4.ランダムエンカウント・ボスラッシュ(1)
「彼女がかけられたのは『竜化』の呪いってやつでね」
街の外へ行くのであればとアーベルを誘い、封印街の西門までの道すがら、クレフ達は以前聞いたドラゴンスレイヤーについての話を聞いていた。
「竜との戦いを侮辱した者は、竜にされる。まあ、一番スタンダードな応報かな」
変化が始まったのは右足からだったが、メーネはその時即座に自分の足を斬り落とし、その身体を完全に竜にされることは免れた。
しかし、その程度のことで竜の呪いがふせげるわけもなく。
「代わりに付けた義足が恐ろしい物に変わってしまった――ってのはまあ、どうでもいいんだけど。その心が竜に変わるのは止められなかったんだ」
竜とは、我慢というものが出来ない生物である。
ちょっとした思いつきを止められない。踏みとどまろうとして出来ない。
高い知能を持ち、大抵の種族の言葉を解するにも関わらず、一切の説得が通じない。
それが、竜という災害であった。
竜自身にすら制御が出来ない、動く事によって他の者全てに自分というルールを押し付ける。
ただの力。それが竜というものの本質だった。
竜のような力を持ち竜のような心を持つなら、それはもう竜である。
姿こそ殆ど変わりなかったものの、竜の呪いは完全に成ったと言える。
「そして、そんなものを王にしてしまった国ってのは、必ず滅びるよね」
アーベルは笑いながら言っていた。
「でも、そうはならなかった。その後にもまだ、魔王が居るわけだからね」
事実メーネは暴君と化した。
日どころか顔を合わせる度に言うことが変わり、その全てを実行した。
朝欲しがったものを昼に捨て、夜にはまた持ってこさせるようなことを繰り返した。
報奨を与えるために呼び出した者を、顔を合わせた瞬間罵倒した。
だが決定的な事にはついにならなかった。
「まあ、根本的なところで善人で、彼女自身があまりにひどい発想が出来なかったのじゃないかな」
今となっては彼女がした事実をただ並べるだけで、子供がちょっとしたトラウマを負うような人物だが。
呪われてさえいなければ、その評価は180度変わっていたのかもしれないとアーベルは言う。
「だが、そんな者でも異界封印剣には勝てなかったのだな」
「そうだね、ありゃ反則だ」
カーラの言葉にアーベルはそう返して、話は終わる。
ディーネはその、メーネについての話を、ぽかんと口を開けて聞いていた。
「龍鱗の義足……とても、現実にあった事とは思えませんが」
「だろうな。だが、ここにはそんな連中がごろごろいるぞ。ここへ来てからの三ヶ月半で、北の古代兵器から東の魔物、西のもうひとりの竜殺しまで色んなものを見てきたが、あれらと並べるのであればメーネもそう突出しているとはいえない」
三ヶ月半、という言葉にディーネはふと怪訝そうな顔をしていた。
だが、続く言葉にそんなものはすぐ忘れてしまった。
「……そういえば、ヴァンパイアロードは出て来ないのか」
「ヴァンパイアロード!?」
辺りを見回し始めたカーラに、ディーネはその前に回り込むようにして食いつく。
「確かに。5人で行動し始めると、また出て来るんじゃないかって気がしてしまいますね」
スゥも苦笑しながら同意していた。
「あいつらは害虫だよ。どこにでも出るし、探すと居ない。でも、そういや最近見ないな」
アーベルは肩をすくめながら言う。
そんな言葉を聞いて今度こそ、ディーネは呆然としてしまっていた。
「……いったい、どうなっている」
魔術師風の上級冒険者、ガイムは呆れたような呟きを漏らしていた。
転送されてみれば他にあれだけいた有象無象はさっぱりと消え失せ、この四人だけだ。
周囲は一面の荒野。だが異界であると言われていたのだ、この程度で驚きはしない。
「こっちが聞きたいわ。あの連中は何処へ行ったの」
剣士風の女が口を開く。
あの連中と口に出しはしたが、彼女が気になっているのはそれと同時に送られた物資のほうだった。
30日間の異界探索。食料や水、その他のものがなければ手持ちだけではとても持ちはしない。
「パーティごとに別々に飛ばされるだと? クライス、こんな話を聞いたか」
重戦士風の男が唸るように言い、クライスと呼ばれた神官が溜息を漏らす。
「聞いている筈がないよ。全く、今となっちゃ確かめる事も出来やしない」
「ともかくは、物資だ。こんな荒野ではどうにもならん」
ガイムは吐き捨てるように言って、適当な方角へと歩き出そうとする。
「ちょっと、ガイム。当てでもあるの?」
「あるわけがなかろうがターニャ。こんなところに立ち尽くしていたところで時間の無駄だ」
溜息を吐く剣士風の女、ターニャ。
結局彼ら4人は、ガイムの後に付いていくようにして移動を開始していた。
それを監視している者が居る。
透明化を使い身を伏せたレイリアだ。
「あれは……白き民。でもって多分冒険者っすかねぇ」
囁くように推測を口にする。
冒険者――それは騎士や傭兵団などとは違う、王国の戦力だった。
依頼がなければ動かず、数名単位でしか群れないため、かつては相手にする必要もなかった者たち。
利害さえ衝突せず、無駄にこちらから仕掛けなければ無害な連中である。
だが。
現在はそれと異なる。こんな所まで来た冒険者だ。
情報、物資、それ以外のもの。あちらから仕掛けられるに足る理由は多い。
そもそも白き民。魔族を討てる状況にあれば喜んで襲ってくるに違いない。
冒険者の中でも上等な方らしく、その装備もさほど悪いものではないと鑑た。
危険だ、とレイリアは即座に判断した。
今やメンバーの一員となったメディアのような事は、万一にも起こりえないリスクの塊。
この場で片付けられるなら、それに越したことはない。
レイリアは大鎌を構え、魔術を紡いでいた。
彼女は完全に奇襲に特化していた。戦闘において、彼女に出来ることはただ一つである。
まず探知妨害を展開し、相手の探知魔術を潰す。
続いて透明化よりは信頼性は落ちるが、激しい動きによって解除されにくい認識阻害系の魔術、盲点を使用し自分の身を隠す。
相手までの直線距離に消音を展開して足音を消し、流動刃を使用した大鎌によって斬り込むのだ。
たかだか数名の敵ならひと薙ぎ。混乱から復帰できぬままの傭兵団一つを薙ぎ倒した事もある。
あたしに狙われたヤツはみんな死ぬ。これを避けられたヤツなんざ――。
既に駆け出し、そんなことを呟きながら、ふと思い出した。
あ、そういやいたわ。あんの偽勇者。
見えていない筈の自分をぴたりと見、軽くしゃがむ程度で刃を躱したスゥの姿を思い出して。
レイリアは、今自分が叩き斬ろうとしている魔術師風の男がにやついているのに気付いた。
「やっば!」
慌てて突進を取りやめる。足を踏ん張ってブレーキをかける。
自分に向けられたワンドの先に魔法陣が展開するのを見ながら、レイリアは目を瞑り大鎌を盾のように引き寄せていた。