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SC&C探偵事務所  作者: 上月晶
2.残る傷跡へのスタンス
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プロローグ

「しかし、参りましたね」

 黒髪、黒目。日にあたってもあまり赤くならない肌。

 東方系の容姿を持つ女性は、あまり感情を乗せない声でそう言っていた。


「そうだねえ」

 辺境伯、グレイ=ジーニスはこちらもさほど困ってはいないような声でこたえる。

「まさか、送り込んだ瞬間から失敗がわかってしまうだなんて、ねえ」


 メディアの転送は失敗だった。

 転送に成功したと思ったのもつかの間。

 鎧に衣服、武器までもがその場に残ってしまったのでは、まさかそれを疑う者もいまい。

 居たとしたら頭の中に何を飼っていればそれほど楽観的になれるのか、と言われても仕方のないところだ。その後に起こった盛大な責任の擦り付け合いにおいて、そんな人間が発言力を維持していられるとも思えない。

 よって、仮に存在しても今ではもう居なくなっている。


「教会の方はどうなっているんだっけ」

 グレイが呟くように問うと、黒髪の女性はこたえる。

「何か――手を打ちたいとは思っているようですが。閣下の推察された通り」

 クレフの顔は知っていても、教会が死を命じられるような人間はもう居ない。

 誰も二度と帰れぬ異界などに行こうとする者は居ない。


「そのうち、破門でもちらつかせて強引にやらせるかな」

「どうでしょうね。そこまでやるかどうか」

 槍玉にあげられてはいるが、当分の間は焦るほどでもない。

 この国での教会の発言力は高い。独自に多数の戦力を抱えているのだから当たり前か。

 魔族との戦いであげた戦果の数々は、傭兵団を抱えて逃げ回るばかりだった貴族の多くを黙らせるほどの力を、こうなっても未だ残していた。


「まあ、思いついた事があるなら、今のうちにやっておくのが良いだろうね」

 グレイはそう言って、自分の部屋を出ていた。



 冒険者ギルドに張り出された依頼書を眺め、男は唸っている。

 あまり良い仕事はなかった。少なくとも、今の自分が選ぶには。

 もう10歳若ければ違ったかもしれない。

 幾つかある依頼から既に一つを選び、依頼の受諾を受付に告げに行っていたかもしれない。

 しかし、今は。どうにも自分で自分の身体を信用しきれない部分がある。

「こんな風に考え出しちまったら、そろそろ潮時かね……」

 男は独りごちていた。

 知り合いが減り、会話する相手が減るにつれ、こうして独り言を言う頻度が増えている気がした。


 今日は見送ろう。そう結論を出してギルドを出ようとする。

 懐は寂しいが、この一日二日を凌げないというほどでもない。明日になれば、もう少し安全で割のよい仕事にありつけるかもしれない。

 魔族との戦いから3年半。連中が使役していた魔物達は、その統率が失われた後そこらじゅうに散っていた。魔族の指揮官を倒して回った"勇者パーティ"以外の、騎士団や傭兵団は、これら残党を始末して回った。

 そして、いちいち潰すのも面倒なほど小さいもの。

 仕掛けて損害を出すだけに終わり、戦功など得られるかあやしいと思えるほど強力なもの。

 この両極端な二種類が、冒険者への仕事として回されたのだ。

 今掲示板に残っているのはその後者、大物の討伐依頼ばかりだった。

 自分の能力に自信が持ちきれない今、こんなものを受けるわけにはいかない。


 しかし。

 恐らくこのまま続けていれば、自分はそう遠くないうちに下らないヘマをしでかして、くたばるのだろう。

 それでももう少し――もう少しこの仕事を続けていたい。

 男はそう思っていた。


 男の名はデコイという。当然のこと偽名だ。

 しかし、長いことこの名前で通してきたため、今更本名で呼ばれても自分がすぐにそれに反応できるかはあやしい所だった。

 戦闘分類クラス盗賊シーフで登録されている。しかし、その技能的には猟兵レンジャーの方が近かった。少なくともシティシーフとしての適性は無い。盗みを生業にしたこともない。

 逃げ足の速さと窮地を切り抜ける知識を武器としており、学は無いが魔物の習性やら弱点やら、そういった事だけは必死になって頭に詰め込んできた。

 その二つによって、その名の通りの活躍をし、これまで多くのパーティを生還に導いてきたのだが、彼がその活躍によって称賛されたり感謝されたりといった事は少なかった。


 まあ、そりゃそうだよな、と思う。俺には本当に戦況を変える力はない。

 ほんの僅かばかり、その手伝いが出来るだけに過ぎない。

 きっちり敵にとどめをさせるヤツが褒められるのは当然だと思うし、特にそれをうらむこともない。

 だが、二つの武器のうち前者に自信が持てなくなってきた今、自分は本当に役立たずになりかけているのかもしれない、と思う気持ちが強かった。

 もう少しコネや財産も欲しかった、かねぇ?

 そうしたらギルドの教官に潜り込むなり、働かず悠々自適の生活も出来たかもしれない。

 そんな事をふと考えた後、彼は頭を振っていた。いや、無いな、と。


 彼が、自分の死を間近に感じながらも冒険者を辞められないのにはわけがある。


 ある種の人間にとって、冒険者であることの最大のメリットとは、冒険者互助協会ギルドが提供する情報や各種サービスではない。冒険者であることそのものだ。

 別に名誉があるとかではない。

 冒険者とは、自由だからだ。


 平民に私有財産など認められていない。それは、彼らの存在が、その生命までも、その地を治める領主の所有物だからだ。所有物であるため当然、領を越えての移動の自由もない。

 これは領主の持つ領地が、原則、国王の領土であり借りているだけ、などというものとはわけが違う。

 特に理由なく気まぐれに、王が領主から領地を取り上げようとすれば彼らは反乱を起こすだろう。しかし、平民達はそんな事は出来ない。彼らにたいした力もない。

 取り上げると言い出したら、ただ差し出さなければならないものだ。


 無論そんな事をしても、領主側にさしたる利益も無いのでそうそう――皆無ではない――やらないが。よって領民達の側もそんな事は意識せず暮らしている者が殆どだが。

 デコイにとって、自分が誰かの所有物であるということは承服しかねた。


 冒険者は流れ者であり、冒険者ライセンスは通行証としてどこでも通じる。

 どこの領民でも無いと扱われ、決して定住は出来ないがどこへでも行ける。

 冒険者ギルドからのみ限定的な保護を受ける存在だ。


 誰の所有物でもないため誰に命令されることもない。

 誰の所有物でもないためどこで死んでも誰も気にしない。

 依頼という形で始終他人の都合に振り回されはするが、少なくともそれを受けるかどうかは自分で選択出来る。

 自由に生き、自由に死ぬ権利こそが、冒険者が持つ唯一のものだった。


 それを手放すのは辛い。

 冒険者になった時、どこかでうっかり死ぬ事は覚悟しているのだから、このままそうなるまで続けてもいいのかもしれない。

 しかし、自分のベストを尽くした末にそうなるのと。

 自分の身体が衰えている事を感じながらそれに向かうのとでは、やはり違った。

 それによりデコイは迷っている。


「……ん?」

 ふと、その目が依頼の掲示板とはやや離れた場所に張り出されているものに気づく。

 それは王宮からの依頼だった。こんなものに用事は無いと思っていたため、長いこと見落としていたのか。

「……魔王城、異界ダンジョンの探索、だと……?」

 読み進めるうち、デコイの中でそれはどんどんと存在の大きさを増して行っていた。

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