外伝1 魔王アーベル最後の戦い
「いやはやなんとも、こいつは酷い有様だね」
陥落した都市の様子を見て、そう感想を述べる。
「そうかしら? ご要望通りの結果と思いますけれど」
隣に立つ女悪魔はこちらの反応を面白がるように笑いながら言っていた。
今回の侵攻で僕が連れて来た黒き民は4人。だいぶ数が少ないけれど仕方がない。
丁度いい年齢と技量の人達がもともと少なかったんだ。若すぎたり歳を取りすぎてたり未熟だったり。
あと数十年侵攻を伸ばすってのは流石に無いしね。
だから、足りないぶんは召喚した悪魔に部隊指揮を任せた。
そしたら、こうだ。
この都市には教会が防衛戦力を置いてたようで、数百人規模の神官戦士が居たらしい。
一人一人の戦力は大した事がない、低・中位魔術師相当って所だろうけど、統率の取れた大量のマジックユーザーが籠城を決め込んだらそりゃ固いよね。
攻略を担当する悪魔が、多少強引な手を使っても良いかと尋ねてきたので許可したら、彼女はよりによって連鎖する死の病、起屍出血熱をぶち込んでくれたという訳だった。
30日がかりで都市は誰一人動く者もない――いや違うな。
腐臭漂わせながら動くモノしか居ない死の街と化し、その後の消毒には更に10日かかった。
こんな拠点をどう使ったらいいのか、彼女に聞いても答えてくれないだろう。
ま、悪魔を単独で放り出したらこうなる事は分かってはいたんだけどね。
彼等は必ず指示を曲解し、拡大解釈する。時には『言葉通りに』受け取る。悪意を込めて。
それでも相手をするのは白き民だしって思っていた。
僕らを人間扱いしない事にかけてはあっちにかなうもんじゃない。
白き民の美的感覚だと、僕らの容姿は美醜の、だいぶ美の方で揃ってるらしい。
見慣れてる僕らが見れば結構違うんだけど、彼等には皆同じような顔に見えるんだそうだ。
そして、それが美しく感じるってのは考えてみれば当たり前かな。
人間の美的感覚は双子の精霊神、光輝と月神を基準にしてる。
でもって光輝は白き民の容姿を徹底してランダム化したけど、月神はめんどくさかったんで全部自分の顔のコピペで済ませましたって。黒き民なら子供の頃にみんな聞いてる話だ。
流石にそのまんまじゃないけど、僕らの顔はみんな精霊神に似ているんだ。
でも、白き民が黒き民とイタすと獣姦扱いで教会にばれたら火炙りだっていうから笑うよね。
あとは、男性より女性の方が体格がいいのは一部の獣や虫と同じで下等な存在だとか。
宗教学問全てにおいて、黒き民を人として見るのは異端扱い。
彼等は僕らを同じ人間として見ないように凄い努力をしてる。
なら、こっちもそう思わないように努力しようって思うじゃないか。
ともかく、僕は他の部隊に進撃の指示を出して、誰も居なくなった都市の領主館へと入った。
城と言って差し支えない規模の建造物だね。
月が見たかったのと、広い場所で寝たかったのでバルコニー付きの大広間にベッドを引きずっていって、休息を取ろうとした。
ふと、天井近くで羽ばたいている探査蝶に目が行く。
ずっと見てるなあカーラ。兄妹だからいいけど、他の人なら気付いた瞬間消し飛ばしてるだろうな。
毎回、僕らは圧倒的優勢から一気に負ける。まるで日の出のように。
どうしてそうなるのかってのは話題にはのぼるんだけど、結局『勇者が強い』で終わってしまってた。
こうやって見て、原因をさぐろうなんて話にはなってなかったんだ。
自分が負ける事を前提としているのか、なんて言われそうだったしね。
だからまあ、これはこれでいいんじゃないかなって思う。今回は行けそうなんだけどねぇ。
と、そこで僕はベッドから起き上がった。
