。
「そちらも、もう熱閃光は撃たぬのか。少しばかり画が地味になっておろう?」
言われて、ノエニムはむっとしたように熱閃光を放っていた。しかしその赤い閃光はグランゾの対魔力フィールドによってあっさりと弾かれる。
眼前で散る光を見てグランゾは笑っていた。やはりノエニムにはこれ以上のことは出来ぬとばかりに。
「まあ、撃てたところで無駄なことよ……魔術師である限り我には勝てぬ」
メーネ相手ならば万が一がありえた。
グランゾはカーラ相手に一度敗北を喫したのだから。彼女が龍鱗の義足を捨て、腰の長剣を抜く可能性がある限り無理は出来ぬとグランゾは思っていた。
だが、ノエニム相手ならば彼は何度も戦い退けている。たとえ彼女が未だ全力を出していなかったとしてもそれが魔術である限り防げるとグランゾは踏んだ。
しかし、ノエニムは地上へと降り立つとにやりと笑みを浮かべていた。
「ふ……まあ、吾にはそなたを潰す気などは今の所ないのじゃがな。そう舐められたままではこちらも気分が悪いというもの」
そしてその手を大地に向けると、魔法陣を展開する。
「ぬ――?」
何をしようというのか、グランゾは訝りながら注視する。その目の前で、ノエニムは地面から生成した1メートルほどの黄金の手槍をその手に構えた。
「ほう……物質生成か、いや集積か? しかし物理攻撃であってもこのフィールドにはさしたる差もない。我が身体まで到達する前に、そのような槍など朽ちるわ」
グランゾは笑うが、ノエニムもまた伊達でこれを生み出した訳ではないとばかりに笑みを崩さない。
「まあ、待つが良い。……そなた、知らぬじゃろう」
言って、ノエニムは眼前に手槍を捧げ持つ。
周囲から集まった精霊たちが手槍に集まり、それを構成する黄金を他の物質へと変換してゆく。
数秒の後、その輝きは失われていた。赤黒い金属へと変わった槍をノエニムは投擲の構えに取る。
「……貴様!?」
「今更遅いわぁ!」
防御に腕を引き戻すグランゾの前で、ノエニムは軽く駆け、手槍を投じていた。
寸前に身体強化の魔術が幾重にも輝き、渦巻く風が槍を更に加速してその弾道を安定させる。
己の腕に突き刺さり小爆発をあげる金剛鉄の手槍を見、グランゾの声に初めて焦りのようなものが混じった。
「何をした、化物め……」
「ふ、精霊使いのまやかしを知らぬか。特定の物質を魔法金属に変換する力を」
ノエニムはもう一本の槍を掴み取りながら言う。
真鍮ならばオリハルコン、青銅ならばヒヒイロカネ、銀ならばミスリル。
そして、そんな事をする意味など通常ならば無いため、殆ど行われることはないが。
金ならばアダマンタイトへと変化させられる。その極めて安定した金属という特性の類似によって。
愕然とそれを聞いたグランゾは、一か八かというようにその構えを解いていた。
「ならば……こちらも、もはや手加減は出来まい」
ノエニムはその言葉を負け惜しみだと断じた。手加減の余地などこれまでにもなかったろうが、と。
しかしその眼前で、グランゾは背中の翼を開く。
格納された呪力スラスターが絶叫をあげ、その18メートルの巨体を前方に押し出してゆく。
「舐めるなよ小娘。こちらとて貴様をフィールド内に押し込めば、それで勝ちよ!」
「なんっ……!?」
背に再び二つの魔法陣を展開し、飛び立つノエニム。
重力も何も無視した軌道で飛び回る彼女を、グランゾはスラスター噴射による力任せの飛翔で追う。
「ここで貴様との腐れ縁も終わりよな、霊王ノエニム……!」
「ま、待て、待て! こらグランゾ! あれを見ぬか! なんか大変な事が起こっておるぞ!」
地上数百メートルにまで上昇しドッグファイトを行う幼女と鉄塊。
その中でノエニムは必死に横を指差しグランゾにそちらを向かせようとするが、グランゾはもはや聞く耳を持たない。
その様子に、ノエニムはもはや仕方ないとばかりに精霊魔法による防御壁、七色に輝く泡を展開していた。そのまま彼女はグランゾの呪力フィールドへと平然と突っ込みその肩に乗る。
