5.ランダムエンカウント・ボスラッシュ(2)
「ふ……幾らジャミングをかけようが、それだけ魔術をばら撒いていて気付かんとでも思ったか」
ガイムは勝ち誇って告げた。
使用した魔術は爆発。
でかい武器を盾代わりに直撃は防いだようだが、しばらくは立てまい。
「な、魔族!?」
ターニャが今更気付いたかのように声をあげる。他の二人も同様だ。
「俺に感謝するんだな。俺が居なければ今頃、お前らの首は間抜け面のまま宙を舞っていた所だ」
実際にそうなっていただろう。
ガイムですら、不自然に風の音が消えた事に気付かなければ危なかった。
これだけ見通しの良い場所、だからこそ警戒しなければならんというのに。良くこれまで生き残って来たものだと思ってしまう。
やはりこの剣士は駄目だ。次はレンジャーかシーフ系を入れなければ。
「気絶しているのか?」
重戦士風の男が斧を構えながらレイリアへと近寄る。
「早い所とどめを刺せ、タッド。そいつらは頑丈だ、いつ起き上がるかわからない」
クライスがそう告げる。
自分でやればいいものを、と思いつつタッドは斧を振り上げ、胸元へと引き戻した。
その斧の刃に小さな光波が当たり、弾かれる。
透明化を解除するパメラ。彼女はレイリアの前に立ち、曲剣を構えていた。
「魔族がもう一人!?」
クライスの叫びを聞いて、彼女はやや、その眼鏡のブリッジの上で眉根を寄せる。
「警告は一度。私を魔族と呼ぶものを、私は決して生かしては帰さない」
「ほざくな魔族!」
クライスは更に言う。パメラは敵前だと言うのに目を瞑り、溜息を吐いていた。
「姿を現したのは失敗だったな。4対1で勝てると思うか」
タッドがじりじりと間合いを詰めつつそう言う。
パメラは答える代わりに、その左手に小盾のような小型の対魔法障壁を生み出していた。
魔術は基本的に、防御用のものの方が攻撃用のものよりも展開が早い。
魔法陣は魔術が使われる際に勝手に生み出されてしまうものだが、攻撃魔法は魔法陣が展開された後、ややタイムラグがあってから効果を現すのに対し、障壁は魔法陣展開と効果発現がほぼ同時である。
攻撃魔法は敵を殺傷するためのイメージの具現だが、対魔法障壁はそれへの妨害であるためだ。
よって、予め対魔法障壁を展開するということはあまりされない。
敵の魔術が来ると見え、その魔法陣から種別まで予想した後でも間に合う事だからだ。
しかしこれに全く意味がないということでもなかった。
イメージである。
見えている盾を撃ち抜くにはそれ相応のイメージが必要であり、見えている盾は使う側として見ればその強度に対して信頼が出来る。それは攻撃魔法を弱化し、障壁を強化するのだ。
その代わり、きちんと盾で相手の魔術を受ける事が求められるが。
「ふ……小賢しい」
ガイムはその盾を見て、相手が大した魔法剣士ではないと見た。
だからこそ、扱いづらい堅牢な盾を持たなければならないのだと。
打ち砕いてくれると、ガイムはワンドを構えていた。
ロッドやワンド、指輪といった、いわゆる発動体をクレフ達は基本使わず無手で魔術を用いるが、これも意味がないという訳ではなかった。
加粒子槍や散弾針といった一部の魔術は違うが、殆どの魔術は飛翔体の推進力を、やはりイメージ出来るものに頼っている。
素手で発動した場合、腕力。手で投げるほどのものまでに限られるのだ。
更に飛距離や弾速を伸ばそうとした場合、もうひとつ工夫が要った。
だが、発動体を用いての魔術使用は、そこからの発射がイメージしやすい。
よって殆どの攻撃魔法において、発動体を用いた方が強力になると言えた。
ガイムが展開する魔法陣を見ながら、パメラは無造作に前進する。
