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SC&C探偵事務所  作者: 上月晶
2.残る傷跡へのスタンス
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エピローグ

「はい、今日は250枚の返済ね」

 銀貨を数え、リュックにしまいこんだサリィはふっと小さな溜息を吐いた。


「ちゃんと返済して来るようになっちゃったわねえ、クレフ。どうしたの?」

「まぁ……仕事が上手いこと行ったもんでな」

 クレフはそう言って、ソファに背をもたれていた。


 あれから。

 40人ほどが残っていた冒険者達は、結局あの銀鉱山に居着く事になっていた。

 白き民である彼らは街へは行きたがらなかったし、他に仕事もなかったとのことだ。


 そしてあの鉱山はもう廃坑だったが、地下にある吸血鬼の城を調べるなかで別な鉱脈を発見することができていた。あれだけ石英が光っているならもしや、と思ってはいたが。

 冒険者たちがいつまでも鉱夫で居られるとも思えないが、とりあえずは。

 銀を採掘する者と、地下や周辺を探索する者達に分かれて、活動するようだと聞いた。


 ディーネとデコイは街に住んでいる。

 街で、採掘場から送られてくる銀を使って物資を買い、それを採掘場へと送っていた。

 元々それを行っていたヴァンパイアは姿を隠してしまったため、その捜索も同時に行っている。


 そして、一旦棚上げとなっていたデコイ捜索依頼の契約は、予想以上の報酬となってクレフの懐へと入ってきていた。暫くの間はサリィへの返済を滞らせなくとも済みそうだ。


 まあ、今回もなんとか上手くいった……と思える。

 若干すっきりとしないところが残るのは、前と同じといったところだが。


「クレフ様」

 ぼんやりとしていた所に横から声をかけられ、クレフはそちらを向いた。

「ああ……スゥか、どうした?」

 スゥはじーっとクレフの顔を見て、それ以上の事を言ってこない。

 何やらこちらの方が恥ずかしくなり、ついクレフは目を逸らしてしまう。

 そんなクレフに、スゥはとうとう用件を切り出していた。


「この間の依頼のときの……あれ。いったい何をしていたんですか?」

「う……」

 これか、とクレフは口ごもる。

 ずっと問いたそうにしていたのは分かっていた。その度に知らんふりをして来たのだが。

 とうとう直接聞かれたか、といった感じである。

「ちょっとした、ゲーム……かな?」

「わたしとも出来ることですか?」

 いかん、追い込まれているとクレフは思う。この流れは非常によろしくない。


「ルールを覚えれば……まあ」

「では、教えてくださいますね?」

 くっ……。


「いずれ、時間があった時にな。あれは魔術を使うし、スゥも知っていると思うが1ゲームがだいぶ長引くんだ。俺はちょっとアーベルの店に行く用事があったから、また今度って事にしよう」

