外伝2 盗賊デコイ、四年前の冒険
「よう。……今回の依頼、一緒になることになったデコイだ。まあ、宜しくたのむぜ」
持ち手をつけた小型の樽のような形をした木製のコップを手に。
テーブルへと近寄ってきた盗賊風の男は、そう言っていた。
魔術師ガイムは深く椅子に腰掛けたまま、相手の姿をざっと見る。
うごきやすい茶のシャツとズボン、大小のポケットに覆われた防刃ジャケット。
腰のベルトにはポーチが並び、水筒とロープが吊られていた。
ナイフが数本。両刃のダガーではなく片刃の、おそらく細々とした作業用。
そして背中には矢筒と、小型の合成弓。
防具といえるものは、脛にあてた革の脚甲のみ。
まあ、普通の冒険者シーフだ。技能としてはレンジャー寄りか。
しかし装備は全体的に古く、くたびれていた。
それはデコイと名乗った男自身もそうだった。40をやや越えるほどと思える。
あまり期待は出来まいな、とガイムは溜息を吐いた。
名乗りを返すこともなく果実水を舐め、立ち上がる。
「これで全員揃った。では……行こうじゃないか」
今回ギルドから請け負った依頼はいつも通りのものだ。
現在魔王討伐の旅を続けているらしい"勇者パーティ"によって壊滅した魔物の軍団。
それを王国軍の騎士団、傭兵団が追い散らした後の残党狩りだ。
連中は――まあ当然だが、厄介なものかつまらないものばかりを回して寄越す。
今回はその後者、つまらないものの方だった。
「落ち延びたオークの一団がある洞窟内へと潜んでいる。いまのところ被害は、近隣の村から食料が奪われる程度」
歩きながら仕事の内容を確認する。
見かけられた規模はたいしたものではない。オークどもが襲撃に居残りを残すとも思えないので、そのぶんだけを始末すれば依頼は完了といったところだ。
つまらない任務だった。
「人死にや、拐われる女が出てねぇってのは気が楽でいいねぇ」
デコイと名乗った男はそう言っていた。
それにはまあ同意しないでもない。とくに後者は。
何も考えず焼き払えるならそれに越したことはないのだから。
さて、目的の場所へと近づいて早々に、ガイムはデコイへの評価をあらためる事となった。
「足跡だな。ざっと見た感じ8匹か、ギルドで聞いた人数とおなじだ」
森の中、木陰でやや湿り気を残した場所に刻まれる痕跡を見て、そう言うデコイ。
「……そんなすぐに分かるものかよ?」
背中に大剣を背負った魔剣士が疑わしげな声をあげるが、デコイはしゃがみ込んで解説する。
「これとこれは同じヤツだ、沈み込み方が一緒だからな。他は全部違う。裸足が2匹に、靴を履いてやがるのが4匹、あとは革みてぇなものを巻いてる感じか」
魔術を使えば分かることだが、こうやって無しでやってくれるのなら有り難い。
魔力とて無限ではないのだ。無駄な事で使わされたくはない。
洞窟の入り口に立っていた見張り役を手早く片付け、奥へと進む。
完全に天然の洞窟ではなくある程度手が加えられており、進むのにはやや難儀した。
通路、居住スペース、天井が崩落して日が差しているような部屋。
調理場らしき場所には解体途中の鹿が横たえられており、血の臭いに胸が悪くなる。
「ち……なかなか、見当たらん」
布で鼻を押さえながらガイムは顔をしかめ、魔力の明かりを生み出して先へ進もうとする。
と、その肩をデコイが押さえた。
「待った、そっちは気を付けた方がいいぜ」
言って入れ違いに進み、地面に手をついて調べる。
「ここは後から土が盛ってあるな。この上り坂は不自然だ」
その言葉にしたがってガイムが魔力の明かりを先行させると、坂の上に積まれた丸太が見えた。
「ロープかなんかを切るとあれが転がってくる仕掛けだろうな」
「作動させてしまうか?」
「音で気付かれちまうが……まあ、そっちの方がいいかもな」
油を塗って黒く染められたロープを見つけ出し、ガイムが炎の魔術でそれを燃やす。
やがて、坂の前から退いて待つガイム達の前に、けたたましい音を立てて丸太が転がってきた。
……悪くはないな、とガイムはデコイを評していた。
もう少し若ければ、この依頼が終わった後も共に行動することを申し出たかもしれない。
しかし、この歳では。遠からず冒険者を廃業することを考えねばならんだろう。
惜しいことだと思う。
この稼業、まともな人間と会うより、ひどいものを見る機会のほうが圧倒的に多いというのに。
とくに、この役立たず――とガイムは背後を振り返っていた。
大剣を背負った魔剣士は、戦闘だけが自分の役目だとばかりに、ただ付いて来るだけだ。
それも最前列を張りもしない。
背負う両手剣は通常そう呼ばれるものよりも二回りは大きいため、筋力強化の魔術を使っているのだろうが。他に使える魔術は無いのかこいつは。
なお、先程から魔剣士と呼んでいるように、それは魔剣でもあった。
おそらくは火炎の付呪をほどこしたものだろうが、あまり質がいいとも思えぬ。
