4.崩壊の足音
「なんか、カーラ様に必要とされるってのも、あの地上侵攻の時以来っすねえ」
レイリアを加えて4人となったスゥ達は街の西門へと向かって進む。
その間、彼女はそう口を開いていた。
「そうだったな」
カーラはそれだけを答える。こちらへ来てから、パメラと会ってからすら、カーラはレイリアの事を一切気にかけた覚えがなかった。生きてこちらに居るという事はクレフから聞いていたにも関わらず。
カーラとて、それに若干の負い目を感じないではない。
しかしそんなものを態度や表情、あまつさえ言葉などに出せる女ではない。
ちらりとカーラの顔を見上げるレイリアは、やや寂しそうな表情をしていた。
「その大鎌、まだそんなものを使っていたのか」
と、カーラから言われ、レイリアは言葉の内容にへこみながらもそれでもカーラに笑みを向けてみせた。
「ええ、あたしが出来るのってこれだけですし」
一日にたった一度だけの殺戮円舞。
それで彼女は魔力の殆どを使い果たし、防壁すら張れない状態となる。
だが奇襲に成功したときのその威力は絶大だった。引き換えにする価値はあると思えるほど。
「そうではないと思うぞ。自分でもわかったのだろう? 出来ない事など無いと」
カーラはそう言っていた。
あの地上侵攻の時はそれで良いと思っていた。確かにレイリアの一発芸は利用価値が高いと思った。
そして短期間で地上に領土を確定し、それで一旦の区切りがつく戦いならばと思っていた。
だが、こちらへ来てからはそうではなかろうとカーラは言う。
「一度、戦い方を見直してみると良い。私が言えた事でもないが、それを捨てる事まで含めて」
レイリアは呆然とカーラの顔を見上げて、何やら泣きそうな笑みを浮かべていた。
随分と変わられた――以前であれば、本当に、自分になど何の興味もなかっただろう人が。
「ほんとにねえ、丸くなったよ、うん」
アーベルはそう言ってカーラの背中を叩く。
不愉快そうに彼を睨むカーラの視線を気にすることもなく、彼はレイリアの方を向く。
「こっちに来た事自体を良いことだなんて言う気はさらさらないけどさ、悪いことばかりでもなかったよねって思うんだ、これは割と本気でね」
だから、とアーベルは続ける。
「クレフはちゃんと連れ戻さないとな。こっちで何かあった時には、いつもあいつを含めた4人だった気がする。あいつが居ないと……物足りないなんてものじゃないんだ」
「当たり前です」
スゥは怒ったような顔でアーベルを見ていた。
がちり、と。普段とは違った手応えに冒険者の一人は顔をしかめていた。
銀ではない、何か変なものにぶち当たったかとつるはしを引いてそれを見る。
「おい、ちょっと来てくれないか?」
何人か人を呼び、更にその周囲を掘り進めると岩は軽い音を立てて崩れ、空洞が顔をみせた。
「別の洞窟か? ……深いな」
魔術を使いガスなどが溜まっていないことを確認した後、カンテラを差し込む冒険者。
その腕の下を、空洞から飛び出したカエルが一匹跳ねてゆく。
「……何だよ、驚かせやがって」
そう呟いた冒険者だが、2匹3匹と続けて飛び出し、次々と数を増やすカエルにこれは尋常なことではないと思い始める。
「なんだこれ……やべえぞ」
「一旦退け、妙な感じがする!」
探知の魔術を使いながら下がってゆく冒険者たち。彼等は、更に地中から何か巨大なものが迫り上がってくるのを感じていた。
既に地響きも上がっている。仲間に声をかけながら坑道を駆け上がる冒険者たちの後ろで、穴を突き破り姿を現す緑色のもの。
触手に塗れた巨大な肉の塊は増殖しながら洞窟内に溢れてゆく。
坑道を埋め尽くし、更に増え、地上に飛び出して高く高く上がってゆく。