 早口でまくしたて、事務所を出る。

 スゥはそんなクレフの姿を変わらない表情でずっと眺めていた。


 まずい。とてもまずい。あれは完全に理解している。した上でああ振る舞っている。


 スゥと魔王討伐の旅をしていた時。あの時は彼女を懐き始めた捨て犬のように思っていた。

 こちらへ来てから初めての旅。その時には、彼女は召使いのようだった。

 そして今回の旅の間、彼女はその姿よりも幼い少女であるかにみえた。


 今は――。


 悪い事ではないと思う、彼女にとって。

 だが、どうも、クレフは困ってしまっていた。


「アーベルの所へ行くか……」

 スゥにはそう言ったのだから、他の場所へ行ってはいけないだろう。

 尾行されているような感じはしないが、魔術なしでクレフがそれに気づけるものでもなかった。



「ああ、クレフ。良く来たねぇ」

 頼んでも居ないのに水ではなく茶を用意してくるアーベル。最近はこんなような感じだった。

 そして、次に聞いてくる事も大体決まっている。

「こないだの依頼の時、何やってたのかそろそろちゃんと教えてくれてもいいんじゃないかな?」

「お前もかよ……」

 分かっていながらそう言ってしまうクレフ。

 アーベルは不思議そうな表情をしたが、ああ、と理解したように言った。


「彼女か。そうか、とうとう聞かれたか」

 アーベルはにやにやと笑いながら言う。そして、続けていた。

「いーんじゃないの? それを望むんなら。きみだって前回の旅で自分の気持ちには気付いたんだろ?」

「それは……そうだが」

 悪い、と思ってしまうのだ。

 本当に彼女は、それを自分で判断出来るだけの精神年齢にあるのだろうかと。

「僕に言わせりゃかっこつけ過ぎだ。また誰かにかっさらわれても後悔するなよ?」

 アーベルはそう言って、からになったカップに新しい茶を注ぐ。


「とまあ、それはそれとして。なあ、教えてくれって」

「……本当に、大した事じゃないぞ?」

 前置いて、クレフは話し始めた。


 基本的には簡単な思考探知と感覚探知、感覚共有の組み合わせであると。

 したい事と弱い場所が分かればあとはどうとでもなる。魔術戦闘と同じだ。

 相手が防壁を用いないのであればもうこれで終わる。


「問題なのはやはり、あの龍鱗の義足だった。あれがどこまでの魔術を危険と察知するかわからない。自動反撃機能を起動させてしまったらもうそこで終わりだ」

 クレフは細切れにされてしまっていただろう。

 だから、使える魔術はひどく限られた。それによりあれだけ時間がかかってしまった。


「……白き民ってのは、魔術をえげつない使い方するもんだな」

 アーベルは引き攣った顔でそう言っていた。


「しかし、こんなものを聞いたところでどうするんだ。使うあてもないだろうに」

「割とさらっとひどい事を言うねぇ。でもまぁ……」

 アーベルは笑いながら続ける。


 黒き民の平均的な寿命というのは300年。

 よって、その精神年齢というのを白き民に合わせると、概ね実年齢の三分の一と考えて欲しいとアーベルは言っていた。

 無論、生きた年数だけ経験の蓄積はあるものだが、社会での扱われ方というものがそうなのだから、態度や考え方も大体そうなってしまうものだと。


「つまり僕はまだ18歳。どうだい、納得いったかい?」

 クレフは深い溜息を吐いていた。

 確かに、ならば、こういった事を知りたがるのに理由など要らないか。


「そうだ、ディーネちゃんの実年齢ってのはどうなんだろうねえ」

 アーベルは思い出したようにそう言う。

 確かに、ヴァンパイアハーフならば寿命も長い筈だ。概ね人の2~3倍といったところか。


「わからないな。おそらく、彼女の精神年齢も実年齢よりだいぶ低いんだろうとは思うが」

 クレフはそう言っていた。

 あの吸血鬼の祖との会話だと、彼女は恐らく最大で6発ぶんの悲劇を経験している。

 その結果ハンターとなり、その他の可能性を切り落としてしまったのなら、そこで死んだようなものだ。

 彼女の心もその時点で停止しているのではないか、そう思った。


「デコイのおっさんが何とかしてくれるといいねえ」

 そう言うアーベル。

 確かに、彼と自分は同じようなものなのかもしれない。

 ならばその相手との付き合い方というのも、学ぶことが出来るのではないかと思った。

 彼の方が自分よりも一回り年上なのだから。


 黒き民の年齢が三分の一、つまりカーラですら27辺りであると考えると。

 そういった存在というものは貴重であると思えた。


「様子を見に行ってみるかな……」



 ディーネとデコイの二人は荷車の上に乗っていた。