枕元にかけてあるいつものコートを手に取り、袖を通す。
そして、バルコニーへ向けて声をかけた。
「……来客かな? こんだけ誰も居ない街じゃあ、その気配はちょっと目立つよ」
足音を響かせてバルコニーへと降り立つ、一人の男。
歳は20代半ばか、背は僕よりちょっと高いかな。
「クレフだ。魔術師をやっている。……用件は、言わなくてもわかるな」
「まあね」
マントを着た彼は両手に何も持っていない――と、僕にはそう見えると思ってるんだろう。
唐突に片手を振った彼に対して、僕は対魔法障壁を展開した。
飛来した不可視の魔力刃、無影剣は障壁に当たって弾ける。
「…………」
「悪いね。この金色の瞳は、何の魔術も要らずに魔力を光として捉えるのさ。あなたの白紫の魔力波動は、この暗さじゃ眩しいくらいだよ」
この"魔王"に対して夜挑んでくるとはね。
僕は目の前に立つ男を分析する。魔術師と言ったけどあまり、それっぽくはないな。
多分、魔法は戦闘補助程度に用いるタイプの前衛職だ。魔力容量はそう多いとは思えない。
武器は携行していないようだし、鎧も着ていない。魔法剣士じゃないな。
となると――魔導暗殺者だ。さっきの魔術選択もそれに合ってる。
軽い魔力の瞬き。展開される魔法陣を曳きながらクレフは駆ける。
同じく身体強化を重ねながら僕は距離を取る。
クレフが準備している魔術を見て、あえて僕は防御を解いた。
訝しみながらも魔術を発動させるクレフ。水撃の魔術が僕の横を通過する。
高圧をかけた水を射出する、コストの割に殺傷力の高い魔術だ。
ただ、水属性で小規模な攻撃魔法ってのは少ないからね。準備段階で見切られるのが難点だな。
クレフは自分の魔術が外れたのは何故なのか、考えているようだった。
実は、僕の姿はちょっとだけずれて見えるようになってるんだ。あっちにかける術じゃないから気付けないだろうし、気付いても解魔する手間すら惜しむだろう。
視線方向に向かって真っ直ぐ飛ぶ魔術に対しては凄く有効だろ?
対処としては面制圧に切り替えるか――。
「へ?」
そこまで考えて、クレフが再び展開した魔法陣を見てぎょっとする。
また水撃?
咄嗟に対魔法障壁を張る。完全に直撃する水撃に笑いそうになる。
なんで当ててくるんだよ、っていうか負けず嫌いすぎじゃないか?
幾合か楽しい魔術の撃ち合いを経て、僕は口を開いていた。
「なんだろう。あなたからは、個人的な恨みみたいなものを感じるね」
クレフは表情を変えない。疲れたような、どこか怒っているかのような。
でも声は返してきた。
「だろうな。……お前達が何をやり合おうが、知った事じゃなかった」
無影剣を抜き、こっちの光波と合わせる。
「身内に死人さえ出てなきゃ、こんな所まで来てないさ」
ああ、と。こんな事を言われているのに僕はちょっと、嬉しくなってしまったんだ。
僕たちの戦争。
それを、妥協なき宗教戦争でも、異種族同士の絶滅戦争でもない。
単なる人間同士の領土紛争だって、そう思っている人なんだな。
白き民が繰り出してくる魔術師達は皆たいしたことがなかった。
もしかしたら、高位魔術師達は皆、こういう風に考えて関わり合いを避けてるのかな。
だとすると僕は戦わなくてもいい人を怒らせてしまったわけだ。
やっぱ、悪魔とか使うもんじゃないね。
「クレフ! 何故あなたは一人で!」
広間の扉が破られた。魔物たちの血で濡れた剣を振り回し、3人の男女が踏み込んでくる。
ああもう、もう少し彼と一対一で戦わせてほしかったのに。
「ぬん!」
気合の声と共に大剣を振り下ろしてくる重戦士。
僕はそれを避けながら、猛毒塵の魔術をその場に残した。
純戦士なんてのはこれで充分だ。
