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SC&C探偵事務所  作者: 上月晶
2.残る傷跡へのスタンス
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16.選択の銀弾

「ぐぅっ……!」

 ディーネの生命素ライフを送り込まれ、デコイはここで初めて表情を変えた。

 苦悶にそれを歪め、頭痛に耐えるように自分の頭を抱える。


「デコイさんっ!」

 呼びかけるディーネ。しかしデコイはそれを突き飛ばし、彼の元へと戻る。


 まあ、そんなものだろうと彼は笑っていた。

 この自分に対し、純血ですらない、どこかの混ざり者が血で勝とうなどとは。

 どだい、無理というものだ。


 吸血鬼である限り自分には勝てない。自分こそが真の吸血鬼であるから。

 他は全てその真似事に過ぎない。それで私に勝てる筈がない。

 討てるのは人だ。人だけだ。

 しかし人の迷いは簡単に、その機会を永遠に失わせてしまう。


 今夜の舞台はこれで終わり。いつもと変わらない、悲劇の幕が下りる。


「む――?」


 そんな事を思っていたがため、彼が自分の下腹に走る痛みに気づくのにはやや時間を要した。



 デコイの手から蒸気が上がっている。

 自分の手が焼けるのにも構わず、彼は太腿のポケット脇に隠した銀の太矢クォレルを引き抜き、吸血鬼の祖へとそれを突き刺したのだ。

 あっけに取られたような顔をしている祖から、再度力を込めてそれを引き抜く。

 そして彼はディーネを振り向いた。


「馬鹿野郎ディーネ! 俺の名前を忘れたのかよ!」

 彼は笑ってはいなかった。ディーネを睨むように見、続けていた。

「俺はデコイだ。そういうもんだ。……迷うようなこっちゃ、ねえだろうが!」

 そして、握っていた銀の太矢クォレルを投げる。


 クレフは走っていた。自分が何故そうしたのかも分からず、走っていた。

 全てが終わってからその理由について考えてみても良くわからない。

 だが、強いて言うなら――自分なら出来るのではないかと思ったのだ。


 この銃が。

 ディーネが持っていた銃が、かつてニーアが口にした聖銃であるというなら。

 それは恐らく、あのお節介な邪神どもが齎したものにちがいない。

 ならば、自分ならば出来るのではないか。


 クレフは飛んでくる銀の太矢クォレルを受け取り、自分の周囲をめぐる精霊へと頼んだ。

 何を頼んだら良いかわからないが、とにかく。

 なんとかしてくれと頼んだ。

 精霊たちは迷うでもなく周囲をまわり、そこから何かをかき集めて戻ってくる。


 そして、手の中で形を変えたそれを、クレフはディーネへと放っていた。


 ディーネは投げられた銀弾を受け取る。

 薬室解放ホールドオープンした聖銃に上からそれを押し込む。

 スライドが前進し、青白い光が銃全体から放たれ、その発射準備が整う。


 そして彼女は、狙いを定め、撃った。


 聖銃シェルディアが先程とは全く違う、真っ白な光芒を吐き出していた。



「……へ?」

 デコイはうろたえた。

 自分に向けられた銃口から、とんでもないものが向かってくる。

 かといって躱すことも出来ずにそのまま受け、彼はその場にもんどり打って倒れた。


 そして光が晴れた時、その姿はもとのデコイへと戻っていた。



 玉座の間にはクレフ達とデコイ、ディーネしか居ない。

 彼はもう居なくなってしまっていた。

 聖銃がデコイをなんとかしてしまったから、その原因である彼は居なかったことになった。

 誰も、何が起こったのかを正確には把握しないまま、ただぽかんとしていた。


 その中で最初に動いたのはディーネ。

 布を水で濡らして、倒れたまま気絶しているデコイの顔を叩く。

「デコイさん、デコイさん、起きて下さい」


