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SC&C探偵事務所  作者: 上月晶
2.残る傷跡へのスタンス
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11.吸血鬼の根城へと

 メーネの軍勢に何が起きたのかはわからないが、大変な騒ぎとなってしまった場を逃げ。

 採掘場のほど近くまで来てようやく立ち止まったクレフ達はその門を眺めていた。


「門に人がいる……」

 ディーネはそう言う。しかし警戒は解かず、むしろ強めながら。

「冒険者達が魔族の採掘場を乗っ取った……って設定かな?」

 アーベルも口元に笑みを浮かべていた。もはや、見た通りの人間とは思っていない。

「どちらにせよだ」

 カーラは長剣を抜き放つ。

「我々黒き民が押し入ろうとすれば、おだやかにはゆくまい」


 だが、進み出たアーベルがそれを制していた。

「ここは僕に任せて欲しいなぁ。拠点攻略って言ったら腕の見せどころじゃないか」


 アーベルは魔術を多重詠唱し、空中にずらりと魔法陣を並べてゆく。

 風を操るものが多く、左手で発動した魔術をそこに次々と乗せてゆく。

 しばらく時間が経った後、衛兵ががっくりと崩れ落ちるのが見えた。


「……何をしたのだ?」

 カーラが聞くと、アーベルは笑ってみせる。

「基本的にはただの眠りの雲スリープクラウドだよ。そいつを風に乗せて、柵の中に大量に流し込んでよーくかき混ぜてやった。対魔力結界を持たない小さな集落なんて、こんなもんだよね」

 軽く言ってはいるが、クレフには自分が同じことを出来るとは思えない。

 相当の制御力と調整を必要とするものの筈だ。


「探知出来る限りじゃ、全員眠ってる筈だ。死んではいない。白き民だけど、ディーネさんが探してる人もこの中に居るんだろ? その顔も知らないんじゃ区別がつかないからね」

 確かに、そのまま斬り込んでいたらもうそんなものは気にすることも出来なかっただろう。

「……感謝します」

 ディーネはアーベルにそう言い、クレフ達は採掘場の中へと踏み込んでゆく。


 衛兵から始まり、人間の姿は見かける端からクレフとアーベルが魔力の鎖で縛り上げる。

 手間のかかる事だが仕方がない。そのまま眠りからさめたら面倒なことになるのは間違いない。

 相手は眠っているため声をかけて探すなどというのは無理だ。

 探知の魔術を使い、人間男性を優先して一つずつあたってゆく。


 やがて、宿舎の一室でベッドの上に眠りこけるデコイを、ディーネは見つけていた。

「デコイさん、デコイさん、起きて下さい」

 ディーネが濡らした布で顔を叩くと、デコイは眠りから覚める。

「ん……ディーネ? お前なぁ……どこ行ったのかと思ってたんだぜ?」

 デコイが言うと、ディーネは笑う。

「それはこっちもですよ。ずっと探して、ようやく見つけました」


「にしても、ちゃんとベッドの上で寝てるってのは……用意のいい事だね」

 アーベルが戸口でそう言うと、デコイは彼に視線を向けていた。

「まぞ……いや、黒き民って言った方がいいのかね。こうしてツラ合わせてるんだし」

 その返答に対し、スゥは驚いたような顔を見せ、カーラは感心したように声をあげていた。


「ほう、珍しいものが二人も居たか。その通りだよ白き民。お前達は……もうこんな呼び方なぞ、忘れてしまったと思っていたが」

「ああ。確かに皆そんな呼び方はもうしねぇし、親にも習った記憶はねえな。だが、魔王の侵攻が三年半前だぜ。出遭う可能性のあるおっかねえものについては、なるべく情報を仕入れるようにしてんのさ」

 黒き民については、魔物の習性について良く話を聞きに行ってる魔術学校の学者先生が、そういうものだと教えてくれた。デコイはそう言っていた。


「では、我々がこうしてここに居る事については?」

「……ここは『魔王城異界ダンジョン』、だろ? ここにディーネがもし居なかったとしたら、俺は悲鳴をあげて命乞いをしてたかもしれんがね」

 彼女が共に居るのであれば、彼女が頼り、それに応えてくれた人間なのだろう。

 デコイはそう言って、カーラに深々と頭を下げた。


「ふん。なかなか、優秀な冒険者のようだな?」

「へっへ、上手いのは生き残り方だけでね」

 デコイはベッドから立ち上がる。そして、ディーネへと再び顔を向けた。

「そうだ、ディーネよ。ここは……吸血鬼どもの巣じゃねえのか?」


 ディーネはうなずいてこたえる。

「はい。少なくともその入口……本当の巣は、この下。鉱山の中にあるのだと思います」

「じゃあ、お前としちゃ、行かなきゃいけねえって訳だ」

 ディーネは再びうなずく。そして、デコイに問いかける。


「デコイさんはどうします? ここに残るか、それとも街の方へ行ってみるか」

「なるほど、街もここの衛兵が言ってたほど危険な所じゃねえ……か」

 デコイは考えるように顎の無精髭を撫でる。

 そして、吹き出すようにして笑っていた。


「薄情な事言うなよディーネ。俺が一人でこんな所残されたり、街に行けなんて言われたら、怖くてパンツが何枚あっても足りねえよ」

 デコイの冗談が面白かった訳ではないのだろうが、ディーネは笑っていた。

「はい。じゃあ、デコイさんも一緒に行きますか」


「役に立つとは思えんが」

 それでも不快そうではない顔でカーラは言う。

「なるたけ守ってくれるかい? ちょいとばかり歳でね」

 そう言うデコイを、スゥは自分の前に歩かせる。

「では、あなたの隊列はわたしの前で。クレフ様はわたしの後ろへ」


 盾にされるのか、と不安げにスゥを見返すデコイだが、スゥは続ける。

「これでも大抵の事には、わたしとクレフ様が気付けます。ご安心を」

「デコイさんの前には私とカーラさんが付けば安心ですね」

 ディーネが言い、一人残ったアーベルが周囲を見回す。


「ねえ、僕は?」

「お前は砲台なのだから、先頭に決まっているだろう」

 カーラが言ってアーベルの頭に手を乗せた。

「えぇ? 魔術師を一番前に置く隊列ってありかい? 聞いたこと無いな」

 言いながらも先頭を進んでゆくアーベル。

「お前の場合は下手な重戦士よりもともすれば硬かろうが。さっさと行け」

 その背中を押してゆくカーラ。そんなやり取りを見て、ディーネは笑っていた。


「なんだか、きょうだいって感じですよね……やっぱり」

「ああ……」

 デコイは、『お前にも居るのか』と聞きそうになってしまって、慌てて口を噤んだ。

 彼女は吸血鬼狩人ヴァンパイアハンターだ。

 聞くとしたら、『お前にも居"た"のか』となるのではないかと。


 デコイはそういった、他人の深い事情に関して足を突っ込むのを徹底して避けた。

 たんに自分がそういうものが苦手だ、ということもあるが。

 抱えられるとも思えないし、抱えさせたくもなかった。

 俺はデコイだ、ただの。

 覚えられなくとも良い存在だ。

 この子は、どうも、妙な縁が出来ちまったようだが。

 この仕事が終わって別れたあとは、まあ、二度と会うこともねえだろう。


 そしてデコイが心に決める事は。

 少なくともこの仕事ではこいつを死なせちゃいけない。そんなものだった。

 彼女の選んだ道として、いずれどこかでそうなるものだとしても。


「それじゃあ、行きますよ!」

 ディーネとデコイを中心に、クレフ達は口を開ける坑道の入り口へと踏み込んでいった。

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