12.純血、ですらないもの
天然の洞窟ではなく、坑道であるため内部はシンプルだった。
壁には木が組まれて土を止めてあり、等間隔でカンテラが吊るされている。
隅にはつるはしやショベルが放置され、ごろごろと岩が転がっていた。
クレフは魔術の明かりを作り出して先行させる。
暗視を使っても良かったが、やはりデコイにも見てもらった方がいいだろう。
「最近、銀を掘ったような様子はありませんね」
スゥが周囲を見回し、そう言う。
「吸血鬼の根城なら廃坑だったんじゃないかな。街には相手が吸血鬼と知って取引するやつはいない」
アーベルは背後を振り返らないままに言っていた。
「あ、でも補給は来てるんだっけ。居るんだな、街にも正体隠してんのが」
探し出して狩り出そうとまではしないが、どうにも気分が悪いといった風に呟く。
幾つかの分岐を行っては戻り、徐々に深い場所へと潜ってゆく。
その間誰とも遭遇することはなかった。
やや拍子抜けするが、今の時間が正午をやや回った頃だとするならそんなものか。
吸血鬼達の時間は夜なのだから。陽の光を恐れないものでもそれは変わらない。
そして、クレフ達の前で坑道は突然、その姿を変える。
「……天然の洞窟に繋がったのか?」
流れる水の音。天井から垂れ下がる鍾乳石。
壁は削られ、支えが置かれたものではなく、ごつごつとした岩肌となっている。
道は曲がりくねり見通せないものとなり、クレフ達はこれまで以上に慎重にそこを進む。
「何か、来るな……」
魔術により先を探知していたアーベルがそう告げる。
ずるりずるりと引きずるような足音。無遠慮に金属音を響かせる鎧の音。
待ち構えるクレフ達の前にそれが姿を見せた瞬間、アーベルは魔術を放つ。
放物線を描き、現れたリビングデッド達に降り注いで飲み込む炎。
それは竜炎の魔術だった。以前古竜が使った地面を覆い続ける炎に近い。
低コストな割に効果時間が長く、鈍足な敵であれば大きな被害を期待出来る。
「200人近くだっけか、長丁場になりそうだからね」
そう言ってみせるアーベル。
だが、リビングデッドは燃えながらも平然と歩き、こちらへ近付いて来る。
ディーネは腰の後ろから鞭を抜いていた。
打ち抜かれる鞭の先端がリビングデッドの顔を叩き、その体を炎の中へと押し戻す。
その後はリビングデッド達は順調に焼け、辺りには腐れ肉を焼く臭いが立ち込めた。
「燃費を考えるのは良い、が。これはどうにかならなかったのか?」
顔を顰めながら言うカーラに、アーベルも口元をコートの襟で押さえながら返していた。
「ごめん、じゃあ次は凍らせてみよっか」
その言葉の通り、次に現れたリビングデッドに対し氷雪の魔術を放つアーベル。
リビングデッド達は凍結しながらも動こうとし、その自らの動きによって四肢を破損させばらばらに砕けていた。
「出来るではないか」
言ったカーラに、アーベルは微妙な顔をしてこたえる。
「でも、凍らせるのって結構魔力食うんだよ。これなら加粒子槍で良かったかもねえ」
基本的に温度は上げる方が下げる方よりも楽だ。イメージとしても。
よって火炎の方が、凍結よりも同威力であれば魔力が少なく済む傾向にあった。
なお最も効率が悪いのは電撃である。
空中を走らせる雷などといったものは、威力は高いが大量の魔力を食う。
ほんらい加粒子槍もそういった物なのだが、アーベルは慣れと調整で連射が可能なまでにこの精度を高めていた。クレフが使うより、恐らく半分程度の魔力消費で発動出来るのではないか。
そういった自分の十八番を作るというのは高い意味を持つ。
クレフは一部、精霊使いの特性に甘えている部分もありそういったものを持たないが、それはこれといったものを決められていないだけだった。
もし今、一つそれを決めるとするなら――無影剣だろうか。
どうも、もう一方の魔力剣を使えないということ、また祖父が多用していたということもあり、この魔術にだけは思い入れがあった。
曲がりくねる道を進んでゆくクレフ達。その頭上を光に驚いた蝙蝠が飛び抜けてゆく。
と、それは最後尾であるクレフの上で突如として纏まった。
変身を解いた吸血鬼が落ちてくる。
吸血鬼は腕を振り上げるが、その左右の肩には太矢と通常の矢が突き立っていた。
ボウガンを構えるディーネ。短弓を手にするデコイ。
両肩から蒸気をあげながら落ちてくる吸血鬼を、クレフは無影剣で斬り上げる。
「ひゅぅ……あっぶねぇ」
デコイは額の汗を拭くような身振りをしながら短弓を下ろしていた。
二人とも、いつからそれを準備していたのか。
吸血鬼狩人と熟練冒険者の反応に、クレフは舌を巻く。
「ふ……どうやら、小出しに迎えても意味がないようだな」
掛けられた声に、クレフは精神操作系の魔術を妨害する対魔法結界を張っていた。
「まともな魔術師が居れば魔眼は通じん。分かっていた事だが、少し寂しいか」
進み出たヴァンパイアロードの紅く光る瞳が、闇の中に線を引く。
「じゃあ、纏めて来てくれるのかい? こんな狭い道でさ」
こたえるアーベル。ロードは薄く笑い、それに応じる。
「いいや、城で待とうと言うのさ。……この先に大きな空洞がある」
そこに自分達は城を築き上げているのだとロードは言った。
空洞に出るまでは安心して良いが、その先はもう吸血鬼の領域。
命が惜しければここで戻れ。
そうでなく、飽くまでこの先へ進むのであれば――もはや戻れぬと。
彼は言って踵を返した。
「と言ってもお前達は来るのだろう。その娘が来るのだろうから、他の者も捨てては戻れまい」
嘲るような声が闇の中から響く。
「待とう。我等が祖と共に――」
「……祖、ですって?」
ディーネは言って、歯を食いしばった。その軋る音がかすかに響いていた。
「……明かしても良かったのですか?」
玉座の間にて、佇立するヴァンパイアロード達のうち一人が呟くようにしてたずねる。
「ああ。……構わんよ」
玉座に座す者はたのしむような声をあげた。そのまま誰にという訳でもない問いを口にする。
「だが果たして、来るだろうかな……?」
「たとえハンターでも、まともな感覚を持っている者なら、帰るでしょう」
別なロードがそう言う。
討ち果たせない相手にただ突っ込むのは自殺だ。それは復讐者のすることですらない。
だが。
「だが、たった一人さまよい続ける者なら、帰る事は出来ないかもしれない」
意味がないからだ。
誰を呼ぶ事も出来ない、誰にたよっても意味がないのなら、それはただの逃げである。
宿命に導かれる者であればそういった事はしない。出来ない。
「では楽しみだな。……ひどく、楽しみだ」
彼はそう言って笑った。