左手に掲げた盾に相手の視線を集中させながら、剣を持つ右手に魔法陣を展開する。
「あ……っ!」
ターニャが悲鳴をあげた。
射出された加圧水流、水弾の魔術がその膝を穿ったのだ。
ガイムからはそれが見えない。
水属性の初級攻撃魔法など水弾しか無いため、魔法陣さえ見えれば即座にわかったものを。
タッドの身体がパメラの右半身を隠してしまっていた。
タッドは眼前に迫るパメラを見、斧を振り下ろした。
斧の刃に添わせるように剣を当てようとするパメラの目論見は明らかだ。
斧を受け流しながら、それをガイド代わりにこちらの首を刎ねようとしている。
――させぬ。
タッドは鎧強化の魔術を用い、自分の首当てを顔の下半分を覆うほどまで引き上げる。同時に筋力強化を重ねがけし、相手の剣ごと切り落とすように渾身の力を込めた。
タッドの斧が、その刃の半分ほど辺りで溶けるように割れた。
「なん、だと……?」
パメラの剣は、その一部分だけが青白く光っている。
光波をその一点だけに集中して発動し、タッドの斧を溶断したのだ。
ガイムの放つ火炎弾を魔力のバックラーで流しながら、パメラはタッドの眼球を剣で突き刺した。
これまで影こそ薄かったものの。
彼女は、魔王城突入直前のスゥがてこずり、クレフが封印やむなしと判断した敵である。
たかが寄せ集めの4人ごときで相手になるものでは、なかったのだ。
「ひぃっ」
膝をつくターニャに咄嗟に治癒魔法を使いながら、クライスは悲鳴をあげていた。
来る、やつがこっちに。俺を殺すとさっき宣言していた。
治癒はしたのだから仕事は終わったとばかりに、クライスは踵を返す。
その場を逃走しようとする。
だが、その前には虎顔の獣人が立ちはだかっていた。
「退けよ獣人ッ!」
ワータイガー。強力な魔物だが、背後から迫る化物よりはましだろう。
メイスの先に気弾を構えながらクライスはそれに突進した。
「悪いが、そうはいかぬ」
虎顔の獣人はそう言っていた。
「生かしては帰さぬ、と。彼女がそう決めたのであればな」
放たれた気弾を平然と障壁で受けながら、カトランは槍を突き出していた。
「役立たずどもが!」
ガイムは吼えながら、ターニャの背後に回り込むようにして逃げる。
「あなた……逃げる気っ!?」
ターニャの悲鳴じみた声に、ガイムは魔術を紡ぎながらこたえた。
「仲間ではない、と。自身でそう言ったのであろうが!」
「なんて奴なの……ひとりで逃げたところで、こんな場所でどうしようって――」
尤もであるとメディアは思っていた。
こんな場所で一人では、生きて行けない。
ゆえに彼女は何の感情もなく、気弾によってターニャの呼吸を止めていた。
ガイムは逃げていた。軽量化の魔術によって衣服の重みを消し、逃げていた。
最後にターニャに言われた言葉。そんなものは分かっている。
早々にパーティは壊滅し、彼一人だ。もはや大した事は出来まい。
だが、ここに残ったところで意味もない。死体が一つ増えるだけだ。
30日間をどこぞで耐え抜き、もどるだけのつまらない任務となってしまったが。
そんなものには慣れている。一人生き残るなど慣れていた。
でなければ上級と呼ばれるまで生き残ってはいないのだから。
「所詮、お前らにはそう呼ばれる資格など無かったと――」
そこまでを言って、彼の頭は血煙へと変わった。
ニーアの前には128枚の魔法陣が、まるで砲身のように連なっている。
そこへ押し込んだのはたった数グラムの弾丸。
しかしそれぞれの魔法陣はそれを完璧なタイミングで引き寄せ、また弾き、加速していった。
基本的に無音のはずの魔術が音の壁を割る音を響かせた、発射の瞬間。
この魔術の名はどうつけるべきか。そんなことを彼女は考えていた。




