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SC&C探偵事務所  作者: 上月晶
2.残る傷跡へのスタンス
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9.兄妹と姉弟

「で、メーネの話なんだけれど」

 クレイゴーレムの後について歩きながら、アーベルの話はやはりそこへ戻っていた。


「異界封印剣についてはカーラの代になるまで知られてなかった訳だよね」

 だから、その敗北については様々な憶測が飛んだ。

 戦闘力として負ける訳がない。あれはもう人が立ちむかえる領域に無い。

 よって敗因となったのはやはり竜の心であろうと。

 なんらかの、通常思いついた所で絶対やらないような思いつきによって敗れたのではないかと。

 それが憶測の殆どを占めていたとアーベルは言った。


「その中でも、まあ……一番有力だったのは、あれだ。カーラも聞いた事があると思うけど」

 いきなり歯切れ悪くなったアーベルはそんな事を言って口ごもる。

 しばらくの間苦い表情をしていたカーラは、溜息を吐いた後にそれを口にしていた。

「勇者には普通に勝つ事が出来た。だが、その後、寝台ベッドで負けたという話か」


 単なる下衆な想像という訳でも、これはなかった。


 地上侵攻前。

 メーネの統治が終わる直前辺りになると、流石に彼女も自分の衝動をある程度制御する術を心得るに至っていた。

 それは、いろぼけという形で。

 衝動とは感情と欲求。その中でも大きなもの、比較的無害なもので、解消に時間を要し、これ以上取ることが出来ないという状態に陥りにくいものとして性欲を選んだのだ。

 やけ食いにも限度があるし眠り続けることなど出来ない。

 一人でいては妙な事を思いついてしまうもの。

 よって彼女は誰かと二人きりでそれに耽り続ける事が出来るものを選んだ、ということだった。


「全く、下らぬ話だ。それに、そのように思われるのは不名誉もいいところだ。私なら耐えられんな、地下に居る魔物の全てを一人で討って回って何処かで討ち死にを果たした方がまだましだ」

 カーラは肩をすくめながらうんざりとそう言っていた。

 が、その顔がふと何かに気付いたように歪む。


「待てよ。……まさか私もそんな事を思われてはいまいな」

「いや、君の場合は勇者の異界封印剣、ちゃんとみんなも分かってるんでしょ?」

 アーベルが言うが、カーラは難しい顔をする。

「メーネの件は、まだ勇者が何か妙な技を隠し持っている可能性についても語られていたのだ。しかしそれを知った上で敗れたとなると……更に敗因がわからなくなるではないか」

 あー……、とアーベルは視線を逸らした。


「まぁ、ねぇ……実際君が封印されるのに至ったのも、最後は驕りだし、ねぇ……」

「冗談ではないぞアーベル、こんな不名誉なことがあるか! クレフも何か言え!」

 何を言えと言うのか。

 だが、クレフはその時べつな事を考えていた。

 その――メーネの話、無いことではない、と。そう考えていたのだ。


 いや、その勇者が精霊騎士であり、その身に魔術の心得がある程度あったなら必ず勝てる。

 何故なら、魔術師にとっての『そういったこと』とは、魔術戦闘と大差がないからだ。


 相手の思考と反応を魔術によって読み、逆に相手のそれを妨害しながら攻撃をくわえる。

 相手から与えられる快楽ダメージを、蓄積し増幅して最良のタイミングで返す事すら出来る。

 そういったルールのゲームであると知らない相手との戦いでは、やっているこちらが可哀想に感じてしまうほどの圧勝が出来る。こちらから触れる必要すらないほどだ。


 クレフもカーラが相手ならば恐らく勝てる。そういった自信がある。

 というか本職の魔術師と、筋力強化に多くの魔力を割いている魔法剣士とでは勝負にならない。

 逆にスゥ相手では少々――苦戦を強いられるのではないか。

 彼女は魔術師ではない。使える魔術も無影剣ガンマブレイドただ一つだが、その魔力容量自体は大きく、発想においては凡庸な魔術師であるクレフを超えるのではと思わせるところがあった。


 そんなところで、クレフは軽く熱を持った目元を指で揉んで黙らせる。

 くだらない思考だ、延々続けるようなものでもなかろう。

 魔術を覚え始めの若かった頃であればべつだが、30過ぎてまで考えることではない。


 こういった感覚が、これだけの美女に囲まれながらクレフが正気を保っている理由かもしれなかった。

 既に飽いた、と言ってしまっては言い方が悪いが、がっつくような時期はもう過ぎていた。


 黒き民の方は魔術をこういった使い方はしないのだろうか。

 アーベルにその辺りを聞こうかとも思ったが、やめる。

 寝台ベッドの魔術師だの、寝台でこそ真価を発揮する精霊騎士だのと言われては、不名誉どころの話ではないと思った。


「ええい、どのみち500年前の人間だ。その話などもうどうでも良かろう」

 カーラはそう言うが、アーベルは首を横に振っていた。

「いや、そうじゃないんだよね。彼女がここへやって来たのは、まだたった50年前なんだよ」


 は? というようにカーラはアーベルの顔を見る。

「気付いてなかったようだね。というか、気付けないよなあ。僕だってそうさ、きみが……たった6年ちょいでやって来た時に初めて気付いたんだから」

 アーベルの地上侵攻からカーラの地上侵攻まで62年の年月が流れた筈だ。

 だが、彼は6年と少ししか経っていないという。

 一年は10ヶ月なので――。


「……あちらでは、10倍の速さで時間が流れているというのか?」

「そゆこと。僕はまだ、50歳を少し過ぎたくらいなのさ。君の方が年上になっちゃったね」

 なにやら複雑な表情でアーベルはカーラを見上げる。しかし笑みの方が強い表情だった。


「まあ、僕は妹より姉の方が欲しかったから、これでいいんじゃないかって思ってるけどね」

「馬鹿な」

 その言葉が事態に向けたことなのか、アーベルの言葉に向けたものなのかわからない。

「だが……今では私も、そんな風に思い始めているよ」

 カーラは苦笑しながらそう言っていた。


「……三ヶ月半と聞いた時点で、私もちょっと、おかしいなとは思ったんです」

 再び歩き出しながらディーネが言う。

「つまり、そうなると……3日おきに冒険者がここへ来る事になるのか?」

 クレフはぞっとしながらそれを口に出す。

 相手が吸血鬼であるとするならそれはまずいことだ。

 たった一月程度で彼らの王国は完成してしまいかねない。


「まだ一週間である事が救いだな、もっと気づくのが遅くなれば手がつけられなくなっていた」

 カーラの言葉に頷くディーネ。

 今ならばまだ、とめることが出来るかもしれない。

 それでも200人近くの人間がもうあちらに回っている事を考えると恐ろしいが。

 いや、そのうち50人はまだ救えるかもしれないのか。

 急がなければ。クレイゴーレムの歩みを見つめるクレフ達の目は焦りを帯びる。

 急がなければならないのに。


 遠方に小さく、めざす採掘拠点らしきものが見えてきた頃。

 クレフ達は同時に、大魔王のものらしき軍勢がこちらへ引き返してくる姿にも気付いていた。


「あれって……もしかして」

「南の大魔王……なのか」

 アーベルの言葉にクレフはこたえる。

 こんな事をしている場合ではないというのに。


 既にこちらも捕捉されている事は、疑いがなかった。

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