苦しみながら倒れる戦士に興味なんてない。解毒に走る神官もどうでもいいよね。
もうひとりが――全身に纏う虹色の魔力。精霊騎士、勇者か。
その女性は聖剣を構えながら何やら精神統一をしているようだった。
何かして来るにしても、この距離があれば問題ないな。
やはり、今警戒すべきはクレフだけだ。
手早く詠唱しながら壁、床、柱を叩く。
それぞれの場所に現れた掌大の魔法陣から、三本の光の槍が放たれる。
加粒子槍。三分の一の出力でも通常の対人魔法より威力はだいぶ上だ。
それが3つほぼ同時にとなったら、捌ききれるもんじゃないだろう。
クレフは対魔法障壁を左手に発動し、一本を弾いた。
続いて二本目にそれを向ける。正面から受け止めた加粒子槍に障壁が軋む。
そして、三本目の槍がクレフへと直撃した。……そう思った。
「うわ」
変な声が漏れたじゃないか。
クレフは、右手に発動していた無影剣で加粒子槍を斬り弾いていたんだ。
そんな、魔術で魔術を切り落とすとか聞いた事ないぞ。
確かに術剣同士の鍔迫り合いが出来るんだから理論上可能だとは思うけどさ。
クレフも驚いたように右手を見下ろしていた。
とりあえずやってみた、初めて成功したって所か。
「二度幸運は続かないだろ!?」
僕はそう言って、通常版の加粒子槍を放った。
それを、クレフは両手に生み出した無影剣で斜めに打ち上げる。
コツ掴んでんじゃないよ! 有り得ないだろいい加減にしろ!
「尻尾巻いて逃げ出したくなったのなんて初めてだよ……」
思わずそう呟いた僕に、解毒されて元気を取り戻した重戦士が大剣を振り下ろす。
「ぬぉおぉっ!」
君はお呼びじゃないんだけど。ま、今は好都合だよ。
僕は重戦士の身体を盾にしながら、重戦士越しにクレフに向かって散弾針を放った。
奇妙な声をあげて絶命する重戦士。
背中側の鎧にだいぶ止められてしまったけど、ある程度この短針は通っただろう。
見ると、クレフは両足を血に染めていた。よし、足は止めたね。
既に死んでいる重戦士に治癒術を使おうとしてる神官を見て笑っちゃいそうだ。
今のうちにささっと殺しておくかな、と思うけど、その瞬間クレフは両手の無影剣を投げていた。
流石だな、こっちが一瞬気を逸らした隙も見逃さない。
やっぱりあんたから殺しておかなきゃいけないみたいだ。
対魔法障壁で飛来する無影剣を撃ち落とし、散弾針を返そうとする。
こっちが面制圧を使わされる事になるとは思わなかったよ。
殺すのはちょっと惜しいな。白き民でもあいつは部下に欲しい――ってのは無しか、危険過ぎる。
そう思った所で、僕の身体は動かなくなった。
「あれ?」
まさか、と足元に視線を落とす。弾いた無影剣が消えずに僕の影に突き刺さっていた。
影縫い? 最初からこっちが狙いだったのか?
神官の方も慌てたように麻痺系の神聖魔法で僕の動きを更に封じようとして来る。
まずい、これはまずい。
とりあえず足元の影縫いは一回弾かれた刃を流用してるって事で、耐久力が殆ど無いのが救いだ。
爆炎陣の魔術を今すぐ発動して弾き飛ばせば解除出来る筈だ。
だから、そうした。
同時に勇者は掲げていた剣を振り下ろしていた。
聖剣には確かに精霊力が集まっていたようではあるけど、その時は何も起きていないように見えた。
僕の目には魔力が見える。何か起きていたら見えない筈がない。
不発かな? と思った瞬間、僕の前で白い光が弾けていた。
僕の目にも見えない魔力刃だって? それはちょっと卑怯なんじゃないのかな。
そこで聖剣の名前を思い出す。ああ、そうだね。月神、あんたはそういう人だった。
遠ざかる景色の中で、天井に浮かぶ探査蝶を僕は最後に見ていた。
どうだろうねカーラ、次は……勝てるかい?