3.復活のグランゾ
「……いったいこりゃ、なんだってんだ!?」
突如として目の前に広がった光景に、デコイは悲鳴じみた叫びをあげていた。
どこまでも続くような荒野。乾き、ひび割れた。
抜けるような青空、雲一つとしてない。
そんなことはいい。
ダンジョンと言われた先が明らかな野外であっても、元から異界と説明されていたのだから大抵のことに覚悟は出来ていた。そう思っていた。
魔物が居るという事も聞いていた。いきなり遭遇することとなったのだとしても、別に驚きはしてもここまでのものではなかったろう。こちらも大勢の冒険者が集まっているのだし。
だが――これは聞いてない。
デコイ達が居る場所の左右には、距離はだいぶ遠くはあるがずらりと人外の者が並んでいた。
そして彼らの正面には、数十メートルの距離を開けて向かい合う二つのものがあった。
片方は人間の女性に見える。いや――これは魔族か。
もう片方は――なんだかもう良く分からなかった。
ともかく、こんな場所に居たら間違いなく命がない。
デコイはさっと後ろを振り返ると、その先に柵に囲まれた集落のようなものがあるのを目にして。
「走れっ! あっちだ! さっさと逃げるぞっ!」
そう大声を張り上げていた。
いきなり現れ、そして逃げてゆく人間達をグランゾは無言で見送っていた。
特に興味のないことだ。
判断が早い事には好感すら覚える。今、邪魔をされたくはなかったから。
「自己修復を終え復活してみれば……随分と奇妙な事になっている」
グランゾは眼前にあるものを見下ろした。
「まさか、貴様がここまで出て来ているとはな、南の大魔王よ」
それは女だった。
全高18メートルのグランゾから見れば他の人間と変わらないようなものだが、彼女は大きい。
赤黒い甲冑を身に着け、赤黒い長剣を腰にさしていた。奇妙な仮面を着けており顔はわからないが、もしクレフがここに居たなら、彼女の名を良く知っている者として呼んでしまうだろう。
その女は、カーラにひどく似ていた。
だが異なる点もある。カーラの身体が完璧だとするなら、彼女のそれは過剰。
背はカーラよりやや高い程度だが、その女性的な特徴は一回り、いや二回りほど盛られている。
それをまるでマントのように、腰を過ぎて伸びる広がり癖のある銀髪が包んでいた。
「あなたは完全に残骸となったと聞いていたのだけれど……グランゾ」
口から零れる声はひどく甘かった。内面はどうやら似ていないようだ。
「まさか、こんな所で会う事になるだなんて思わなかったわ」
「ツヴェルケルは消失したか。……貴様が倒せたとも思えぬが」
「さて、ね。あれを倒せる者が居るとしたら、運命くらいだと思うけれど」
互いに歌うように言い交わす。決められたようなやり取りを。
「ならば、ただ潰えたか。まあ、良い。消えた者に我はもはや興味もない」
「そうでしょうね、あなたが考えるのは、ただ支配と所有のみ」
一つの劇を演じているかのように、嘲りを浮かべながら言葉を重ねる。
「では」
「我が今考える事はただ一つ。既に分かっておろうが」
「こちらも同じ、と言いたかったけれど――その無粋な鉄塊に興味は持てない」
グランゾが構える。カーラに似た女は長剣にすら手をかけず、腕を組んでいる。
「貴様を屈服させたならば、さぞ楽しかろう」
「あなたの中身を引きずり出した後、ゆっくり遊んであげるわ」
グランゾの両肩が展開した。呪詛による対魔法フィールドが周囲に広がる。
カーラに似た女の右足が割れるようにほどける。いやこれは義足か。
六角形の砕片と化したそれは、彼女の周囲を帯のようにめぐる。
「まさか、それは……龍鱗だと!? ――貴様、呪われし者かぁっ!」
驚愕の声をあげつつ大量のプラズマ球を生み出すグランゾ。
それに対してカーラに似た女は、空へと跳び上がっていた。ただ脚力一つで。
彼女の右足が彼女を追ってゆく。竜の翼のような形状に纏まり、プラズマ球を蹴る。
超次元サッカーが始まろうとしていた。
「……っ、そういやあ、あいつは……ディーネはどこ行きやがった?」
全速力で逃げる途中、デコイは隣りにいた女のことを思い出していた。
踵を返す。デコイにぶつかりそうになりつつ、冒険者たちが彼を追い抜いてゆく。
それらの顔をデコイはすれ違いながらざっと見回す。ディーネは居ない。
「くそっ、あいつ……まさか逆へ向かったんじゃねぇだろうな……!」
彼の前では激突が既に始まってしまっていた。
まるで冗談のように空から降る火球。冗談のように空を飛ぶ女。
そこらじゅうで爆炎の吹き上がる地獄へと一瞬で変わった荒野に、まさかここへ飛び込むのかよと自分の正気を疑いたくなる。
だが、デコイには分かっていた。
気付いてしまったのだから、ここで戻らなければそれは俺にとって一生の傷になる。
そのくらいなら戻った方がいいのだ。
似たような傷は幾つか持っており、それらは未だに痛む。
これをもう一つ増やすくらいなら、戻ってうっかり死んでしまってもその方がいい。
「くそったれがぁ!」
叫びながら、デコイは逆方向へ――二大魔王の対決する最中へと飛び出していた。
「あら……」
カーラに似た女は眼下にそれを見下ろしていた。
女の名を呼びながら、このふざけた空間に戻ってくる男、か――。
良い男ではないか、と彼女は思っていた。ああいう男は死なせてはいけない。
少し歳を食いすぎているし、正直な所好みではないが。
ああいう男がこんな場所で無駄死にをするようであれば、この世はなんとつまらない。
男に直撃するコースを取ったプラズマ球を彼女は蹴り返した。
きっとグランゾはこんなちっぽけな物の姿は見えてもいないだろう。
やはりあれは、引きずり出していじめてやらなければ。
やつの小心さを示すかのような下らない鉄塊を見上げながら、男の襟を掴む。
「この辺りにはもう誰も居ないわ……少なくとも生きているものは」
男はぎゃあぎゃあと悲鳴をあげていた。こちらの言葉をちゃんと聞いているのだろうか?
仕方なく正面から抱いて再び空へと駆け上がる。こちらへ飛ぶプラズマ球を蹴り飛ばす。
「全員もう逃げてしまった。私達を越えてあちらへ行けたひとはいない……よろしくて?」
唇を重ねるような近くで視線を合わせ、そう告げる。今度は確実に聞こえたようだ。
「では、あなたももうお逃げなさい」
言って女はデコイを地面に降ろした。
男は地面を掻くように数メートルを四つん這いで這った後、立ち上がって駆けていった。
「下らぬことをする。それとも我の相手など片手間で充分というパフォーマンスか」
投げかけられたグランゾからの問いに、女は初めてその声から笑みの成分を消した。
「この――ナルシストが。貴様など、豚扱いが似合い。殺せと懇願させてくれる」
やはり、その女はカーラに似ていた。