それでも全財産を叩いたのか、防具の方は粗末なものだった。
そしてもうひとりの重戦士、タッドはそれなりに長く共に行動している人物だ。
言葉少なで、雑談を振っても長くは続かない。
あまり頭の良い男とは言えなかったが、与えられた仕事は選ばず、無難にこなす。
また、魔術を使うとは聞いていなかったが、重い重鎧を着ていながらたまに見せる身のこなしと、インプなどが使う初級魔術であれば身じろぎもせず耐えるところから見て幾つかは覚えている筈だ。
筋力強化と、対魔法障壁か鎧強化あたりは。
まあ、それ自体は良い。こちらも手の内を全て明かしてはいないのだから。
にわかに騒がしくなる洞窟内。
奥へと引っ込んでいたオーク達がようやく侵入者に気付いて向かってきているのか。
それを聞きながら、デコイはやや納得がいかないというような声を漏らしていた。
「だが……どうもな。オークってのはこんな洞窟に住むもんだったか? ゴブリンならいざしらず」
「まぁ、な。森の中ならば野外に小屋でも作るのが良く見る光景か」
洞窟などがあっても貯蔵庫や、死体置き場として利用するくらいだろう。
「だが、そうおかしな話でもあるまい。こいつらは魔族の統率を失った敗残兵なのだから」
「確かに、そうかもしれねぇ……」
言っているうちにオーク達は暗がりからその姿をあらわす。
その姿を見て、彼らはぎょっと目を見開いていた。
「……トロールだと!?」
オーク達の中にひときわ巨大な姿。
トロールを中心に連中はこちらへ駆けてきている。
そうだ――これらは元々魔族によって集められ、統率されていた連中。
通常考えられないような編成で現れることもあると、聞いてはいた。
「そっちに身を隠せ」
デコイは言って、前に出る。
背中の合成弓を引き抜くとトロールに向かって速射を加え、踵を返す。
言われた通りに魔力の明かりを離し、暗がりに身を隠すガイム達。
オーク達は彼らに気付かぬようで、トロールは激怒しながらデコイを追ってゆく。
「あのおっさん、逃げたのかよ?」
魔剣士の男が言う。その声は魔術によってガイム達だけにしか届かない。
ほう、こういう事にだけは魔力を使うか。
「名前の通りのことをしてくれたのだろう?」
ガイムは皮肉に口元を歪めながら、そう言っていた。
「じゃあ、追いかけて追撃加えなきゃやべえんじゃねえか?」
続けてそう言う魔剣士に、ガイムは心の中で溜息を吐いた。
馬鹿が。あれはただ囮になったのではない。
やつは、一人であれを始末するつもりなのだ。
来る途中に日光が差し込んでいる部屋があった。
トロールは陽の光に当たると石化する。そうなればどうとでもなるというものだ。
また、オークが食料ばかりを奪っていたというのにも納得がいった。
あれを養うためであったのと、あれの見張りのために兵を残していたのかと。
敵の総数は8では済むまい。
こういった思考のうち、敵数が当初想定していたよりも多いだろうということだけを魔剣士に告げる。
「……じゃあ、どうすんだ」
「やってやれない事はないが、帰りのための魔力が無くなるな。一旦出直しだ」
「だが、逃げられるのか? ……いや、全部あのおっさんに押し付けちまえば」
ガイムはさすがに失笑を押さえきれなかった。
おいおい、先程援護をしなければならんと言っておいて、それか。
そしてガイムはタッドをちらりと見た。
タッドはそれに気付き、仕方ないとばかりにうなずく。
ガイムもまたうなずいて、口を開いた。
「まあ、俺はべつの事を考えている。報酬を分け合う相手として、貴様こそがそれに値せん、とな」
同時にガイムはワンドを下に向け、風刃の魔術を使った。
悲鳴が上がる。魔剣士の脛が真っ二つに断ち切られ、血を吹き出していた。
ガイムとタッドはその場をすばやく離れ、もとの道を駆け戻りはじめる。
背後を振り返ると、魔剣士に気付いたオークどもがそこへと殺到するところだった。
いくら超人的パワーを持っていようと、片足が不具になってはその大剣は使えまい。
だが、少しくらいは足掻いてくれよと、ガイムはにやつきながらそう考えた。
日光がさす部屋へと戻る。
そこには予想通り、トロールを仕留めたデコイが居る。
「街へ帰るぞ。これさえあれば依頼失敗とはならん、ギルドの情報がでたらめだったのだから」
転がるトロールの首を拾い上げ、ガイムはデコイへと言っていた。
「……おい、待てよ。もうひとり居たんじゃなかったか?」
デコイの問いに、ガイムは笑ってこたえる。
「やつは背負っている剣からわかる通りの、勇敢な男だったという事だよ」
「くっそ……」
駆け戻ろうとするデコイの肩を、ガイムは押さえる。
「戻ろうと言うのか? やめておけ、もう間に合わん。死体が一つ増えるだけだぞ」
デコイは、まさかというようにガイムを見る。
だが頭を振って、無言で彼と共に出口へと向かっていた。




