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SC&C探偵事務所  作者: 上月晶
3.
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2.メーネ襲来

「道々、クレフが拐われたときの状況について聞こうか」

 カーラに促され、ぽつりぽつりと話し始めるスゥ。

 それはあまりにも唐突だったのだという。


 封印街の中をクレフとスゥは歩き回っていた。

 特に目的があるわけでもないが、こうして歩くこと自体、クレフはそう嫌いでもない。

 隣を歩くスゥとも手を繋ぐわけでもないが、彼女が合わせてくれているのか、思いつき任せに曲がる角を選んでも彼女はぴったりとクレフの横についてきてくれていた。

 クレフも一切何も考えずに進んでいるわけではなく、時折スゥの方を見てその視線から行きたがっている方向などを見てはいるが、彼くらいの感性では彼女がまだこの散歩を続けたがっているのか、それとももう帰りたがっているのかをおぼろげに感じ取れるくらいである。

 と、微かに肌寒い風が吹いたのを感じて、クレフは口を開いていた。

「ちょっと寒いな。……そろそろ戻るか? スゥ」

「そうですね。ご飯にしましょうか」

 スゥは笑いながらそう言い、事務所へと戻る道の方にその視線を向ける。

 それは心地よい時間だった。殆ど何も言わずとも心が通じ合うような感覚であり、この頃のクレフはスゥと居て、ひどく――心が安らぐ。自分が自然で居られるような感じがしていた。

 男女の関係ではないが、果たしてそれが必要なのかと、そんな事もクレフは思っていた。それによりまた彼女との接し方、この距離といったものが変わってしまうなら、特にそれをクレフは望まない。

 今が良いのだと、彼はそう思っていた。


 そんな穏やかな時間の中、いきなりの轟音と共に自分の隣へと落ちてきたものに、クレフは全く反応することが出来なかった。

 自分はいきなり眠り込んで、悪い夢でも見ているのかと、そんな風にすら思ったかもしれない。

 ともかく、彼は気付いた時には犬のように小脇に抱えられて空へと舞い上がっていた。ああやはりこれは夢だと、そんな風に改めて思ったとしてもクレフを責められる者など誰も居るまい。

 地上からそれを見上げる、スゥを除いては。

「……スゥっ!?」

 クレフの名を呼びながら追いかけるスゥの姿が目に入って、クレフは妙に現実味のない心地から急速に意識をはっきりさせる。

 自分が黒き民の女に抱えられ、その女は建物の屋上伝いに走りながら逃走にかかっている事を即座に認識し、そこから逃れるべく暴れようとするが、がっちりと腰を抱え込む女の腕はびくともしない。

「お前……まさか、南の大魔王、メーネ!?」

 クレフがその名を呼ばわると、メーネは魔鎧フレディーネの奇妙な仮面の下で笑ってみせる。

「あら、ちゃんと名を覚えていてくれたのね」

 この場にはそぐわないほどの、蕩けそうなほど甘い声音に怒りや驚きよりも情けなさの方が先に立ちかけるが、クレフは続けて叫ぶように言う。

「どういうつもりだ。何故……こんな真似を!」

「私にそれを聞くというのは、無意味以外のなにものでもないわね。なにせ……私自身、どうして自分がこんな事をしているのか、正確に理解しているというわけではないのだから」