「ええい、一時休戦じゃグランゾ! あれを見ぃ!!」
「何を……貴様、そんな手を隠し持っていたと……」
グランゾの驚愕をすら面倒くさいとばかりに、その頭部を叩くノエニム。そしてグランゾもようやく彼女が示す方角を見て、訝るような声をあげていた。
「あれは……」
西の方角、そこには。
彼等の居る位置をすら遥かに超える緑色の柱が、何本も天へと向かって伸びていた。
暗い部屋の中。
ブラウン管テレビの前に置かれたソファの上で。
呆然とそれを見ていたのはシェルディアとプレディケも同じだった。
「……どういうことなの」
シェルディアが呟くようにして言う。
「ん……うぅん。いやまあ、元々あの封印牢って、アレを封印するための物だった訳じゃろう?」
プレディケは盛大に目を逸らしながらそう言っていた。
「……それが何で起きてるの」
ぎしり、と軋む音すら立てそうな挙動でプレディケを振り向き、シェルディアは言う。
「あ、いやあ……あやつら、だいぶ深くまで穴を掘ってしまったのではないかの?」
完全にシェルディアと同じ方向、つまりシェルディアに後頭部を見せるような格好でプレディケは答える。
「……それだけとも思えない気がするけど」
シェルディアはがしりとプレディケの肩を掴みながら言っていた。
「いや、わらわにそんな何もかも聞かれても困るというか、のう?」
じたばたと、凄い力で引き寄せるシェルディアの手から逃れようとしつつプレディケは言う。
「遊びはここまでとしよう。それで、何が起きたのだ」
20過ぎほどの姿になったシェルディアは、溜め息を吐きながら立ち上がっていた。
白いドレスに白銀のグリーブとヴァンブレイスを装着した戦乙女の姿だ。
「……わらわにも正確なところは分からぬのよ」
こちらも同様の年齢となったプレディケが立ち上がる。
黒いドレスに大量の羽飾り、頬には戦化粧を施した呪術師のような姿。
「あれの名はバエル、他で知られておる者とはだいぶ違うじゃろうがの。初めてあそこに封じられた魔王であり、あの環境を作っておる母体となる存在じゃ」
プレディケはそう語る。
あれはだいぶ以前から自分の端末を地上へと送っていた。カエルのような姿のものだ。
それが損耗する程度では目覚めぬし、仮に奴の所まで掘り進むような者が居たとしても、あそこに居る他の魔王程度では脅威として認識される事など無い――筈だった。
それが何故ああして目覚めてしまったのか。それについては本当に、正確なところはわからない。
もしかしたら何か悪意ある存在が――他の魔王が。自らあれに取り込まれ、そのコントロールを奪ったのかもしれないとプレディケは推測を述べるが、それとても確証があることではない。
「わからぬ尽くしだな」
シェルディアはそう言って部屋を出ようとする。
「む……待て、何処へ行くのじゃ」
プレディケはシェルディアの前に回り込み、その歩みを止める。
「決まっておろう。私自ら出なければ、もうあの騒ぎは収まらぬ」
睨むシェルディアにプレディケはやや怯みながら、しかしそこを退こうとはしなかった。
「いや……もう少し、待たぬか? そなたやわらわが出て収めるのは簡単じゃろうが……」
なるべくならそうはしたくない、そうプレディケは言う。
シェルディアは溜め息を吐き、プレディケを見つめていた。
「お前は……そうだな。出来る限り干渉を嫌う。誰にもどうにも出来ぬような事態が起きていてすらも」
何故なのだとシェルディアは問うた。
プレディケは自信なさげに俯き、それでも言葉を紡ぐ。
「分からぬよ。じゃが……してはならんと思うのじゃ。我らが干渉すべきは最初と、最後のみ。それ以外にはしてはならぬと。理由など聞かれても答えられぬが、の」
そして、シェルディアは無言でソファに座り直し、足を組む。
プレディケもまた無言でその隣に座っていた。




