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SC&C探偵事務所  作者: 上月晶
2.残る傷跡へのスタンス
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7.銀の来る場所

「う……」

 冒険者、クライスは目を覚ましていた。

 未だぼんやりとする頭で左肩に手をやる。

 気絶する前に見た最後の記憶は、獣人の槍によってここが刺し貫かれる光景シーン

 しかし今では痛みすら無い。傷跡は完全に塞がっている。

 夢だったのか、と思いたいが、指先に触れる破損した防具と目の前の光景がそれを許さない。


 二人の魔族と獣人、そして人間が自分を見下ろしていた。


「ひ、ひっ!?」

 後ずさって逃げようとする。だが、身体は拘束されていて動けない。

 かと言って神聖魔法での攻撃を選ぼうという気にもなれず――そんな士気もなく。

 クライスは呆然と四人を見上げていた。


「起きましたね」

 パメラは溜息を吐くようにそう告げる。

 そして苦笑するようにカトランを向いていた。

「まったく。瀕死の状態で渡されたものにあらためてとどめを刺すなんて、逆に情けなくなってしまうでしょう?」

「ぬう。我が取ってしまってはいかんと思ったのだが」

 カトランはそう言って長いひげを弄る。

「あなたが生かされたのは、そういう理由」

 クライスは絶望的な気持ちでそれを聞く。そのために治癒し、今から続きをやろうというのか。

 だが、パメラ達は彼に背を向けた。

「後のことはうちの雑用係、メディアさんに任せます」


 人間の女性と二人残され、クライスのうちにもようやく余裕らしきものが生まれはじめる。

 先程見たあの連中は全て化物だった。

 魔族と戦うのは初めてだったが、まさかあれほどのものとは思わない。

 獣人ですら知っているものとは違った。言葉を話し魔術すら使う。

 だが、こいつは。神聖魔法の気配はするが、ただの人間に思える。

 自分と同じようなものか、とクライスは考えた。

 以前送られた冒険者が連中にパーティを壊滅させられ、一人囚われものになったのか、と。


「その装備。……ガイム達から奪ったものか? ボロ布みたいな物着てたもんな、あんた」

 クライスはそう言って反応を見る。

 メディアは特に何も言い返しては来なかった。

「連中に捕まって使われてるのか。なんで逃げない」

「この荒野には何もありません。一人で生きていけるとでも?」

 メディアの返しを聞いてクライスはうなずく。

 やはり、信頼によって結ばれている仲間ではなく、ただ仕方なくいるだけかと。


「逆らえないにしても連中は皆、女だ。いや……一応あの獣人は男か?」

 たいした被害も無いというクライスに、メディアはやや不快そうに眉をひそめる。

 この反応も予想通り。

 クライスは切り出していた。

「俺と一緒に逃げないか。神官二人なら戦闘はどうにもならんが、生きるだけならだいぶ持つ」

 利のある提案ではない。正気を疑われるようなものだろう。

 だが、こんな娯楽もないような場所で過ごしてきた相手なら。

 自分が人間男性であるという事は、充分魅力的に思える要素なのではないかとクライスは思った。


 神官らしくない発想だ。だが、冒険者の神官というやつは、神官であって神官でない。

 まともな神官ならば教会側の戦力として組み入れられる。

 彼らはただ、定期的に高額の金を寄付する事によって位階を得、神聖魔法の使用を許されているだけの存在だった。

 4階位の魔法を使う事は出来るが、クライスは教義を一切知らない。

 僧のような生活をした事もないし、説法の一つも出来なかった。


 メディアはここで、初めてふっと笑みを漏らしていた。

 クライスの提案を受けたという訳ではない。憐れむような笑みだ。


「いえ、あなたにはもう、それは無理でしょう」

 クライスはその言葉を理解出来ずに居た。メディアは続ける。

「私の権限によって、あなたの使用する神聖魔法は初階位のものまでに制限しました。あなたが今出来ることは、簡単な治癒ヒールと解毒だけ」

 嘘だろう、とクライスは幾つかの神聖魔法を使うべく集中する。

 だが、それらは一切起動しなかった。集められた祈りの力へのアクセスを阻まれていた。


 メディアはあちらの世界において戦死扱いとされている。

 こちらの世界へ送られた時のような、10階位――法王クラスの魔法はもう使えないが。

 魔王を討った英雄として、死後に十字騎士の3階位から僧正クラスの8階位へと引き上げられている。

 そしてこの階位では、他の神官へとある程度自由に階位の許しとまた剥奪を行うことが出来た。


「さて。あなたは、雑用係の仕事……受ける気がおありですか?」

 メディアはそう言って笑っていた。



 封印街の西門を抜けたクレフ達は先へと進んでゆく。

 特にあてがあるという訳でもない。

 街の外に冒険者達が転送されたならばというだけで、ここまで来てしまったのだが。

「冒険者を送り込むのはお前達でもう三回目だと?」

 カーラはディーネにそう問い返していた。


「はい。一ヶ月おきに、もう三度。今回は50人近くの人達がこちらへ来ています」

 前回、前々回はもっと多い。

 それだけの人間がこちらへ来ていて噂の一つも聞かないというのは、どうにも納得出来ない。

「速攻で大魔王に出会って壊滅させられたかな?」

 アーベルはそう言っていた。

 確かに、考えられないことではない。むしろその可能性が高いだろう。

 人の群れなどというものはどうやったって目立つものだ。完璧に統率され、こういう状況であると理解した上で準備していたならまた違うだろうが、そういう訳でもない。

 烏合の衆が訳のわからない場所にいきなり放り込まれたのだ。普通は散り散りに散って、そこらじゅうで騒ぎを起こす。

 そうでないとするなら、全員すぐに死んでしまったと思うほかない。


「生き残りが居るとするなら、どこだろうな」

 クレフはそう言っていた。人が身を隠し生き延びられる場所だ。

 それもカトラン達のような高い技量を持った少数の兵ではない。

 混乱した敗残兵のような者達が、それでも生き延びられる場所。


「……鉱山。以前聞きましたね、街の外には幾つかの、銀の採掘拠点が散っていると」

 スゥはそう口を開く。

 しかしそれも難しいだろうとクレフは思っていた。

 稼働している鉱山なら労働者と守兵が居る筈であるし、それらはやはり元魔王の側近だ。

 廃坑――それなら有り得るだろうが、そうなるとたんに建造物があるというだけの場所でしかない。

 補給ルートから外れたそこを拠点に生き延びるというのは難しくなってしまう。


「まあ……現在目指すあてがあるとしたら、それしかないかな」

 アーベルはそう呟く。何もなしにこんな荒野をさまよっているよりはましか、と。

 そして魔術による探知範囲を広げていた。


 ほどなくしてそれは数体のクレイゴーレムを捉える。採掘場への補給と銀の輸送を行うものだ。

 街の外に居るものどもが頻繁に襲撃するので、一回に多くの物を輸送するのは避けられていた。

 こうして必要分を毎日届け、やられたらやられたで仕方ないとする。

 襲う方も連日襲うというような事はやらなかった。

 来なくなってしまったら困るのだ。

 クレフ達はそれに並ぶようにして歩き、採掘場への案内を任せていた。

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