採掘場を放棄して逃げながら、冒険者たちは呆然とそれを眺めていた。
「……地震?」
と気付いたのはシラヌイと呼ばれた女だ。隣を歩くカエデもわずかに目を細め、カトランとパメラもやや遅れてそれに気づく。
「良くわかるな、本当に……わずかなものだったと思うが」
カトランはそう言い、シラヌイは何やら照れたような笑みを浮かべていた。
「しかし、変ですね。地震など私達が来てから一度も起きたことはなかったのに」
パメラは言っていた。
「ふむ……しかし、俺でもせいぜいが5年ほどだからな。絶対に無いと言い切れるものでもないのではないか」
カトランは言い、採掘場の方を振り向く。
平坦な地形であるとはいえ砂嵐の多いこの荒野ではあまり見通しはきかない。採掘場の姿を認めることは出来なかったが、彼は何か、胸騒ぎのようなものを覚えていた。
戻った方が良いのか――カトランは僅かに逡巡する。こういった物に素直に従う事で窮地をのがれた事もあれば、逆に窮地に飛び込んだこともあるのだ。
しかし、予感自体がただの気の所為であったことはカトランにとっては少ない。
「パメラ、そしてデコイ、俺は少し……採掘場の様子を見に行く。何もなければまたすぐに追いつく」
カトランはそう言って、採掘場へと駆け戻っていった。
「な、何なんだよ、これはぁっ!?」
叫びながら逃げるクライス。その横ではニーアとメディアが走っていた。
「本当に、何なんでしょうね」
そう言いながらもやけに嬉しそうな声をあげるニーアは、後方から追いすがる触手に散弾針の魔術を連射していた。
ばらばらにぶち撒けられた触手は肉片となっても震えており、残った太い触手はそれを回収し元に戻ってしまう。
「砕かれる程度ではダメージにもなってくれない、と」
メディアはそれを認め、唸る。
気弾の神聖魔法で一撃を加えるも、衝撃波では触手を一旦退かせる程度の効果しかないことを早々に悟っていた。
「では……あまり趣味ではないのですけれど」
ニーアは言い、眼前に炎属性の大型魔法陣を展開する。
発射された熱閃光が触手の幾つかを薙ぐようにして命中し、奔る紅の光条周辺に居た触手たちも燃え上がり蒸発してゆく。
「うぁっぢぃ!!」
だいぶ距離のあったクライスまでもがそんな悲鳴をあげていた。
熱閃光とはこんな魔術だ。威力は絶大だが、広範囲にぶち撒けられる熱によって味方すらも焼いてしまいかねない。
それでも効果のほどを見るに、この妙な触手にはこれを使う他ないか、とニーアは考えていた。
そのまま足を止めて二度、三度と撃ち放つ。追ってきた触手の殆どが炭となり、灰と変わる。
「ッ!?」
が、咄嗟にその場を大きく飛び退くニーア。その足元から突き出した触手が空中でばくりと閉じる。
クライスのあげる悲鳴。メディアもまた顔色を変え、ニーアはまた笑う。
「おやおや……上からだけではありませんのね。これは、逃げるほか無いようです」
しかしどこまで逃げれば良いのか。ニーアは笑いながらそう考えていた。
その目が、駆け戻ってくるカトランを捉える。ここで僅かに彼女は顔色を変え、その笑みを消す。
「カトランッ! 来なくて良い、そのまま逃げて!」
メディアもまた同様に考えたのだろう。そう叫んでいた。
ニーアは両手を振り、そこに魔法陣を浮かべる。形成された六角形の鉄柱が二本、射出され更に分割されながら地中へと撃ち込まれてゆく。
そして地中にて、発動した電磁結界の青い輝きは地上にまで漏れ、地面の下を突き進む触手の動きをしばらくの間封じ込めたと、彼女は探知魔術によって知る。
「とりあえずは……街でしょうかしら」
カトランの元へ辿り着き、共に逃げながら、ニーアはそう言っていた。




