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SC&C探偵事務所  作者: 上月晶
2.残る傷跡へのスタンス
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15.最後の弾丸

「いきなり撃たれても困るのでな。もう少し……話がしたい」

 彼はそう言って分光陣プリズムミラージュの魔術を使った。

 彼の姿が7つに分かれ、どれが本物なのかわからなくなる。


「くっ……」

 唸るアーベル。彼の魔力を見通す目でもこれは見破れない。

 魔術による探知の方は、相変わらず妨害ジャミングをかけられ続けていた。


 浅く、荒い息をしながらディーネは聖銃を構え続けている。

 その銃口は細かく震えていた。彼女の顔は蒼白となっていた。


「それが何をしてくれるのか、お前は知っている筈だ。……今まで一発も撃った事がないわけではないのだろう?」

 敵意の無い声で彼は言う。

 そこに嘲りすらもないからこそ、クレフ達は動けなかった。


「それは決して、お前の思うようには働かない」

 彼は目を瞑り、思い出すように言う。

「悲劇をくいとめてはくれないし、終わってしまったものを戻してもくれない」

 それは遠い記憶だ。彼にとっても。

「今まで幾度、間違ったものを撃った。そしてその度に絶望した」

 向かい合う二人はまるで同じもののように。

 いや、過去と現在。

 いや分かれて進んだふたつの道が向かい合うようにして対峙していた。


「お前の生まれ自体はきっと、そう悪いものでもなかったのだろう? それなのに、こんな場所まで導かれてきてしまったのは、それのせい――だったのではないかな」

「うっ……ぐ」

 ディーネはその目にいっぱいの涙を溜めていた。

 泣き出しはしない。その双眸にやどる憎しみもそのままだ。

 しかし、涙が溢れてくるのだけは止められなかった。


「薬室に残ったさいごの一発、お前にそれが撃てるか?」

「……撃てます」

 ディーネは震える唇でそう告げた。


「私が今、ここで、これを撃つためにここへ導かれたと言うのなら」

 言って聖銃を握り直すディーネ。

「私は撃てる。その後何が起ころうとも。いえ、何も起こらなかろうとも」

 彼は、そのこたえに満足気にうなずいていた。


「では……これでもその答えは変わらないかな」

 そして彼は、そのマントを大きく広げて部屋の隅を示してみせた。



「…………デコイ、さん」

 呆然とディーネが呟く。その表情からはもはや憎しみも怒りも剥げ落ちていた。


 そこにはデコイが立っている。

 彼がそのおどけたような笑みを消すだけで、別人になってしまったようだと、クレフは思っていた。

 その身体は若々しく、エネルギーに溢れていた。

 中年から初老に入りかけたようなかつてのデコイではなかった。


 デコイは無言だ。また無表情のまま彼の傍に立っている。

 彼は初めて吸血鬼らしく邪悪に笑い、口を開いていた。

「子を作るなどというのはいつぶりかな……方法すら忘れてしまったかと思っていたが」

「お、お前……お前ェッ!」

 再び聖銃を彼へと突きつけるディーネ。

 だがその表情はもう戦う者のそれではなかった。

 パニックを起こした、見た目通りの年齢の少女でしかなかった。


 と評して、クレフは気づく。

 そうだ。自分はこれまでこの女性を、その年齢を随分と高く見積もっていたのだと。

 その声や口調、所作などをみれば幼くすら感じられたというのに。

 死に場所を定めたハンターとしての覚悟が、一回りも二回りもそれを高めていた。

 だが、それら全ては今剥がれ落ちている。


「さあ、狙いはさだまるか? 娘。お前は……何を撃てばいいと思う」

 彼の声にディーネは歯を食いしばり、がちがちとそれを鳴らしながら銃を握る。

 彼とデコイ、交互にその銃口を向ける先を移しながら、その口からは呻き声が出る。


「決められるまで。ずっと待っていても良いのだが……ほんらい夜とは短いものだ」

 彼が指を鳴らすと、デコイが構える。

 片刃のハンティングナイフを右に、短弓ショートボウを左に持って。

 ディーネはそんな彼を、信じられないものを見るように眺めて。

 目を瞑り、引き金を引いた。


 発射された銀弾はどこへも届かなかった。

 銃口と彼、そしてデコイの間で止まり、迷うように揺れた後、虚空へ弾けた。


「迷ったな。最後まで、お前は決められなかった。……そうだ、それが人間だ」

 静かな彼の声が玉座の間へと響く。


 ディーネは、悔やむでもなく、絶望するでもなく。

 ただ今は安心したような顔を浮かべていた。

 何かの義務が自分の手から離れていった、そんなように。



「どうすりゃ……いいってんだ」

 アーベルの声が響く。

 それが問いであったとして、問われたクレフにも答えかねた。


 彼はもはや自分を脅かすものはないとして、部屋の隅へとうつっている。

 クレフ達は部屋の入口付近へと木偶のように突っ立っている。


 中央にはディーネとデコイだけが残されていた。

 互いに刃を手に、向かい合っていた。


「デコイさん……」

 ディーネが言う。デコイはこたえず、ナイフを握って前進する。

 細剣レイピアとナイフが合わされた。火花を散らして弾き、再び打ち合わされる。


「デコイさん……っ」

 互いの得物を打ち合わせるデコイとディーネ。

 飛び離れた隙に短弓を構えたデコイは、矢筒から抜き出した矢を連射する。

 細剣レイピアでそれを打ち払うディーネ。

 しかし、タイミングをずらした矢の一本が肩に突き刺さる。


 ああ、デコイさん。

 あんな事を言っていながら、全盛期の時のあなたはこんなにも強かった。


 援護をしなければ。ディーネの血を見てはっと我に返ったクレフ達は治癒を用いる。

 彼女の引き抜いた矢傷が塞がり、その身体に幾つかの魔法陣がともる。

 だが、その後の戦いの様子もそれまでとあまり変わらない。

 彼女は迷っていた。その剣に殺意はなかった。

 それは吸血鬼狩人の戦い方ではない。

 まるでど素人のように、しかし剣技だけはそのまま。

 ディーネはデコイの攻めをいなし続けるしかなかった。


 だが、それも長くは続かない。

 絡めるように跳ね上げられたナイフによって、ディーネの細剣レイピアが宙を舞う。

 純銀のきらめきが回りながら落ちてゆく。

 そしてディーネの細い首はデコイの手に捉えられ、寝かせられたナイフが心臓へ向けて突き入れられようとする。


 それに対し間に合ったのはクレフの魔術だけ。

 魔王討伐の旅のなか、スゥの援護をずっと行ってきたクレフだけが、ここで意味のある魔術を反射的に紡ぐ事ができた。

 デコイの手が魔術によって絡め取られ、その突き込む速度を遅らせる。

 スゥならばこれだけで、相手の握る武器を逆に奪い取って相手の心臓を突くことが出来た。


 だが、ディーネがこの場で選んだのはべつのこと。

 引き寄せるデコイの力に抗わず、速度を減じたナイフをそっと手で逸らして。

 彼女は、デコイに抱きつくようにその首筋へと口を寄せ、それを噛んでいた。


「……ほう?」

 彼が声をあげる。

 他の吸血鬼が作った子へと、更に自分の生命素ライフを送り込むか。


 確かに、今出来る事はそれしかない。

 この子にこの男が殺せないなら、こうして男の支配権を自分から奪うしかない。

 だが、この自分に対してそれを挑むか。

 それは――出来るものだろうか。

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