 流石にすぐには彼は意識を取り戻さず、しばらくそれを続ける事となったが。

 目を開けた彼は盛大に顔をしかめ、ぼやいていた。

「う……わっぷ……おい、なんだよこりゃディーネ。水びたしじゃねえか」


 抗議の声をあげられてもディーネは嬉しそうに笑ってみせる。

 そしてデコイの顔を見下ろしながら口を開いた。

「デコイさん、隠してましたけど私、ヴァンパイアハーフなんです」


 デコイは軽く目を開き、頭を掻いてから、ああと短く呟いた。

「やっぱり気付いてたんですね」

「まあ、なあ。ずっと一人の吸血鬼狩人ヴァンパイアハンター、それで生き残り続けてるんだ、そうなんじゃねえかな、とは思ってたよ」

 何故か、ばつが悪そうにしているデコイに笑いながらディーネは続ける。

「なら言ってくれれば良かったのに」

「言えるかよ。そっちが何も言わねえのに」


 ディーネは顔を上げて天井を見ていた。

「言ったら、みんなどこかへ行ってしまうんじゃないかと思ったんですよ。デコイさんだけじゃなく」

 クレフ達はそれを、口を挟まず聞いていた。


 黒き民であれば最初から見た目が違う。関わる者は初めからそれを了承している。

 だが、ただの人間だと思っていたのに実は――となれば、その場で覚悟しなくてはならない。

 何が起きるかわからなかった。たとえ、どれだけ信頼している相手だとしても。


「まあ、な……」

 デコイはそう言って立ち上がった。

 したたかに打ち付けた腰をさすりながら、その後を続ける。

「でも良かったじゃねえか。とりあえずここに居る連中は、誰も居なくならねえみてえで」

「そう……ですね」

 ディーネはそう言って、にっこりと笑っていた。


「しかし、ありゃ驚いた。どうして俺なんかを撃ったんだよ」

 城の階段を下りながらデコイが言う。

 吸血鬼達の気配はもはや無い。

 ひどくがらんとしてしまった、広すぎる城の中をクレフ達は歩く。


「おい、ディーネ?」

 返答が返って来ない事にやや不安そうな声になりながらデコイは再び問いかける。

 それに対してもディーネは、唸りながら長い事考えて。

「なんとなく、ですか?」

 そんな事を言っていた。


「最後の最後がなんとなく、かあ。いやでもまあ、そんなもんかもね」

 アーベルが笑う。

「良く分からぬ結末というのは好まん。結局のところ何だったのだ」

 不満げに言うカーラ。

「ま、いいじゃないか。何とかなったんだから」

 クレフは笑いながらそう言って、ようやく彼らはこの巨大な城を出る。


「わたしには……わかる気がしますよ」

 スゥはディーネへとそう声をかけていた。

「同じようなことになったら、わたしも同じようにしたでしょうから」

 そして、スゥは彼女に笑いかけ、先へと進んでゆく。

 本当はきちんと理由が存在したんだろう? と、言うように。


 そう、なんとなくと言いはしたが、ディーネにはちゃんと理由が存在していた。

 だがどうにも恥ずかしいので言いたくなかったのだ。


 なんとかしたかった。

 あの場、あの時まで行き着いて、ディーネはようやくそれを思い出したのだ。


 自分は。

 自分のことをデコイなんて呼ぶあの人のことを。

 初めて会った時からなんとかしてやりたかったのだと。


 逆恨みに近い復讐心も。

 自分が今まで辿ってきた道への、もう終わってしまった事への怒りもなくなったあと。

 素直に自分の本心だと言えるものはもうそれしかなかった。

 吸血鬼の祖、そんなものの存在はもう、あの瞬間忘れていたかもしれない。


 ただなんとかしたくて、引き金を引いたのだ。


「なんとか、なりましたね」

 ディーネはそう言って笑う。

 弾の無くなった聖銃は、ようやく自分がそれを持っているのだという感覚。

 腰の後ろのその重みを失わせていた。

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