13.魔城侵入
「これは……」
目の前に広がる光景を見て、クレフ達は言葉を失っていた。
ヴァンパイアロードに言われた空洞。
そこには、岩壁を削り、くり貫いて作った、城としか言えないものが鎮座していた。
そこかしこに配置された魔術の明かりによって、石英を含む岩肌は青白く輝く。
禍々しさよりも、むしろ神々しさを覚えるような。
そんな風景だった。
「いつからこんな物、作ってたってんだい」
城へと進み出しながら、感嘆したようにアーベルは言う。
まさか一週間で出来るようなものでもあるまい。
それ以前から、もっとずっと前から、これは作られ吸血鬼達の本拠と化していたのだろう。
そしてこれだけの事をする動機となったものが――。
「祖、という訳ですか」
ディーネはそう言っていた。
「何なんだい? それは一体」
アーベルの問いに、ディーネは暫しこたえるのを迷った。
だが意を決したように話し始める。
「最初の吸血鬼です。吸血鬼が生まれる理由というのは、3つ……そしてそのうち2つしか、通常起こらない」
まずは他の吸血鬼によって生命素を注入され、その子として生まれ変わること。
吸血されれば吸血鬼になるというわけではない。同族にかえるには逆に与える必要があった。
それによって人は汚染され、吸血鬼へと変わる。
次に吸血鬼同士がふつうの方法によって子をなすこと。
そうだ、吸血鬼が他のアンデッドモンスターと明確に異なる点がここだった。
彼らは死んでいながら生きている。よって生者のように子をなすことが出来るのだ。
こうして生まれた、生まれついての吸血鬼がロードとなる。誰の配下でもないもの。純血種。
この2つが、通常起こりうることだ。
だがこの2つは、元々吸血鬼が存在していなければならない。
吸血鬼はいったいどこから来たのか。どこで生まれたのか。
「失われた魔術儀式によっておのれを吸血鬼へと変えたもの。太古の、元人間の魔術師。それが吸血鬼たちの祖と呼ばれるもの……私も、殆どおとぎ話のようなものとしてしか聞いていませんが」
それがここに居ると言われた今ですら、どこか信じきれない部分がある。
そんな風な様子でディーネは語っていた。
「で、そいつぁ……他の吸血鬼とどんな風にちがうんだ?」
デコイは問いかける。
そうだ、今はそれが一番知りたいことだ。
だが、ディーネはその問いに対し、わからないとこたえた。
「それについては一切の事がわからないんです。憶測すらも出ない。……誰も、そんなものに会ったことはないから」
増える吸血鬼がどこから来たのか。
一番最初の者が居たに違いない。
それだけの根拠で、存在が推測されたものに過ぎない。
本当にそんなものが居るなど、誰も、じつのところ信じてはいなかった。
クレフ達は唸っていた。そんなものとこれから戦わなければならないのか。
だが、ディーネは厳しく顔を引き締めながら言っていた。
「それでも。それでもこの目にしたなら、私は必ずそれを討ってみせる」
「ありとあらゆる手を使い、刺し違えてでも滅ぼす。それが、私というものだから」
意気込みだけでは何も覆らない。
そう知りながら、誰も。デコイですらも、それに何かを言い返す事は出来なかった。
城の入り口へと到着したクレフ達の前に、城からわらわらと這い出るものが居る。
不揃いの鎧、魔術師風に神官風、冒険者達の姿だとすぐにわかった。
だが、その目は紅く光を放っている。その全てが吸血鬼だった。
「どうやら出迎えのようだな。吸血鬼というのは悪魔よりは礼儀をわきまえるらしい」
カーラは不敵に笑い、そう言う。
その右手に魔法陣が浮かび上がり、青白い光の刃を形成した。
「これだけの城にたった200の守兵。それじゃあ野戦を仕掛ける訳にはいかないよねえ」
アーベルも両手に魔法陣を浮かび上がらせる。
それらは手からこぼれ落ちるように魔力球を生み出し、地面に吸い込まれていった。
数秒の間を開けて地面から射出される、光る礫。
黒曜弾の魔術が吸血鬼へと殺到し、黒血を噴き上げる。
「敵の待ち構える、その本拠地に突っ込むか。まぁ……罠だらけなんだろうなあ。おっかねえ」
弓を左手に持ち替え、片刃のハンティングナイフを構えるデコイ。
スゥとクレフは無影剣を生み出しながら、彼を守るように左右に別れた。
「それが居るなら、きっと最上階。……押し通ります!」
そしてディーネが鞭を鳴らし、全員は城の中へと突入してゆく。
次々と襲いかかってくるかつて冒険者だった者達を捌きながら、クレフ達は城の中を進む。
大広間を抜け、通路を進み、階段を駆け上る。
後ろから追いすがってくる者達にデコイは振り返っていた。
「っと、お前らにはこれだ」
腰に収めていたポーチから小瓶を取り出すと、その栓を開けて中身をふりかける。
その飛沫を浴びたリビングデッド達は糸が切れたかのように崩れ落ちた。
聖水――教会が売っている魔力遮断薬だ。
術者からの魔力供給によって動かされているアンデッドや、一部の呪いを機能停止させられる品だった。
「用意がいいな、あんた」
クレフが言うと、デコイは照れたように頬を掻く。
「お高いんで今ので打ち止めだがな。次からはそっちに頼むぜ」
前方から来る吸血鬼達に向かって細い加粒子槍を放つアーベル。
抜けてきた一体をすれ違いざまにカーラが断つ。そのまま手の内の刃を射出し、もう一体の頭を割る。
バックステップするカーラと入れ違いに前に出るスゥ。
彼女は振り下ろされる刃を右手のトンファーで弾き、元は剣士風の冒険者だった吸血鬼の首へと無影剣を撃ち込んだ。
そしてクレフの作り出す魔力の明かりが、次々と飛んでは壁に張り付き通路を照らし出す。
「休むヒマもねぇが……っと、止まれ! トラップがある」
デコイに言われ、探知魔術を使うアーベル。
確かにこの通路には周囲に不自然な小さい空洞が幾つも存在していた。
「どうするんだい?」
言ったアーベルに、デコイはすばやく床に伏せて向こうまでを見通すと、短弓に矢をつがえて床の一部を撃っていた。
途端、周囲の壁から突き出してくる十数本の槍。
引き戻される様子もないそれを、カーラは長剣で叩き割って進む。
「大体のトラップは一回限りだ。安全なところで作動させちまうのが面倒がなくていい」
言ったデコイにディーネはうなずくと、開かれた道を駆けていった。
侵入者たち――ハンターとその仲間たちは、すこぶる優秀なようだった。
その感覚を、彼はひどく懐かしく感じる。
彼の城が陥とされるときというのは、大体こんなような時だ。
大勢の騎士に囲まれた時でもない。
多数の聖職者たちに踏み込まれた時でもない。
ただ自分を殺したいと、ひたすらに願う者と、その仲間たちが。
脇目もふらずにここへ向かい突き進んでくる時だった。
「どうにも、昂ぶるな。……待っているだけでは抑えられそうもない」
彼はそう言うと、玉座から立ち上がり姿を消した。