 呪いによって竜と化した者――呪われし者ドラゴンスレイヤー、メーネ。

 彼女は自分のふとした思いつきに決して抗えない。それを思いとどまるということが出来ない。

 はた迷惑な――とクレフは舌打ちをし、彼女の腕を吹き飛ばすべく魔術を紡ごうとする。


「やめなさい。龍鱗の義足のこと、知らないわけではないのでしょう」

 笑みの成分を消して囁かれた言葉に、クレフははっとする。

 もし彼女に攻撃を行えば、彼女の物騒な義足、それに備えられた自動反撃機能によってクレフの身体は八つ裂きにされてしまうのだと、それを思い出していた。

「くそ……スゥ!」

 こんな風に拐われながら何一つ出来ないのかと、歯噛みするクレフ。

 その視線の先で、屋根伝いに進むメーネに対して道路に縛られるため、どんどん遅れてゆくスゥが映り、彼女が足をもつれさせて道に転がる姿までもクレフは見てしまった。

 それ以上はもはや見ていられず、目を閉じて顔を伏せるクレフ。

 そしてメーネは跳ぶ。封印街の壁を一息に越え、南の荒野へと。



 語られたその内容に、カーラは軽い溜め息を吐いていた。

「うむ……聞いたところで特に意味があったのかどうか、疑わしくなる話であったな」

 わかっていたことではあるが。

 スゥの目の前で堂々と掻っ攫い、普通に消えたと言うのだからそんなものだ。


「だが、それでも。貴様の方に話した意味はあったのではないか?」

 カーラは続ける。スゥはだいぶ冷静になれたというように、その目を細めていた。

「……そう、ですね。そうかもしれません」

 言った彼女の気配は以前のような、初めてこの世界へ送られてきた時のような、鋼鉄製の獣といった状態に戻っている。それそのものではないが、近い。

 カーラは満足げにそれを眺めると、足を早めた。


「デコイさんとディーネさんっすか? 物資の輸送は大体正午付近に着くように出てるっすからねえ」

 だいぶ前に出発したと言うレイリア。

 かつてヴァンパイアが経営していたという雑貨店の店主にちゃっかりと収まり、在庫の把握だの入荷の予定だのを処理してゆく彼女を、カーラは変な物を見るような目つきで見ていた。

「……いや、というか、お前……ここに居たのだな」

「あーうん、一ヶ月半ほど前っすかねえ。デコイさんから雇われて」

 あの襲撃から。

 襲撃がなあなあになって、彼等の採掘場へと招かれた時から、カトラン達の独立勢力とデコイ達冒険者の間には奇妙な同盟関係とでも言うべきものが成立していた。

 メーネとの遭遇を警戒して、グランゾがほぼ西側へと侵攻しなくなったということもあり、今では完全に空白地として安定してしまっている封印街西側。

 それだけに小さな独立勢力による散発的な略奪も増え、採掘場への輸送も途切れがちになってしまっていたのだが、冒険者の居る採掘場への荷車だけはカトランたちが護衛を引き受けることで8割以上の輸送成功率を確保出来るようになっていた。

 主な護衛人員はカトランとパメラ。クライス・メディア・ニーアの白き民三人は採掘場の防衛人員として残り、そして街側で物資調達に動くレイリアというように彼等も別れていた。


 特に人を分けることについて、カトラン達の中で揉めなかったわけでもないのだが。彼等が共に行動していた理由の大部分が仕方のなさであったため、最終的にはまとまったというところ。

 そして、やってみればこれが意外にうまくいった。それでいて繋がりが失われたわけでもないため、そのまま分解して冒険者勢力に飲み込まれるということもなく、今の所やれている。

「……なるほど。しかし、お前にこんな事が出来たとはな」

 カーラは改めてレイリアを眺めていた。

 彼女が連れて来た魔族の中では最年少であるレイリアは、その年齢いまだ30歳だ。

 白き民換算すれば10歳。体格の方は17歳程度。それで選ばれたというのは紛れもなくエリート――なのだが、その戦技以外の部分について当然ながらカーラは一切期待していなかった。

 たった一人で雑貨店を任せるなど、デコイも良くやろうと思ったものだ。そんな風に思う。

「まあ、あたしも最初は無理って思ったんすけどね……」

 レイリアは言う。

「やれって言われりゃ、やらなきゃって思えば、意外に出来ちまうもんなんすねえ」

 他人事のように言う彼女に、カーラは苦笑のような笑みを向けていた。

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