8.キャッスルヴァニア
やがて、クレフ達は前方で何かが起こっているのに気付いた。
戦闘だ。その一方は冒険者風の一団に思える。
そしてそのもう一方は――。
「ヴァンパイア……だって!?」
アーベルはそう言い、ディーネの目に膨大な殺意がともる。
戦いの行方は一方的な様相になっているようだった。
冒険者達はいいとこ中級といったところ。銀や魔法の武器など所持しているとも思えない。
そうなると吸血鬼達に痛打を与えられるのは魔術師や神官しか居ない。
前衛の戦士達は防戦一方となり、後衛たる魔術師達は。
吸血鬼の魔眼により同士討ちを引き起こしていた。
「なんで連中が昼日中に行動してるのさ」
アーベルが言い、ディーネがそれにこたえる。
「血を得ているからです。充分な吸血さえ出来れば、日の光も彼らにとって致命的とはならない」
吸血鬼はアンデッドモンスターとして扱われるが、その中でも異質な存在だ。
彼らは生と死の中間存在である。死んでいながらにして生きている。
その能力は多岐にわたり、それと同じほど弱点も多い。
そして、その能力と弱点双方に関わるのが人間の存在であった。
彼らは生きた人間を資源とする。使役し、同族に変え、その血から力を得る。
そうして自らの王国を作り上げたロード達を滅ぼすのは非常に困難だった。
高い戦闘力を誇り、死んでも棺桶に入れた汚れた土という復活拠点さえあれば蘇生を遂げ、多数のしもべと同族に囲まれた彼らを討つにはまさに一国を攻略するだけの労力が要る。
紛れもなく魔王であった。
人に害をなさずには居られず、多数の犠牲者を生み出す彼らはその存在に対する恨みを膨れ上がらせ、復讐者達による専門の駆除業者を必然として育てる。
魔王に対する勇者のように。
だが、その存在はやはり生きた人間の存在を前提としていた。
呪われた病である彼らは、進行のはやさと死亡率の高さを備えた死病がいかに多くの感染経路を持とうとも人間をすぐに殺し尽くして終息してしまうように。
罹患させられる相手が居なければ大した事が出来ない。
よって封印街へと送られたヴァンパイアロード達は魔王の中では最も格下。
いや、それでもじっとしている事が出来ないため、害虫として扱われていた。
吸血は食事というほど必須なものではないが、長くそれが出来なければ主に対人で使われる能力が失われてゆく。
魔眼による催眠。変身能力。
あやしまれずに人里に潜むためには必須である、デイウォーカーですら居られなくなる。
衝動に耐えることは出来ても、力が失われてゆくことには耐えられない。
よって彼らは純血種としての矜持を捨て、群れて他者を襲った。
大抵は撃退され、幾つかの例で勝利をおさめた。これが逆にいけない。
もはや封印街ではヴァンパイアだったら殺してもいいくらいの扱いとなっていた。
吸血に成功し幾つかの力を取り戻した者達は正体をかくして街にとけこみ。
放棄された鉱山を手中におさめてその地下に同族達の生きられる場所を作った。
そんな彼らに契機がおとずれたのは二度。
しかし彼らが本当に歓喜したのはその後者のほう。
多数の人間が、この封印牢へと送り込まれ始めたのだ。
「こいつら!」
アーベルの撃つ加粒子槍が一体の吸血鬼へと迫る。
だが、相手はそれを咄嗟に蝙蝠化して躱していた。以前にも見た芸当だが、その分離速度が随分と早まっている。
「そいつが何度も通用すると思うなよ!」
しかし、アーベルは加粒子槍を発動したまま更に魔力を投入した。
効果時間を延長し、薙ぐように空へと腕を跳ね上げる。
放電する長大な光の槍は、蝙蝠化した吸血鬼を巻き込み灰と化していた。
太腿に括り付けたボウガンを手に取り、側面のレバーによって弦を巻き上げるディーネ。
銀の太矢を装填し、駆けながら一体の吸血鬼へと撃ち込む。
喉元へと突き刺さる矢。焼かれる吸血鬼の身体から上がる蒸気は、それを抜くべく掴んだ手からも上がり、吸血鬼の視界からディーネの姿が消え失せる。魔眼の標的が取れなくなる。
彼が反応する前に純銀の細剣を引き抜いたディーネは、その首を落とす。
カーラは素手のまま走っていた。眼前に見るのは魔眼にあやつられる魔術師二人。
彼らが放つ火炎と氷の魔術を、両手に展開した対魔法障壁であっさりと防ぐ。
「悪く思うな、手荒でない止め方を、私は知らんのでな」
言って、まず一人を投げる。足をかけて上体を押し、背中から地面に叩きつける。
続いてもうひとりの背後へと回り込むと、その首に腕をかけて頸動脈を締めた。
意識を失った魔術師をその場に落とす。優しく降ろしてやろうなどとは特に思わない。
別に、知らん奴であるし、そもそも白き民だ。殺さなかっただけ感謝しろというもの。
スゥはトンファーを構えながら吸血鬼へと打ちかかっていた。
吸血鬼は笑みを浮かべつつ、それを真っ向から受ける。
馬鹿な娘だと思っていた。こちらには魔眼がある。視線さえ合わせれば勝ちだというのに。
彼はスゥの瞳を見つめ、魔眼による催眠が完全にかかったことを確認し。
そこでふと、疑問を抱いた。
何故――催眠がかかったにも関わらず、この娘は自分へと腕を振るのをやめないのか。
左腕から伸びる無影剣によって斬り飛ばされた吸血鬼の首は、地面に落ちて蒸気に変わってゆく間もずっと納得がいかないという表情を浮かべていた。
スゥにかかっている催眠が解けたのを確認した後、クレフは彼女にかけていた懸糸傀儡を解く。
彼女が突撃を仕掛ける途中から、その身体のコントロールはすべて、魔術によってクレフが行っていたのであった。スゥの側からこれを提案された時には驚いたが、まあ、拒否する間もなかった。
「うまくいきましたね、クレフ様」
笑いかけてくるスゥに対し、クレフは微妙な笑みを返していた。
気絶した二人の魔術師のうちひとりに、活を入れて意識を戻す。
相手は普通の白き民だ、いきなり暴れられては困るので正面に立つのはクレフとディーネのみとし、アーベル達は後方でやや離れている。
「いったい何があったんですか?」
ディーネは息を吹き返した男にそうたずねる。
未だに背中の痛みにあえぐ男は、そうしながらも弱々しく質問にこたえていた。
「わからねえよ……こっちに魔族の街があるって衛兵に聞いて。じゃあ遠くから偵察でもしてみるかって、歩き始めたら……いきなり奴等に襲われたんだ」
転送された後の状況について彼が話さないのは当然か。
彼はディーネがひとりだけべつの場所に飛ばされたなどということは知らない。
ディーネとクレフが、彼が居た場所から追ってきた相手だと思っているはずだ。
「あなた達は、どこから来たんです?」
「どこからって……ああ、あんたも悪いな、感謝する……」
妙なことを言う、というように男は顔をしかめ、自分を背後から支えているスゥの方を振り向く。
そこで彼は上体を跳ねさせていた。
「ま、魔族っ!?」
ここまでか、とクレフは睡眠の魔術を用いる。
男は妙な形になったまま眠りこけていた。
「……やはり、採掘場……ですかね」
立ち上がりながら言うディーネに、カーラはこたえる。
「ああ。引き続き、あのゴーレムに案内してもらうという事で良いようだ」
彼女の視線の先には、周囲のことにいっさい構わぬまま歩き続けるクレイゴーレムが居た。