 流石に40人ぶんの物資となると、クレイゴーレム1体や2体で運ぶ訳にはいかない。

 クレイゴーレムに牽かせた、こういったものを用いるしかなかった。

「んぁ? ……あちゃ、ありゃあ……盗賊かぁ?」


 防塵ゴーグル越しに目を細めて、デコイはそれに気づいた。

 彼らの進行方向には一人の女性が立っていたのだ。でかい大鎌を携えて。


「はいストーップ。護衛付きで、こんだけ大荷物ってのは珍しいっすねえ? 頻繁に盗賊が出るから、荷物は必要最小限ってのは、知らないわけじゃないっすよね」

 レイリアはそう言って、荷車の前に立ちはだかる。

 だが、普通にそのまま進んでくる荷車に焦ってその場を離れていた。

「どぅおおおおおっ!」

 そして、でかい大鎌がつかえてこける。


「おいおい、大丈夫かよ黒き民のねーさんよ。こいつらが移動中は何があっても止まらねえって、知らないわけじゃねえんだろ?」

 荷車から飛び降りたデコイが、そのそばにしゃがみ込みながら言う。

「……え?」

 レイリアはデコイを見上げ、ぱちくりとその目を瞬かせた。


 じろじろとその頭の上から足の先までを観察する。間違いなく白き民だ。

「……なんか、あんた、変なおっさんっすね。魔族を怖がらないなんて」

 確認するように言うが、デコイはそれに笑ってみせる。

「まぁな。恩人に3人も黒き民が居てよ」

 そのまま差し出されてくる手を掴んで立ち上がったレイリアは、吹き出すように笑っていた。


「何をしているんですか、あなたは」

 透明化を解くパメラとカトラン。

 そして偏光結界の中に居たニーアとメディア、クライスも、様子がおかしい事に気付いて出て来る。


「……随分と沢山に囲まれてたもんだな」

 ぞっとしたような声をあげるデコイ。

 もし反射的に敵対行動を取っていたらどうなっていた事か。

 話しかけて来たので話が通じると判断したのだが、そうして良かったのだと胸を撫で下ろす。


「いやあ、面白いおっさんっすからねえ、つい……」

 へらへらと笑うレイリア。パメラは溜息を吐き、デコイへと向き直る。


「物資をいただけますか? まさか、抵抗される気も無いとは思いますが」

 しかしその言葉を聞いて、デコイは両手をぱんと打ち合わせた。

「頼む! もうしばらく……何往復かだけ見逃してくれねえかな? 仲間がだいぶ居てよ、まだ備蓄と言えるようなもんは全然ねぇんだ」

 これ一つを失うとだいぶ困ったことになってしまう、とデコイは頭を下げて頼む。


 パメラはカトランを見ていた。カトランはうなずいて、言う。

「採掘場を干上がらせるほど奪おうとは我等も思っていない」

「……わかりました。でも、毎回それで逃げられてはこちらも困ります」


「じゃあ、一緒に来ますか? 私達の拠点へ」

 ディーネは荷車の上から手を伸ばしていた。


 パメラは眉をひそめながら考える。

 拠点の様子と備蓄を見せると言うのか、しかしそんなものを信じるほどこちらも愚かではない。

 同行すれば拠点についた途端に囲まれて一巻の終わりだろう。


 だが、そこまでを考えてふと荷車の上を見、彼女はがっくりと脱力していた。

 レイリアが既に、荷車の上に乗ってくつろいでいたから。


「……あなたは……」

「いや、多分大丈夫っすよ。何かあったらあったですぐに逃げればいいっす」

 へらへらと笑って言うレイリアにもはや何か言い返す気力すら無く。

 パメラは荷車の横について歩き出した。


「黒き民などを連れて行って、あなたのお仲間達は本当に騒ぎを起こさないのですか?」

 パメラは歩きながらそう訊く。

 デコイは笑って、分からんと返していた。

「わからない……って……」

「だがまあ、大丈夫なんじゃないかと思うぜ。連中は以前にも黒き民に助けられてる、そいつを分かってるし、こいつがヴァンパイアハーフだって事も知って、受け入れたやつしか残ってない」

 パメラは呆然とディーネを見ていた。

 よくよくその瞳を見てみれば、それは若干赤みがかっているのに気付いた。

 そして、何より、とデコイは続けた。


「俺達は所詮流れ者だ。白き民同士だって別に信用しちゃいねえ。騙されることなんてしょっちゅうだし、命を狙われることだって良くあるこった。だから別に誰が相手でも、結局のところ関係ねえのさ」

「……なるほど」


 そういうことならば、今までと同じだ。

 パメラはそう結論づけた。


「私に手を出そうとする者が居れば、殺しますよ。それで構いませんね」

「ああ。やる方も覚悟は出来てるだろうよ」

 互いに前を向いたままそう言葉を交わして。

 彼らは荒野を進んでいった。

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